がんと診断されても、8割の人は仕事を続けている
――「がんが死因のトップ」「3人に1人はがんで亡くなる」と聞くと、やはりがんは重大な病気なのだと感じてしまいます。
かつてがんは「不治の病」と言われていました。けれど、最近ではがんになった人の5年相対生存率(同じ年齢・性別の人と比べてがんと診断された人が5年後に生存している人の割合)は60%を超えており、年々伸びてきています。中でも乳がんの5年相対生存率は91.1%となっているなど、医療の進歩によって、今やがんは治る、あるいは治療をしながら長く付き合う慢性疾患となりつつあります。
――がんには大きな手術や、放射線や抗がん剤による治療が必要というイメージがあります。治療をしながら仕事を続けることは可能なのでしょうか。
私たちの調査(※1)では、がんと診断された時に仕事に就いていた人のうち、約54%が休職・休業をしたのち復帰し、約26%は休職もすることなく職場に戻っています。つまり、およそ8割の人はがんになっても仕事を続けているのです。もちろん、かなり進行した状態でがんが発見される場合もあるため一概には言えませんが、早期発見して適切な治療を受けた人の多くは職場に復帰しています。
※1 国立がんセンター「平成30年度患者体験調査報告書(2020年10月発表)」
https://www.ncc.go.jp/jp/cis/divisions/health_s/H30_all.pdf
――がん治療と就労の両立が可能になる背景には、医療の進歩や治療法の変化があるのでしょうか。
30年ほど前までは、がんの患者は1カ月以上も入院して手術や薬物療法を受けるのが一般的でした。現在では入院期間は大幅に短縮され、手術後2週間以内には退院されることが多くなりました。放射線治療や薬物療法も、外来で行うことがほとんどです。
それでもがんと告知されると「自分はもうダメだ」と慌てて仕事を辞めてしまう人もいます。会社側も「がん患者は働けないだろう」という思い込みから、休職や退職を促してしまうことがいまだに少なくありません。
世論調査(※2)でも「がんの治療や検査のために2週間に一度程度病院に通う必要がある場合、働き続けられる環境だと思いますか」という問いに、6割近くが「そう思わない」と回答しています。その理由として「体力的に困難そうだから」というものもありますが、「代わりに仕事をする人がいない、またはいても頼みにくい」「職場が休むことを許してくれるか分からない」「休むと収入が減ってしまう」といった、職場の無理解を懸念している人が多いことが明らかになっています。
※2 『がん対策に関する世論調査(令和元年7月調査)』
https://survey.gov-online.go.jp/r01/r01-gantaisaku/2-1.html
――職場の理解があれば、仕事を続けられる方がより増えるとも言えそうですね。
がん患者の3割は60歳以下の就労年齢層です。(※3)社員ががんと診断されることは決して珍しいことではありません。今後、定年が65歳、70歳と延長されれば、その可能性はますます高まるでしょう。人口減少で求める人材の確保が難しくなると予想される中、業務に精通した社員を、がんへの誤解から失ってしまうことは避けたいですよね。
※3 『国立がん研究センターがん情報サービス がん統計 最新がん統計』
https://ganjoho.jp/reg_stat/statistics/stat/summary.html
がんになっても、適切な配慮や業務上の工夫があれば働き続けられることを、人事担当者はもちろん、社員から相談を受ける立場にある管理職も知っておく必要があります。
社員一人ひとりの病状や事情に合わせた対応を
――社員ががんと診断されたとき、会社としてどんな対応をするべきでしょうか。
がんと診断された人は大きなショックを受けて、精神的にとても辛い状態にあります。まずは社員の気持ちを受け止めることが大切です。そして、社員がどういった治療を行い、どんな副作用が想定されるのか、将来はどう変化していくのかといった情報を集め、仕事と治療の両立方法を考えます。全て本人の希望通りにはできないかもしれませんが、希望に添えない場合はどうしたらいいかを話し合って決めていきましょう。
大切なのは会社が一方的に決めるのではなく、本人の意向を尊重することです。本人を思いやったつもりでかけた「休んだ方がいいのでは」という一言で、社員がやる気を損なってしまうこともあるので注意が必要です。
――がんの治療をしながら仕事をする場合の相談には、どのような気配りが必要でしょうか。
がんは非常に個別性の高い病気です。同じがんでも、人によって治療法や回復の度合いが全く異なるケースが少なくありません。「あの人は抗がん剤治療中でも元気だった」といった過去の事例や、自分の持っているがんのイメージに振り回されず、正確な情報を基に行動してください。
また、個人情報の取り扱いにも注意が必要です。周囲の理解は必要ですが、病名や病状といった医療情報は重要な個人情報です。上司、同僚、取引先などにどの情報をどこまで伝えるかということも、本人と話し合って慎重に判断しましょう。
――仕事と治療の両立のために、会社として整えるべき制度はありますか?
がんにかかると、検査や治療のために定期的な通院が必要な場合や、体力が衰え、治療の副作用や後遺症が一時的、または長期的に起こることもあります。業務内容によっては残業や出張の制限、重い物を運ぶ仕事は他の人に代わってもらう、といった工夫が必要になるでしょう。
既存の社内制度を活用したり、見直したりすることで、通院や体調不良に対応しながら患者本人が活躍し続けられるケースは往々にしてあります。短時間勤務や在宅勤務、フレックスタイムや時差出勤制度などの活用も検討してみてください。
例えば、一日単位でしか取得できなかった有給休暇を、時間単位で取れるよう変更した企業もあります。点滴や放射線治療は短時間で終わることもありますから、有給休暇をあまり使わずに済むようにするための工夫ですね。
そして、疾病による休職に備えた制度や欠勤した場合のルールを設けたら、一覧表やハンドブックにまとめて、普段から社員に情報提供しておきましょう。せっかく良い仕組みを整えても社員に知られないまま、いざという時に使われなかった、となっては意味がありません。
――「がんの社員のために」と新たに制度を作らなくても、まずは今ある制度を見直して、できることから少しずつ働きやすい職場にしていくことが大切なのですね。
がんには「再発の可能性がある」「時間とともに病状が変わりやすい」といった、他の病気とは異なる特徴があります。そのため、一度決めた働き方にこだわらず、状況に応じて対応しなければなりません。「常にコミュニケーションをとって、その人の力を発揮しやすい環境を整えていく」ということは、どんな社員にとっても重要なことですよね。
時短勤務やフレックスは「時間の制約」、在宅勤務は「場所の制約」を柔軟にしていく制度です。こうした制度が使いやすくなれば、がん患者はもちろん、子育てや介護中の人、障害者にとっても働きやすい職場となるはずです。
「全員が同じ場所で、長時間働くことが普通」だった時代から、今は「個々の事情に応じた働き方を選べる時代」に変わりつつあります。多様な人が安心して働き、それぞれの人が能力を発揮できる企業は、きっと業績を伸ばし社会からも求められる存在となるのではないでしょうか。
国立がん研究センターでは、『がんになっても安心して働ける職場づくりガイドブック』 や、様々な企業の取り組み事例をまとめた『がんと就労白書』 を公開しています。どなたでも無料でダウンロードできますので、ぜひご活用ください。
参考:
厚生労働省「令和2年(2020) 人口動態統計月報年計(概数)の概況」
https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/jinkou/geppo/nengai20/dl/gaikyouR2.pdf
<取材先>
国立研究開発法人国立がん研究センター がん対策情報センター長
若尾文彦さん
TEXT:石黒好美
EDITING:Indeed Japan+笹田理恵+ノオト