
近年はマーケティングの世界において、モノが提供する機能だけでなく、そのモノがもたらす精神的な価値が重視されるようになっています。採用においても同様に、年収や仕事内容の魅力だけでなく、企業のミッション・ビジョン・バリューといったブランドがますます重要になってきています。
消費者や求職者の価値観が大きく変容する時代にあって、企業の採用戦略を考えるための連載寄稿記事をお送りします。書き手は、マーケティングの思考法を取り入れながら「採用における自社ストーリー」の作り方について考え実行してきた、株式会社メドレー執行役員の加藤恭輔氏です。
1回目の記事では、採用活動にマーケティングの考え方や手法を取り入れる思考法や、それを実践するためのフレームワークを使った方法について考えていきます。
加藤 恭輔 氏
株式会社メドレー執行役員。2006年一橋大学商学部卒業。優成監査法人に入所し、公認会計士として監査業務に従事。2010年、クックパッド株式会社に経営企画担当として入社後、事業部長としてマーケティング、サービス開発、新規事業などの責任者を歴任。2014年に執行役員に就任。2016年より株式会社メドレーに参加。執行役員としてコーポレートブランディングや採用を担当。書籍『グロースハッカー』解説者。
“マーケティング”と“採用”がたどった変遷における類似性
マーケティングの領域ではよく「マーケティング1.0」「マーケティング2.0」「マーケティング3.0」という進化があったと言われています。まだモノがなかった時代にはモノを大量に安く作って売れば売れていましたが、その手法が飽和化すると競合や類似品が生まれるようになりました。そのなかで「顧客志向を追求し差別化をしないと競合や類似品に負ける」という流れが生まれ、ターゲティング(STP分析)の重要性が叫ばれるようになりました。その流れも成熟しモノが溢れるようになってくると、モノが提供する機能の差別化だけでなく、モノを利用することがもたらす精神的な価値に焦点がシフトするようになりました。また、環境破壊や格差など社会問題の深刻化とあいまって、企業の取り組みや姿勢など社会的な意義も問われるようになってきました。
さらには、Facebook、Twitter、Instagram、YouTubeなどのソーシャルメディアの普及に伴い、買い手が自ら情報発信を行うことを前提として、自己実現を満たせるような設計をしていく「マーケティング4.0」という概念も生まれています。企業のマーケティング活動はモノの購入までのプロセスだけでなく、購入後のプロセスまで考える必要が出てきました。
こういった進化は、「モノを作り、それを売る」という世界だけでなく、採用の世界においても同様に起きつつあると感じます。かつては、業界を選んだら大手数社のどこかを志望し、それがダメならその次の規模の会社といった、価値観が単一で選択肢も少ない時代がありました。しかし、起業やスタートアップの資金調達がどんどん増えてくるなかで、新卒採用においても中途採用においても、大企業や有名な企業だけでないたくさんの選択肢が生まれてきています。
さらには、最近では年収や仕事の内容の魅力だけでなく、企業のミッション・ビジョン・バリュー、さらにはCSRやSDGsへの取り組みといった企業の姿勢も会社選びにとって重要な要素となってきました。そしてソーシャルメディアの普及に伴い、社員一人ひとりの素直で率直な発信が企業のブランドを構成し、会社の公式発信とあいまって採用力を決める時代に突入してきています。
こういう流れのなかで、採用の領域においても、マスへの画一的な情報発信ではなく、しっかりとしたターゲティングを、さらには年収や仕事内容の訴求だけではなく、企業としての姿勢の訴求やソーシャルを生かした発信の設計をする必要が出てきているのです。
“手段”ではなく、“目的”や“ゴールイメージ”の言語化から始める
その設計を行なっていく上でまず大切なのは、漠然としたマスを狙いにいくことではなく、自社の採用ターゲットと採用基準を明確にすることです。「誰に対して、どう思われたいか」。「そのイメージを醸成することで、どういう状態を作りたいか」。「どういう基準を設定して、それを満たす人をどう見極めていくのか」。これらをまず言語化することから始めます。
採用にもマーケティングの手法を取り入れていこう、という話が出ると、なぜか「あの会社のようなブログをうちの会社でも書きたい」「あの会社のようなブランディングをしたい」という「手段」から始めようとするケースをとてもよく目にします。しかし、それは多くの場合において誤ったアプローチです。
なぜならば、最適な手段は「目的」や「ゴールイメージ」によって変わるからです。例えば、シニアで落ち着いた玄人を採用したい、というゴールイメージがあるのに、新卒未経験メンバーの奮闘記のような全体としてジュニアなイメージ作りにつながるようなブログを作り始めたら、それはむしろ逆効果だと言えます。
手段から入るのではなく、目的やゴールイメージをまず言語化し、そのイメージを作るためのストーリーを作り、その上でそれを体現する手段に落とし込んでいく。そのようなプロセスを設定し、チームみんなで共有することが何よりも大事です。
求職者が入社したいと思う会社になるためのフレームワーク
このイメージを共有したら、次に必要となってくるのは、「ターゲットとなる人が入りたい会社になるためにはどうすれば良いのか」を定義することです。どういう会社にしていくか、ありたい組織像を描き、それを目指す、そして表現するというプロセスです。
この際、まず自分たちの会社が現状どうなっているか、訴求できるポイントはないか、改善すべき点はないか、ということを洗い出すギャップ分析を行うことが有効です。整理のフレームとしてはいろいろなパターンがあると思いますが、私がよく使っているフレームは以下のような項目ごとに整理するアプローチです。
- 存在意義(ビジョン・ミッション・成し遂げたいこと・この会社があると世界はどう変わるか)
- 価値観(バリュー・体現するエピソードや制度・伝道師の存在・社内外の広報活動)
- 経営陣(どんな人か・なぜ創業/参画したか・経営チームやマネージャー陣の職種比率)
- 個性(どんなメンバーがいるか・なぜ入社したか・キャリアパス・やりがい)
- 雰囲気(開発のしやすさ・オフィス環境・会社の雰囲気・評価指針や人事制度)
- 事業内容(プロダクトの概要・ビジネスモデル・ユーザの伸び・注目度・今後の展望)
- 市場環境(市場の状況・抱える課題・注目度・伸びしろ・今後の動向や展望)
これらの項目ごとに「現状の理解」「魅力の抽出」「改善すべき点」「訴求の計画」を作っていきます。
伝えたい魅力については、項目ごとのポイントをバラバラに伝えようとするのではなく、全体としてのゴールイメージと整合させ、一つのストーリーとして昇華させたもののなかで表現できるようにしていきます。
また、改善すべき点については、「今の企業文化のままでよいのか」といったそもそも論に触れざるを得なくなることが往々にして起こるので、会社の経営ポリシーに照らして整合するのかどうか、相反する場合はどちらをどう調整するのか、という議論が必要となります。これは、必ず経営陣を巻き込んで整理することが大切です。ここをおざなりにしてしまうと、後々ブランディングストーリーと実態が整合しなくなってしまい、面談フェーズで様々なズレが生じてしまうので注意が必要です。
社内で承認を得たら、具体的なアクションに移ります。全体目標となる「ありたい組織像」から、先に挙げた各項目において分解した要素ごとに「いつまでにやるのか」「誰を目標とするのか」「どのような状態を目指すのか」という中間的なゴールイメージを段階的に設計し、そのために必要と思われるアクションロードマップを作成します。さらに、「取材」「登壇」「イベント」「オウンドメディア」「書籍」「ソーシャルメディア」「体制整備」といった項目ごとにアクションプランを作り、そのマップにプロットしていきます。時系列に沿って実施していくなかで、アクションに対するターゲットの反応を見ながら、フィットしない戦略・戦術があれば、PDCAサイクルを回すなかで常に調整を繰り返していくことが大切です。
今回のパートでは、採用活動にマーケティングの考え方や手法を取り入れるということ、並びに、その進め方の流れについてお話ししました。次回は、自社の魅力を伝えていく際の具体的な手法や気を付けたいポイントについてお話しします。
この連載の記事一覧
- 採用活動にマーケティングの考え方や手法を取り入れる思考法と実践法 ――採用マーケティング戦略を立てるための骨組み vol.1
- 自社の魅力を伝えるための具体的な手法と気を付けたいポイント ――採用マーケティング戦略を立てるための骨組み vol.2
- 採用戦略の実践ステージで、社内協力を得るのに必要な“考え抜く力”とは ――採用マーケティング戦略を立てるための骨組み vol.3