がんについての正確な知識を持ってから対策を
――「社員ががんになったときの支援」を、差し迫った課題と認識している企業はまだ少ないのではないでしょうか。
日本では年間約100万人ががんと診断されており、2人に1人は生涯に一度はがんにかかると言われています。また、患者の約3割は60歳以下のいわゆる就労世代で発症しています。今や、従業員ががんになることはどんな企業にも起こり得ることなのです。
一方で、がんは「治る」あるいは「治療をしながら日常生活を送ることができる」病気にもなっています。身体への負担の少ない手術や、副作用を抑えた抗がん剤・放射線治療の普及により、多くの患者が職場への早期復帰や治療をしながらの就労を実現しています。
もちろん体力の低下や体調不良などで、がんになる前と同じ働き方ができる人ばかりではありません。それでも企業がそれぞれの人に合った配慮をすれば、十分に活躍できます。
――まずは、企業側ががんに対して正しく理解する必要がありますね。
がんと就労について正確な情報を集めてください。インターネットやテレビ、雑誌で得られる情報の中には誤ったものも含まれています。情報源をよく確認しましょう。
例えば、がんという病気について知るには、国立がん研究センターの「がん情報サービス」をご覧ください。病気や治療方法に加え、治療費や生活費の支援制度など、がんになってからの生活の助けとなる基本的な知識を掲載しています。
がんと診断されてからも働き続けた事例や企業の取り組みについては、同じくがん情報サービスの「資料室」に掲載されている「がんと就労白書」で紹介されています。
――患者本人以外でも、がんについて相談できる場所はありますか?
全国の「がん診療連携拠点病院」などには「がん相談支援センター」という窓口があります。がんの診断から治療、療養生活や職場復帰まで、患者本人や家族はもちろん、社内にがん患者のいる人事・労務担当者など誰でも無料で相談できます。
「社員を大切にする」制度を整え、社内周知を
――社員ががんになっても働き続けられるために、具体的にどんな取り組みが求められているのでしょうか。
がんの検査や治療のために、休職が必要になる場合があります。しかし、必ずしも長期の休暇制度が求められるわけではありません。定期的な通院には、「フレックスタイム制度」「在宅勤務制度」など、既存の制度を活用するだけで対応可能な場合もあります。
例えば、毎日短時間の放射線治療が必要になった場合、時間単位で有給休暇が取得できると、1日単位の時よりも休暇日数の心配が軽減します。他にも育児や介護のための時短勤務制度を病気の場合にも利用できるようにするなど、がん治療のための特別な制度を設けずとも、細やかな制度変更から始めてみてはいかがでしょうか。
そして、こうした制度が「使える」ということを、日頃から社員に周知しておくことも大切です。社内外の支援制度や相談窓口について分かりやすくまとめたパンフレットなどを作成し、繰り返し周知することをお勧めします。社内報やイントラネットでお知らせするのも良い方法です。
――社内に役立つ制度があっても、活用してもらえなければ意味が無いですよね。
社内の相談窓口を分かりやすくしておくことも重要です。ある建築会社では、「ヒューマンリーソースセンター」を新設し、相談窓口をセンターに一本化しました。復帰のめどや業務の引き継ぎ、公的な支援制度や将来のキャリアプランまでどんな相談でも受け付けているそうです。
また、人事担当者はもちろん、社内の管理職も適切な対応が求められます。ある小売業では、各店の店長を対象に「従業員からがんにかかったと打ち明けられた時に、どう対応するか」といったロールプレイング研修を実施しています。
――社内に相談しやすい雰囲気を作っておくことが大切ですね。
がん患者の中には「辞めさせられてしまうかも」「昇進の道が閉ざされるのでは」といった不安から、会社に病気を打ち明けられない人がいます。会社を信頼して相談してもらうためには「会社は社員のことを大切に考えている」というメッセージの発信が欠かせません。病気になっても意欲があれば働き続けられる仕組みを整え、社内に周知することは、人事担当者や管理職の重要な役割の一つです。
加えて、従業員が病気などで長期間働けなくなった際に、減少した収入を補償する企業向けの保険「GLTD(団体長期障害所得補償保険)」に加入することも、社員の安心感を高める有効な方法でしょう。安心して療養に取り組める環境があれば、職場復帰もより順調になるはずです。
がん患者が働きやすい職場は、生産性も向上する
――トップや管理職に加え、職場の同僚の理解も必要なのでは。
「○○さんがいないと業務が回らない」という職場では、通院のために休むこともためらわれますよね。社員数の少ない中小企業では難しい面もあるでしょうが、誰かが休んでも業務に支障が出ない体制を少しずつ作っていくことが必要です。
ある工場では、工場長が肺がんと診断された時に後継者がおらず、入院中もベッドからメールで部下とやりとりをしていたそうです。この経験を踏まえて、社員がいつでもお互いの仕事を補い合えるよう、多能工化(1人で複数の業務や工程を担当できるようにする仕組み)の推進に取り組んでいるそうです。
誰でも休みを取りやすい職場は、がん患者はもちろん、子育てや介護をする人にも働きやすい職場になります。がんにかかった社員の支援体制を整えることで、従業員のやる気が高まり、支え合う文化が醸成され、結果的に生産性向上や業績の伸長につながるのではないでしょうか。
※記事内で取り上げた法令は2021年6月時点のものです。
参考:
厚生労働省「改正がん対策基本法」
https://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-10904750-Kenkoukyoku-Gantaisakukenkouzoushinka/0000146908.pdf
<取材先>
国立研究開発法人 国立がん研究センター がん対策情報センター長
若尾文彦さん
TEXT:石黒好美
EDITING:Indeed Japan+笹田理恵+ノオト