ソニー、キヤノン、サントリーなど、リカレント教育(社会人の学び直し)を推進する企業があります。なぜ今、「社会人の学び直し」が求められているのでしょうか。リカレント教育を導入することは、企業にどのようなメリットをもたらすのでしょうか。

社会保険労務士事務所 労務サポート代表の後藤昌雄さんに、リカレント教育導入で企業がすべきことについて伺いました。

リカレント教育とは

リカレント教育とは、社会人になってからも必要に応じて教育機関や社会人向け講座で「学び直す」教育のあり方を意味します。

近年、このリカレント教育を導入することによって、企業に次のようなよい影響がもたらされることがわかっています。

  • 人材の定着や人材確保が図られる
  • 従業員の満足度が向上する
  • 求職者や顧客から選ばれる会社になる

リカレント教育とは、いわば「人への投資」です。自社の従業員への教育訓練を含めた学び・学び直しを推奨することは人材の定着・確保にプラスに働き、従業員の満足度も向上します。

また、「リカレント教育を導入している企業」として認知されることで、求職者や顧客からの評価も高まり、「選ばれる会社」になる好循環が生まれます。これらのメリットが明らかになったことで、経営者がリカレント教育の重要性を認識するようになりました。

リカレント教育が求められる背景

デジタルトランスフォーメーション(DX)の加速化や経済活動のグローバル化によって企業間競争が激化し、企業を取り巻く経済・社会環境は急速、かつ広い範囲で変化しています。

そのため、欧米諸国では持続可能性や「人」を重視した施策を促進する動きが進んでいます。

一方で、日本企業の人的投資の状況は、諸外国と比べると低水準にとどまっています。OFF-JT (Off-the-Job Training)や自己啓発支援の費用で比較しても、アメリカやフランスなどの先進国に大きく遅れを取っているのが現状です。

また、近年は組織のフラット化やリモートワークの急速な浸透により、上司や先輩の仕事を見てOJT(On-the-Job Training) で新しい能力・スキルを身に付ける機会が減少傾向にあります。このことが組織の人材開発機能の低下にもつながっています。

さらに企業が個人に対して求めるスキルや能力の「基準」が従来より上がってきています。こうした環境変化に柔軟に適応していくために、個人が身につけるスキルは「絶えず変化するもの(アップデートしつづけるもの)」と捉える必要があります。

そのため企業は、従業員が働きがいを持ち能力を十分に発揮できるよう、人材開発(人への投資)が重要であるとして、OFF-JT や自己啓発支援など、学びの機会や学び直しを強力かつ継続的に支援することを重視するようになったといえます。

リカレント教育が企業にもたらすメリット・デメリット

リカレント教育を導入することによって、企業には次のようなメリットがもたらされます。

◆メリット

  • 従業員一人ひとりの能力が高まる
  • 「学びの好循環」が実現して企業が持続的に成長できる
  • 従業員のエンゲージメントや職場満足度の維持向上
  • 求職者や顧客などからの好評価が期待できる

従業員の能力・スキルの向上、キャリアアップは自社の新たな価値の創造につながります。それにより、さらに高いレベルの新たな学びや学び直しが実現します。また、学びの気運が企業文化全体に浸透すると、時代の変化への柔軟な対応や、個々の従業員が自走的に学ぶ姿勢の定着が期待できます。

こうした「学びの好循環」によって、企業は持続的成長を遂げ、また求職者や顧客に選ばれる組織として認識されるようになるでしょう。

一方で、リカレント教育を導入することによって、短期的には次のようなデメリットを招く可能性もあります。

◆デメリット

  • 継続した「学び直し」に時間と労力がかかる
  • 時間と費用に見合った学びの成果がわかりづらい
  • 社内でスキルを身に着けた結果、転職につながってしまう

「学び直し」への取り組みは継続的に行う必要があるため、どうしても時間と労力が発生します。特に中小企業においては、時間面・体制面・資金面等での制約により、実施が困難な場合があるでしょう。

また、短期的には学びの成果が検証しづらい側面もあります。新たなスキルを身につけた結果、転職を選ぶ従業員もいるでしょう。そうした事態を招かないためには、学び直しを終えた従業員が今の環境で活躍できる場をどのようにつくっていくかが課題になります。

リカレント教育導入にあたって企業に求められるもの

このようなメリットとデメリットを踏まえた上で、企業として従業員のリカレント教育導入に踏み切るのであれば、次のような仕組みづくりが必要になってきます。

  1. 企業が目指すビジョン・経営戦略といった基本認識を従業員と共有する
  2. 職務に必要な能力・スキルなどを明確化し、学びの目標を関係者で共有する
  3. 従業員の「自律的キャリア形成」が可能な教育訓練プログラムを開発・設定する
  4. 現場のリーダーやキャリアコンサルタントなどが伴走的に支援する

重要なのは「この学びは何のために必要なのか」という基本認識を企業(雇用者)と従業員がしっかり共有しておくことです。職務のために必要な能力・スキルを明確にし、目標を設定した上で、教育訓練プログラムの開発などに取り組みましょう。

個々の従業員にすべてを一任すると学びの進捗・成果が見えづらくなってしまうため、現場のリーダーやコンサルタントなどの第三者による伴走的なサポートも必要です。企業側は学びの成果を評価し、その後の仕事内容や人事評価にきちんと反映させる制度の整備をしておくべきでしょう。また、厚生労働省は企業のリカレント教育促進のため、キャリアコンサルタントへの無料相談などの施策も行っています。

リカレント教育のコスト負担、使える助成金は?

企業のコスト負担や対象者は、各々の規模や職種などの事情により異なりますが、政府による企業へのバックアップは今後拡充していくでしょう。2021年、政府は「人への投資」を抜本的に強化するため、3年間で4,000億円の施策パッケージを提供する方針を発表しました。2022年4月からは「人への投資」を加速化するため、人材開発支援助成金に新たな助成コース「人への投資促進コース」が設けられました(2022年度~2024年度まで)。

「人への投資促進コース」は企業が従業員に対して次のような訓練を実施した場合、訓練経費や訓練期間中の賃金の一部を助成する仕組みです。

  • 高度デジタルや成長分野等の高度人材育成のための訓練
  • IT 未経験者の即戦力化のための訓練
  • 労働者が自発的に行う訓練
  • 定額制訓練(サブスクリプション型)

また、従業員が働きながら教育訓練を受講するための休暇制度等を導入する企業への助成も拡充されます。

さらに、同じく2022年4月からは、オンライン研修(eラーニング)による訓練も、助成対象(経費助成のみ)になりました。

人材への投資は組織力・生産性を底上げします。絶えず新しい知識を身につけられる優秀な人材を確保していくためにも、企業自身がリカレント教育の導入に積極的に取り組む姿勢が今後はますます求められていくでしょう。




※記事内で取り上げた法令は2022年5月時点のものです。

<取材先>
社会保険労務士事務所 労務サポート代表
後藤昌雄さん
社会保険労務士・人事経営コンサルタント。就業規則の作成から労使間のトラブル予防まで、人事労務の専門アドバイザーとして顧問先の幅広い問題に取り組む。

TEXT:阿部花恵
EDITING:Indeed Japan + 南澤悠佳 + ノオト

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