「自宅待機命令」と「出勤停止」の違い
「自宅待機命令」とは、企業が「従業員を会社に出勤させて働かせることが不適当」と判断したとき、業務命令として「自宅での待機」を命じることです。労働契約が結ばれていれば、企業は労働契約の範囲内で、従業員に対して必要な業務命令を発する労務指揮権を有しています。そのため、「就業規則」などの根拠がなくとも、自宅での待機を命じることは可能です。
一方、「自宅待機命令」と意味が混合されがちな言葉に「出勤停止」があります。どちらも従業員に出勤を禁止することですが、出勤停止は業務命令ではなく、一般的には懲戒処分の一つとして行われる場合が多いです。従業員が服務規律に違反した制裁として、企業は労働者の出勤を停止させ、就労を一定期間禁止します。懲戒処分としての出勤停止であれば、労働契約上の根拠が必要です。就業規則などに「この場合は出勤停止にする」と懲戒の種別と事由を定めなければいけません。
◆賃金の扱い
自宅待機命令は、企業側の都合による場合は原則として「有給」です。ただし、例外的なケースでは「無給」となります。一方、懲戒処分としての出勤停止は、服務規律に違反した従業員の都合になるため「無給」です。
◆対応期間
処分・命令の目的によってケースバイケースです。たとえば、不正の調査をしているあいだ、従業員を自宅待機(出勤停止)させるとき、不正内容によって調査に必要な期間は変わります。一方、懲戒処分としての出勤停止を下す場合、就業規則などに定めた「出勤停止期間」を超えてはいけません。
自宅待機を命じるときには、違法・無効になるかどうかに注意しましょう。そもそも、従業員に自宅待機を命じるだけの「合理的な理由」がなければ、企業に与えられている「労務指揮権」の濫用となり、違法になってしまいます。合理的な理由として、たとえば「不正調査」や「従業員の健康状態に問題がある」などが考えられます。
合理的な理由があったとしても、対応期間には気を配る必要があります。たとえば、不正調査が数週間で終わるのにもかかわらず、何カ月間も自宅待機させれば、違法になるリスクは高くなるのです。
自宅待機命令では給料を出すべき?
企業が自宅待機を命じる期間、原則として従業員は「有給になる」と考えたほうがいいでしょう。法律では「自宅待機が企業側の責任でなければ無給」としていますが、「企業に責任が本当にないのかどうか」を問われたとき、無給にするには法的なハードルが高くなります。それを踏まえた上で、ケースごとの「賃金の扱い」を確認していきましょう。
(1)不正調査
従業員が怪我などをしておらず、労務の提供ができる状態にあるとき、不正調査のための自宅待機命令は原則として「有給」になります。企業側の都合で、調査が必要だと判断しているからです。
ただし、次の2つの要件のうち、どちらかに当てはまる場合は「無給」とした裁判例があります。
- 出勤させることで当該社員が証拠隠滅を図ったり、不正行為を再発したりする可能性が高く、自宅待機命令の緊急性が高い場合
- 不正調査時に、「懲戒規定の上で、自宅待機を実質的に出勤停止処分に転化させるだけの根拠がある」と判断した場合
賃金の支払いは、上記のケースに当てはまるかどうかを検討して判断することになります。
(2)原材料不足・機械故障
「原材料不足」や「機械故障」による自宅待機命令は原則として「有給」になります。原材料を十分に調達できるかどうかは、あくまで企業努力の話なので、企業側の都合と考えるからです。
ただし、天災や紛争などが原因で、事業資金や資材調達ができないことも考えられるでしょう。そのような「不可抗力」による場合は、賃金の全額を支払う必要はありません。
なお、労働基準法26条には、使用者の責任による休業に対しては「平均賃金の6割を支払うこと」が定められています。不可抗力やこれに準じる理由による休業とは言えない場合、少なくとも平均賃金の6割を労働者に支払わなければなりません。6割を超えて支払う義務が生じるかどうかは、労働契約の内容によりますので、自社の就業規則などを確認することをおすすめします。
(3)天災
台風や地震などの「天災」による自宅待機命令は「無給」になります。企業がどれだけ努力しても抗うことができない天災は「不可抗力」といえるので、企業側の責任ではないからです。
(4)インフルエンザ
「インフルエンザ」による自宅待機命令で賃金が発生するかどうかは、従業員本人がインフルエンザに罹った原因によります。
従業員がプライベートでインフルエンザに罹った場合、従業員側に責任があるので「無給」です。企業側は「労働安全衛生法」に基づいて自宅待機という就業制限を行なっているので、企業側の責任ではありません。従業員は与えられている有給休暇を利用することになるでしょう。
一方、社内にインフルエンザ発症者がいるなかで従業員を就業させ、社内感染によりインフルエンザを発症させた場合は、企業側の責任なので「有給」になります。
(5)出勤による病状悪化
病気になった従業員の症状が悪化しないように自宅待機を命じる場合も、賃金の扱いについて一概にはいえません。
たとえば、従業員が私傷病(業務外での怪我や病気)になった場合、それは従業員側に責任があるので「無給」になります。一般的にそのようなケースでは、従業員本人から「医師による診断書」の提出などがあり、「仕事を休みたい」と自己申告があるはずです。従業員は労働契約で求められている労務の提供ができなくなるので、企業は本来の仕事ができるように回復するまで、従業員を療養に専念させる必要があります。そのために自宅待機を命じるので、企業側の都合ではないのです。
ただし、従業員は「業務負荷が高かった」「上司からハラスメントを受けた」などと、企業側の責任で病状が悪化したことを訴えてくる可能性があります。調査した結果、企業側に責任があると判明すれば、労災保険の「休業給付」で対応することも考えられます。
(6)復職可否の判断
「病気療養のために休職していた従業員」が復帰を希望する場合、企業は「復職が可能かどうか」を判断しなければなりません。そのため、従業員に「医師による診断書」を提出させたり、企業の労務担当者が医師と面談したり、企業の指定医や産業医との面談を行ない、「復職が可能かどうか」「復職させる上での注意点」を確認したりします。
このように復職可否を判断している期間は、通常、休職期間に含めて扱うことです。具体的には、当初の休職期間中に復職の可否を判断し、それが難しい場合は休職期間を延長して対応します。そのときの賃金の有無は、「休職期間中の賃金の扱い」と同様となるので「無給」です。なお、休職期間中、労働者は傷病給付金を受け取ることができます。
新型コロナウイルス感染症と自宅待機命令
新型コロナウイルス感染症(以下、コロナ)の流行拡大で、事業活動に影響を受けた中小企業のなかには、「従業員に自宅待機を命じるかどうか」の判断に迷う企業も少なくないと思います。
判断のポイントは、命令を発するべき「合理的な理由」があるかどうかです。また、合理的な理由があっても、賃金の扱いからトラブルに発展するケースがあるので、慎重に確認しておきましょう。
(1)営業時間/日の変更で待機させる場合
例:コロナの影響による営業時間・営業日の変更で、従業員に自宅待機を命じた
この場合、「事業の継続が外部的な要因により困難といえるかどうか」が問題となります。それが不可抗力やこれに準じる場合と評価されなければ、自宅待機としても、少なくとも平均賃金の6割の支払義務は免れないでしょう。
たとえば、「緊急事態宣言」の発出で「20時以降も営業すれば企業名を公表する」とされた業種があります。この場合、従業員に20時以降の自宅待機を命じるのは、不可抗力に準じるといえるため「無給」になると考えるのです。
企業は「本当に働かせることができないのか?」を検討し、働かせることができない合理的な理由を根拠として、自宅待機を命じる必要があります。よって、営業時間・営業日を変更したとしても、テレワークや時短勤務を認めるなどして、まずは従業員が働けるようにするのが適切な対応だと思います。それをせずに自宅待機を命じれば、企業側の都合と見なされるのです。
なお、社内に感染者が出た場合は感染者を休ませ、他の従業員には感染リスクが低くなるための措置を取りながら就労させることが求められると考えます。そのため、このような場合に他の従業員を自宅待機としたとしても、上記と同様に少なくとも平均賃金の6割の支払義務は生じるでしょう。
(2)従業員の健康不良で待機させる場合
例:コロナに感染した従業員に自宅待機を命じた
このケースで賃金が発生するかどうかは、インフルエンザによる理由と同じ考え方です。
ただし、判断に迷うケースもあるでしょう。たとえば、接客を伴う百貨店などでは、安全確保と拡大防止の観点から「独自の感染症対策」を打ち出すことがあります。厚生労働省ではコロナに関する相談・受診の目安として「37.5度以上の発熱が4日以上続く場合」と定めましたが(現在は削除)、それよりも厳しい基準を定めて「出社前の検温で、37度以上は自宅待機」とする企業があるとします。この場合の自宅待機命令は、不合理な対応ではないと考えます。
その上で賃金の扱いについては、(企業の判断によりますが)従業員がプライベートを理由に発熱したのであれば「無給」になるといえるでしょう。とはいえ、従業員が本来は働ける状態なのであれば、従業員ときちんと相談した上で、従業員の生活になるべく支障が出ないように賃金を支払ったほうがいいというのが見解です。
仮に無給にすれば、その措置が法律的に有効なのかどうかは微妙なところです。従業員側の都合で発熱しているので、無給扱いにしても直ちに違法にはならないと思います。だからといって無給にすれば、従業員の生活に大きな悪影響を及ぼすでしょう。そうならないように、「発熱しても働ける状態であればテレワークに切り替える」などの対応をして、従業員が働けるような環境づくりへの配慮が必要です。
※記事内で取り上げた法令は2021年3月時点のものです。
監修:弁護士法人第一法律事務所 東京事務所 藥師寺正典 弁護士
TEXT:流石香織
EDITING:Indeed Japan + ノオト