第12回 パワハラは上司の問題ではなく、コミュニケーションの問題
2022年4月の中小企業へのパワハラ防止法施行を前に、対策準備は待ったなしの状況です。
しかし、職場のパワハラを防止しようと強い対策を講じれば講じるほど、かえってハラスメントを助長しかねないとのジレンマも……。実は、管理職層である上司が委縮して部下とのコミュニケーションを減らすことで、職場がギスギスしてしまい、逆効果すら懸念されるのです。
では、経営者や管理職層は、いかにして職場のハラスメント問題に向き合い、対応すべきか。FeelWorks 代表・前川孝雄さんが考察します。
法令順守を周知徹底するだけでは不十分~パワハラの「グレーゾーン」判断の難しさ
労働施策総合推進法の改正(通称・パワハラ防止法)と施行(大企業は2020年6月、中小企業は2022年4月)に伴い、各企業での対策が喫緊の課題となっています。
パワハラの法令上の定義は、「同じ職場で働く者に対して、職務上の地位や人間関係などの職場内での優位性を背景に、業務の適正な範囲を超えて、精神的・身体的苦痛を与える又は職場環境を悪化させる行為」というもの。
また、厚生労働省による整理では、主な類型として、(1)身体的な攻撃、(2)精神的な攻撃、(3)人間関係からの切り離し、(4)過大な要求、(5)過小な要求、(6)個への侵害、があるとされています。
弊社FeelWorksでは、同法施行下で企業を支援する研修ツールとして、2021年2月に「eラーニング 上司と部下が一緒に学ぶパワハラ予防講座」をリリースしましたが、その開発過程で実施した管理職1,000人を対象とした調査では、いくつかの課題が浮き彫りになりました。
同調査は、企業の課長職と部長職1,000人を対象に実施。40~50代中心の対象者に「自分が部下や後輩から指摘されるリスクを感じるハラスメントは?」と尋ねたところ、セクシャルハラスメント11.1%、マタニティハラスメント3.4%に対し、パワーハラスメントが46.6%との結果でした。
すなわち、約半数の上司が、パワハラを自らの行動リスクととらえている現状が浮かび上がったのです(残り38.9%は「特にリスクは感じない」)。女性活躍の気運もあり、さすがにセクハラやマタハラは減少傾向にある一方で、上司の多くは自分の言動が部下へのパワハラに該当しないか危惧しているのです。
さらに、「職場のハラスメントについて、より詳しく知りたいこと」を質問すると、上位は(1)ハラスメントの被害事例・判例25.3%、(2)ハラスメントのグレーゾーン23.8%、(3)ハラスメントを起こしやすい人の思考・行動特性22.5%、(4)ハラスメントになるか否かの判断基準21.7%、(5)ハラスメントの定義22.1%(複数回答)でした。
先ほど触れた、パワハラの法律上の定義や厚生労働省による類型は、抽象的で概念的なもの。これらに当てはめて、現場でハラスメントか否かを判断するのは難しいとする実状が明らかになったのです。ハラスメントの実例・判例や、ありがちな思考や言動はどのようなものか。特に、グレーゾーンを見分ける判断基準は何か。多くの上司は、部下への指導や育成とパワハラとのグレーゾーンに悩み、自分の言動に自信が持てずにいるのです。
さらに、調査の自由回答では上司の悲痛な声も見られました。部下がパワハラの表層理解だけで、上司の日常の言動に「それはパワハラなので、訴えますよ」と迫る例。職場の相談・通報窓口に部下が上司への苦情を過剰に申し立てる例。いわば「パワハラ冤罪」や、部下から上司への「逆パワハラ」になりかねないものです。
パワハラ防止法の順守を徹底するだけでは、職場の問題が増すばかりとなる可能性が浮かび上がったのです。
パワハラが起きやすい職場は、コミュニケーションが希薄な職場 ~コロナ禍&パワハラ防止法でパワハラが増える?
そして、さらに懸念されるのが、企業でのパワハラ防止対策強化による想定外の影響です。多くの組織が現場に防止対策の周知徹底を図っていますが、その大半は「○○は禁止、○○の言動に注意」などの「ダメ出し」のオンパレード。パワハラ「防止」ですから無理もありません。しかし、加害者になりやすい上司は、先ほどの「グレーゾーンへの不安」とも相まって、「触らぬ神に祟りなし」と、部下への働きかけを避け、コミュニケーションの機会を減らしがちです。
ところが、厚生労働省がパワハラの発生しやすい職場の特徴を調べたところ、「上司と部下のコミュニケーションが少ない職場」が約5割で最多だったのです(図参照)。ただでさえ、コロナ禍で職場のコミュニケーションが希薄化しがちな上に、パワハラ防止の法律順守徹底によって上司と部下の関わりがさらに減少すれば、かえってパワハラの温床を増やすというパラドックスに陥ってしまうのです。
・パワーハラスメントに関する相談があった職場に当てはまる特徴
出典:平成28年度厚生労働省委託事業「職場のパワーハラスメントに関する実態調査」平成29年3月東京海上日動リスクコンサルティング
パワハラを個人の問題ではなく、コミュニケーションの課題としてとらえる
このようにパワハラを根絶する上で難しいのは、何がパワハラかが必ずしも判然としないことです。
そして、上司にとっては日常の声掛けや、良かれと思った行動でも、部下がパワハラだと感じれば、訴えられる可能性もあります。愛情をもって育てようと熱心に接したつもりが、パワハラと指摘されてはたまりません。そう考える上司が、部下とのコミュニケーションを回避したい気持ちもわかります。
悩ましいのは、「上司の正義」と「部下の正義」が対立する事態です。人は一人ひとり違う価値観や感性を持つ生きものであり、環境や状況によっても変化します。百人百様と言えるコミュニケーションの問題を、法律で完全に規定することは不可能です。また、万一規定できたとしても、全ての人がそれを暗記するのは現実的ではありません。つまり、法整備だけによるパワハラの根絶は困難なのです。
では、どうするか。パワハラを上司個人の問題とせず、上司と部下のコミュニケーションの課題ととらえ、双方の歩み寄りを促すことです。上司は部下に配慮しつつも過度に遠慮せず、育成や活躍支援のためには一歩踏み込むこと。部下も、上司の役割を尊重し、自分自身の成長のためにも報連相など積極的なコミュニケーションを図ること。こうして、お互いの誤解を無くしていくことこそが求められるのです。
上司と部下が一緒にルール作りを
そこで私が推奨するのが、職場の上司と部下の双方が法律の基本を学んだうえで、何をパワハラと感じるか率直に意見交換し、自分たちの職場における独自ルールを一緒に作ることです。いわば「パワハラ防止」ならぬ「パワハラ予防」の取り組みです。その際、上司に対して部下は遠慮しがちですから、客観的に話し合える既成のケーススタディを通して感想を述べあうことから始めるのがよいでしょう。
先述の、私の会社でリリースした「パワハラ予防講座」も、その学習ツールの一つとして開発したものです。こうした同じグレーゾーン・ケースをもとに話し合えば、上司は部下がパワハラと感じる言動やその理由を知ることができます。
大切なことは、自分のアンコンシャスバイアス(無意識の思い込みや偏見)に気づき、立場が異なる部下の、上司や仕事への思いや違和感をしっかり把握することです。また、部下も同様に、上司の考えや法律への理解が浅いことによる「逆パワハラ」や「パワハラ冤罪」を起こさない学びを得られます。
その上で、自分たちの職場のパワハラ予防線を互いに話し合うのです。上司と部下が一緒に職場ごとのコミュニケーション・ルールづくり(例えば、「全員『さん』づけで呼ぼう」「相手の話はじっくり聴こう」など)を行えば、働きがいや人材育成を阻害しかねないパワハラ予防となり、みんなが気持ちよく働ける職場づくりにも繋がるでしょう。
Profile
前川 孝雄
株式会社FeelWorks代表取締役/青山学院大学兼任講師
人を育て活かす「上司力」提唱の第一人者。(株)リクルートを経て、2008年に人材育成の専門家集団㈱FeelWorks創業。「日本の上司を元気にする」をビジョンに掲げ、「上司力研修」「50代からの働き方研修」「eラーニング・バワハラ予防講座」「eラーニング・新入社員のはたらく心得」等で、400社以上を支援。2011年から青山学院大学兼任講師。2017年(株)働きがい創造研究所設立。(一社)企業研究会 研究協力委員サポーター、情報経営イノベーション専門職大学客員教授、ウーマンエンパワー賛同企業 審査員等も兼職。連載や講演活動も多数。著書は『本物の「上司力」』(大和出版)、『「働きがいあふれる」チームのつくり方』(ベストセラーズ)、『コロナ氷河期』(扶桑社)等33冊。最新刊は『50歳からの幸せな独立戦略』(PHP研究所)