働きやすい環境を作るのは「気持ち」だけではない 
モデル/俳優・イシヅカユウが考える職場のあり方、働き方

2021年公開の映画『片袖の魚』。トランスジェンダーの女性を主人公とした34分の短編作品です。主演を務めたのは、自身もトランスジェンダーであるモデル・俳優のイシヅカユウさん。

今では映画、テレビ番組、雑誌など幅広く活躍するイシヅカさんですが、現在の仕事に就く前にはフリーターとして複数のアルバイトを経験した日々もあったといいます。働きたいと思っているのに、就職活動の段階で苦労を経験したことも。

そんなイシヅカさんが考える、誰もが働きやすい職場とはどんな環境なのか、話を伺いました。
公開日:2023/06/20
Profileイシヅカユウ
ファッションモデル・俳優として、ファッションショー、スチール、ムービー等、さまざまな分野で個性的な顔立ちと身のこなしを武器に活動する。出演した映画『片袖の魚』(2021年公開)では、インドのKASHISHムンバイ国際クィア映画祭で主演俳優賞を受賞。

「好きな服を着る」ことが自分の心を解放してくれた

――幼少期からファッションがお好きで、ファッションに関連する仕事を目指し始めたそうですね。もともとファッションが好きになったきっかけは何だったのでしょうか。
一番のきっかけは、母が地元のブティックで働いていて、そこでお洋服に触れる機会が身近にあったことかなと思います。

でも、子どもの頃は服を「着させられる」場面が多かったんです。例えば子ども用のフォーマルな半袖半ズボンのスーツを着る機会があって、私はとても嫌でデパートで泣き喚いたこともありました。自分が着たいものではなくて、世間的に「これを着なくちゃいけない」とされているものを着るのに違和感を感じていました。

私だけじゃなくて学生の方でも会社員の方でも、制服や髪型などファッションを制限される場面って多いと思うんですよね。でも、そんな中でも好きな服を着られると、私は心が解放された気持ちになったので、ファッションを仕事にできないかなと考えるようになりました。
――ファッションの仕事というと、アパレルメーカーに入社する道などもありますが、モデルになったのはなぜですか。
服飾の学校に入学した当時は、メーカーに就職するつもりでした。でも、家庭の事情で学校を辞めなければいけなくなって。その後フリーターをしていた時期に、たまたま地元でヘアコンテストのモデルにスカウトされたのがきっかけで、モデルとしての活動を始めました。

初めてモデルとしてショーで歩く経験をしてみて、面白いなって感じたんです。服の作り手には伝えたいメッセージがあって、モデルの自分がそれを体現することにとても興味を引かれました。
——裏方として洋服を作るのとは違い、モデルは表に立つ仕事ですが、人から注目を集めることに不安などはありませんでしたか?
もちろん不安はありました。自分が想定していない見られ方をしたり、それによって考えてもみなかった道に進むことになったり、大変だなと思うことも実際にはあります。ただ、私の場合は「自分の想定した範囲に収まらない人生を歩めるなら、それも楽しんだ方がいいんじゃないかな」と考えるようになりました。

「トランスジェンダーです」と言うだけで、働く以前に立ちはだかる壁

――フリーター時代も含めて色々なお仕事を経験していると思いますが、働きにくさを感じたり、働くことに対して不安を感じたりする場面はこれまでにありましたか?
学生の頃は、トランスジェンダーであることは自分を構成する要素の一つであって、そこまで大きなことじゃないと思っていました。でも、いざ働こうとすると、そもそも働く前の段階でつまずいてしまうことが結構あるんですよね。「トランスジェンダーです」と伝えると、私をどう扱っていいのか分からないと思うのか、面接で落とされてしまうんです。

それに、面接に受かったとしても、「特別枠」のように扱われてしまうこともありました。ある職場ですごく印象に残っていることがあって。「職場の色んな人と話し合った結果、あなたはここで働けることになったよ」みたいなことを言われたんです。

もちろん、働かせてもらえることはありがたいですし、雇う側としてはすでに職場にいる人たちのことも配慮しようとして、難しかったんだろうなと思います。だけど、どうしても「雇ってやったぞ」と言われているように感じてしまったし、そもそも私の知らないうちに私のアイデンティティを不特定多数の方に話されてしまったんだと思うと、働きづらいなと感じました。
——モデルや俳優の仕事の現場でも、働きにくさを感じる場面はありますか?
これも働く以前の問題かもしれませんが、身体がどうなっているのか、とか踏み込んだ話を聞かれて嫌だなと感じることはありますね。他人に身体的なことを聞くこと自体、デリカシーがないと思います。けれど、トランスジェンダーに対してはなぜかカジュアルに身体のことを聞いていいと思ってしまう人がたまにいるんです。

身体のことについて聞くことそのものが悪だというのではなく、関係性を考えた上で話すことができていないのが問題だと思っています。友達や親しい人だったらまだしも、職場で言っていいことなのかな、と立ち止まって考えてほしいです。
——それでもイシヅカさんが、トランスジェンダーであることをオープンにして働こうと考えたのはなぜなのでしょうか。
私には歳の離れたいとこや、甥っ子がいるんです。フリーターをしていた頃は、その子たちのお世話をすることもありました。そんな中で、親でもなく祖父母でもない、けれど「身近な大人」である自分が、何をしてあげられるんだろうと考えるようになりました。

私自身には、ロールモデルがいませんでした。テレビで見るトランスジェンダーの人たちは、すごく大雑把な括りで扱われていたり、とても悲劇的でドラマチックに扱われていたり。そのどちらかしか生きる道がないように感じられました。

だからこそ、私が自分のアイデンティティをオープンにして働くことで、甥っ子くらいの世代の子たちが「こういう生き方もあるんだ」と考えられるきっかけを与えられたらいいなって。
——一方で、「トランスジェンダーである」ことばかりに注目されてしまう側面もあるのかなと想像しています。「私のアイデンティティはそこだけではない」と違和感を感じることはありますか。
あります。そんなことばっかり考えています(笑)。「トランスジェンダーである」ということは、星の数ほどある私の特徴の中の一つです。私だけに限らず、誰しもが色々な面を持っていますよね。

私は音楽も好きだしゲームも好きだし、もちろんファッションも好き。ものすごく色々なものが好きだということも、自分らしさだと感じています。トランスジェンダーであること以外にも、自分の好きなものや特徴についてはこれまでも発信してきているし、ちゃんとやっていれば伝わると信じています。

「当事者の気持ちを考える」、その前段階で抜け落ちている視点がないか

——働く場所について考えたとき、誰もが安心して働ける職場があるとしたら、どんなところだと思いますか?
どんな環境が働きやすいかは人それぞれなので、極論を言ったら、その人ごとに違うと思います。けれど、あえて言うと、意外と忘れられがちなのがハード面での工夫だと考えています。

働く場所には、オフィスや接客業の現場、私なら撮影現場といったように、仕事をするためのメインスペースがあります。それだけでなく、給湯室やトイレ、休憩スペースなどの設備も必要です。難しい問題ですが、例えば職場に「誰でもトイレ」があったら、少なくとも今よりは悩む人が減るんじゃないかなと思います。心理的な意味合いの他にも、トランスジェンダーで手術をした方がオストメイトとして流し台を使用することもあって、そんな場合にはバリアフリーのトイレが必要です。セクシュアルマイノリティ以外にも、身体的に障害のある方などにとっても必要ですよね。
※ お腹に排泄のためのストーマ(人工肛門・人工膀胱)を造設した人のこと(出典元:厚生労働省

そういう人たちを想定せずに職場を設計することが、あまりにも当たり前になってしまっている。お金の問題など色々な観点はあると思いますが、より多様な人が働きやすい職場を作ろうとするなら、ハード面をまず整えなければいけないと思います。
——確かに、多様性に関わる問題は、なにかと「コミュニケーションで解決しよう」とされがちな印象があります。
特に社会的マイノリティについては、「当事者の気持ちを考えることが大事」だとよく言われますよね。もちろん気持ちを考えて、職場の一人ひとりがコミュニケーションの方法を工夫することは大事ですよ。でも、それ以前にその人が働きやすくなるためには、組織が率先して仕組みをつくることが必要だという視点が抜け落ちていることが多いように感じます。
——コミュニケーションの面でも、個々人の気持ちの問題だけでなく、組織としての仕組みや前提があることが大事そうですね。
そうですね。色々な思想を持った人が社内にいること自体は当たり前だし、いいことだと思います。だからこそ、例えば仕事に関係のない部分には立ち入らないとか、思想が違うとしてもお互いに尊重して建設的に話せるように会議を設計するとか、一定のルールを作る必要がありますよね。

例えば私なら、モデルの仕事でも俳優の仕事でも自分で考えたアイデアがあるとして、それらを安心して自由に発言したり、発揮したりできる環境かどうかで出来は変わります。そういった面は個々人の意識だけではなくて、組織としての仕組みとして整えることが大事かなと思います。
——そう考えると、仕組みを作る人に、多様な個人を想定する力があるかが鍵になりそうです。イシヅカさんはどんな風に仕組みを作っていくのがいいと思いますか。
現時点では、制度や仕組みを作る側にセクシュアルマイノリティが少ないし、それ以前に男女比に偏りもあって、不均衡が生じています。それによって規範的な、男女二元論にのっとった仕組みや職場環境になってしまっているところはあると思うので、仕組みを作る人が誰か、というのは重要だと思います。

そういった問題を変えていくために私も発信を続けていきたいし、他人の悩みやぶつかっている壁に気づける人が増えるといいなと考えています。そして、多くの人にとって働く場所は自分自身が日々を過ごす社会そのものなので、職場が良くなればもっと社会が良くなるのではないでしょうか。

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