プロのサッカー選手が過酷なシーズンを戦い抜くために、心身の両面から支える「メディカルトレーナー」という仕事。ドイツ・ブンデスリーガの舞台で10年以上にわたり選手の身体を守り続けている、アイントラハト・フランクフルト所属の黒川孝一さんにお話を伺いました。

鍼灸師と柔道整復師の国家資格を取得。2009年に独立して整骨院を開業する。2014年にドイツへ渡り、アイントラハト・フランクフルトに専属メディカルトレーナーとして加入。11シーズンにわたり、選手の体調管理や怪我の治療に従事。彼らが100%の力を発揮できるよう、心身両面からのサポートを続けている。

チーム専属
メディカルトレーナーの仕事

  • チーム専属メディカルトレーナーとは、具体的にどのようなお仕事なのでしょうか?

    プロサッカー選手のそばにいて、体調管理や怪我の治療をしたり、練習や試合で不安なく100%の力を発揮できるようにサポートする仕事です。チームとの契約の元、チーム専属スタッフとして働いています。

  • いつごろからドイツに?

    2014年から今のチーム、アイントラハト・フランクフルトに入りました。11シーズン目になります。

  • 同じチームで11シーズンも活動されるのは、珍しいですか?

    そうですね、監督が変わるとスタッフも入れ替わることが多い世界です。僕の場合は自分を招き入れてくれた監督から「残って続けなさい」とアドバイスをいただき、ここまで歩んできました。2部降格の危機からヨーロッパカップでの優勝まで、良い時も悪い時も経験しましたが、大切なのは周囲からの「信頼」でした。僕たちが「この選手は(出場させるのは)無理だ」と判断したときに、監督が納得してくれるほどの信頼関係を築けていれば、結果的に選手を守ることに繋がります。自分たちがフラフラしていては信頼されませんから、常にプロとしての判断基準や主張を持つようにしています。

身体だけじゃなく、
精神面のケアも僕の仕事

  • 堂安選手とは、どのような関係性でしょうか。

    彼の印象は、とにかくフラットでオープンマインド。周りのスタッフや選手に対しても明るくポジティブです。そのメンタリティには、僕も勉強させられることが多々ありますね。

  • 堂安選手とはよく会話されますか?

    そうですね。ドイツのチームに所属する日本人同士として、サッカーのことだけでなく、些細なプライベートのこともよく話します。彼のメンタルも支えているというと大袈裟かもしれませんが、一緒になって悩みを分かち合うことも自分の仕事だと思っています。

    例えば選手としてプレーしていると、必ずしも良いことばかりではありません。レギュラーから外れてしまったり、うまくいかないこともあります。身体だけじゃなく、精神面のケアも僕の仕事だと思っているので、そんな時は聞き役に徹するようにしています。これが彼の役に立っていれば嬉しいですね。

  • 堂安選手の身体については、プロの目で見てどう感じますか?

    彼は非常に高い回復力を持っています。怪我をしにくい丈夫な身体に加え、治癒のスピードが早い。トップレベルでチャンスを掴むために、本当に恵まれた素晴らしい才能です。レベルの高い環境でプレーする場合、怪我や不調が多いと100%のパフォーマンスを発揮できず悔しい思いをすることになりますからね。

  • 身体が丈夫であることを話した時の、堂安選手の反応は?

    笑顔で「アハハ、そうでしょう」といった感じで、「僕は怪我なんてしないんで」と⾔ってます。やっぱりポジティブです。とはいえ、当然ながら彼も他の選手と同じ人間ですから痛みを抱えたり筋⾁痛になることだってあります。丈夫な身体という才能に恵まれてはいますが、何が起こるかわからないのが勝負の世界。彼の治癒力がより高まるようなケアを、日頃から意識して行っています。

日本を離れて、
家族と共にドイツへ

  • 今のお仕事に就く前は、どのようなお仕事をされていたのでしょうか?

    日本では鍼灸整骨院を経営し、地域の方々を診ていました。

  • なぜ、日本でのキャリアを一度リセットしてドイツへ渡ったのですか?

    元々サッカーをしていたこともあり、「プロの世界を見たい」という強い気持ちがずっとあったんです。そんな時にドイツの監督とご縁があり、今のチームへと繋がるお話をいただきました。

  • 決断に迷いや不安はありませんでしたか?

    もちろんありました。言葉も生活も変わりますし、幼い子供を連れて家族で移住するわけですから。整骨院を閉める際、自分を信頼して通ってくれていた患者さんたちに伝えるのは苦しい思いもありました。しかし、皆さんが背中を押してくれたことが勇気になりました。最終的にはそういった応援や、「やりたい」という気持ちが不安を上回りましたね。

治療室は、選手が本音を
ポロリとこぼす場所

  • プロとして仕事をする上での「信念」を教えてください。

    「自分が正しいと信じる考えを伝えること」です。もちろん周りの意見も聞き、すり合わせも行いますが、選手にとって最良の決断を下すためには、自分たちの専門的な見解をふまえた主張をしっかり持つ必要があります。

  • 選手とのコミュニケーションで大切にしていることは?

    やはり、選手の「聞き役」に徹することですね。治療室は、選手が深い悩みや、他のスタッフには言えない本音をポロリとこぼす場所でもあります。僕はどちらかというといじられキャラとして輪に溶け込んでいますが、そうやって選手が気を遣わなくていい雰囲気を作ることで得られる些細な情報が、怪我の予防や問題解決のヒントになるんです。

    こうしたコミュニケーションが問題解決のヒントになったり、雰囲気を良くする一つの材料になっているということを、メディカルチーム全員の共通認識として持ち、その時間を大切にすることを常に心がけています。

メディカルトレーナーは
「行動で示せる」職業

  • どのような人が、この職業に向いていると思いますか?

    「言葉に頼らず、行動で示せる人」でしょうか。僕も最初はドイツ語も英語もほぼ知識がない状態で、契約書の内容すら分からないまま飛び込みました。困ったことは山ほどありましたが、結果で応えることで信頼を勝ち取ってきました。また、「正解のない道」を楽しめることも大事です。自分のキャリアをネガティブに考える必要はありません。今いる環境で、目の前の相手に対して100%向き合い続けることが、結局は次の道を開く一番の近道になるはずです。

黒川さんの思う、
いい未来とは

  • 今後の展望や、黒川さんが思い描く「いい未来」について教えてください。

    正直なところ、将来についてはまだ決まっていません(笑)。ですが、やはりこれまで10年以上積み上げてきた経験を活かし、選手に寄り添って治療やケアを続けたいという気持ちが一番強いです。チームという輪の中に入り、選手たちの成功を支える存在になれれば、これ以上の喜びはありません。

    また、担当する選手が怪我をせず、良いパフォーマンスを出してチームの勝利に貢献できた時は格別ですが、何よりも「最後は怪我なく試合を終えて帰ってきてくれること」を常に一番に願って仕事に向き合っています。選手が笑顔でピッチを走り続け、自らの可能性を最大限に発揮できる。そんな環境を陰ながら守り続けることが、僕にとっての「いい未来」につながるのではないかと思います。

  • ドイツでの経験を、いつか日本へ還元したいという思いもありますか?

    はい。いつになるかは分かりませんが、もし将来日本に戻ることがあれば、ドイツで培ってきた経験を日本サッカー界の発展に寄与できるような形で還元できれば嬉しいですね。自分にできることがあれば、また新たな場所へ積極的に飛び込んでみたいと思っています。

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