高齢化が進み、要介護者が増加する中、仕事をしながら、肉体的、精神的に負担が大きい介護を続けていくには、職場をはじめとする周囲の理解と支援、そして状況に応じた情報収集が不可欠です。企業、従業員の双方にとってデメリットが大きいことから社会問題化している介護離職。中小企業を中心に労務相談や賃金制度などのコンサルティングなどを行う、社会保険労務士事務所あおぞらコンサルティングの所長・池田直子さんに、介護離職を防ぐポイントについて伺いました。


年間9万人に上る、介護離職者


――介護離職の現状を教えてください。
 
総務省が発表している「平成29年就業構造基本調査」によると、「過去1年間に介護・看護のため前職を離職した人」は2012年に10万人を超えていました。近年は介護者数や介護予備軍は増えているものの、「介護離職ゼロ」を目指す方針を掲げる国の情報発信などにより、2017年の介護離職者数は9万人台にとどまっています。
 
この内訳では、介護離職をした人の年代は55~60歳未満が最も多く、その次が60~65歳未満ですが、これは実際に介護を担っている年代のボリュームゾーンとは少しずれがあると考えています。若い世代で介護をする人も一定数いますが、その年代は離職の道を選ばず、定年が近い従業員や定年後再雇用の人が離職を選ぶ傾向が強いのではないでしょうか。その理由としては、年齢が若いと介護される側の年齢も若いため介護度が低く、離職を選ばないケースが多いのではと考えます。一方で、年齢が上がると介護度が高い傾向にあるため介護の負担は大きくなり、仕事の責任も重くなる年代なので両立が困難になり、50代後半から60代前半の離職が多い傾向にあるのだと思います。

介護離職が引き起こすデメリット


――介護離職が起こることで、企業、従業員の双方にどのようなデメリットがありますか。
 
企業にとっては、人材が確保できなくなり、労働力が低下するという大きな問題があります。特に、50代後半以上の離職率が高いことから、技術・技能の継承が途絶えてしまったり、管理職の離職による混乱が起きたりすることで、生産性の低下などが生じるでしょう。離職する前段階でも、従業員が肉体的、精神的に疲弊し業務に集中できず、職場内では介護する従業員に対して「休んでばかり」と不満が募ったり、当事者は「分かってもらえない」と感じたりして、職場が混乱してしまうことも考えられます。
 
――介護をしながら働く従業員は、仕事と介護の両立で多くのストレスや不安を抱えているのでは。
 
将来の不安から業務に専念できなくなったり、職場に相談できないことで精神的に不安定になったりすることがあります。さらに介護離職を選んでしまうと経済的な負担が増大することに加え、キャリアが断絶してしまうという問題が起こります。
 
実際に、介護離職で経済的な負担がどれだけ増えるかを当事務所でシミュレーションした例があります。細かい条件は省略しますが、80代の母親を世帯年収930万円(妻はパート)で、1,200万円の貯蓄がある50代夫婦が介護していると想定。勤務を継続した場合は、民間の介護ヘルパーを活用するなどしても、夫妻が80歳になるときに家計は黒字を維持できます。しかし、夫が離職して介護に専念した場合は、妻がパートを続けたとしても、夫の退職金や将来の年金額も減ってしまうため経済的な負担が増大し、60歳を過ぎたあたりから赤字になるという結果になりました。
 
一つのシミュレーションに過ぎませんが、離職の影響の大きさをより強く実感してもらえるのではないでしょうか。人事担当の皆さんが従業員から相談を受けたときに、こうした具体的な例を示せば、離職を思いとどまらせることにつながるかもしれません。

介護離職を防ぐには、育児・介護休業法と介護保険の活用を


――従業員の介護離職を防ぐために必要な公的支援制度を教えてください。
 
押さえてほしい支援制度は2つあります。まず介護する側の支援となるのが「育児・介護休業法」です。主に勤務先に支援を義務付けるもので、具体的には、介護をする従業員に一定期間の休みを認める介護休業や休暇、短時間勤務、深夜業務を制限するといった勤務措置などがあります。
 
一方、介護される側の支援で押さえてほしいのは、介護保険です。費用負担が少なく、様々な介護サービスが一つの仕組みで受けられる制度で、自宅で受ける在宅サービスや施設に入所する施設サービスなどがあります。さらに、自治体ごとの支援サービスや民間業者のサービスもあります。これらをうまく活用すれば、「介護と仕事の両立」の可能性が広がります。
 
――従業員が仕事と介護を両立するために、企業側は何を心がけたら良いですか?
 
介護を一人で担うのは非常に難しいので、従業員ができるだけ多くの支援を活用できるようにサポートしましょう。介護の中核を担うのは自治体なので、介護される人が住むエリアの地域包括支援センターや各市区町村の担当課に情報が集まっています。「まずは専門家に相談して、情報収集するのはどうか」など声掛けをすると良いでしょう。
 
また早い段階で、仕事を続ける上での不安や困りごとなどもヒアリングしておくと、社内のサポート体制を構築しやすくなります。提携する福利厚生会社などと協力しながら、日頃からセミナーなどを通じて社員に介護に関する情報提供をすることも有効です。

介護と仕事の両立が人材育成につながる


――介護離職を防ぐことで、従業員と企業にどんなメリットがあるのでしょうか。
 
私自身、仕事と介護を両立してきましたが決して楽ではありませんでした。しかし、仕事と介護を両立した経験は、その人と会社にとって大きな財産になると感じています。介護をしながら働くためには、限られた時間の中でどうしたら仕事ができるかを常に考えます。そうすると時間の使い方や対応力が鍛えられるので、会社にとってもその経験をした人材がいることが強みになります。また、従業員にとっても、会社に助けてもらうので帰属意識や愛社精神が芽生えます。介護離職を防ぐことで様々な効果があることをお伝えしたいです。

 
 

参考:平成29年総務省「就業構造基本調査」
https://www.stat.go.jp/data/shugyou/2017/pdf/kgaiyou.pdf


※記事内で取り上げた法令は2021年5月時点のものです。
 
<取材先>
社会保険労務士事務所あおぞらコンサルティング所長 池田直子さん
 
TEXT:岡崎彩子
EDITING:Indeed Japan +笹田理恵+ ノオト