学習塾は教室の売却や倒産が増加?
――まず、学習塾業界の実態についてお伺いします。塾講師の人手不足が続いているようですが、経営面にどのような影響が出ているのでしょうか?
同業他社との競争激化や人件費の高騰により、うまく人材を確保できず倒産する学習塾が増えています。あとは塾同士の合併や買収も多いですね。いま個別指導塾の多くはフランチャイズ経営なのですが、加盟店の経営が困難となり、教室ごと本部が買い上げるケースがここ数年でかなり増加しています。
――フランチャイズ契約している教室の経営が成り立たなくなっている、と。それは人手不足が原因なのでしょうか?
そうですね。求人広告費や会社案内の制作費など、採用にかかるコストが上がっており、経営を圧迫しています。たとえば正社員の中途採用にかかるコストは、ここ5年で2~3倍になりました。また、アルバイト講師の時給も高くなっており、採用が困難な状況は変わりません。
一方で、少子化により塾に通う生徒数が減っているので、経営メリットがなくなっています。フランチャイズでは利益が出ないため、撤退してしまうのです。
――採用コストがかかる一方で、講師がなかなか定着しない問題もあると聞きました。
定着率が問題となるのは、おもに正社員の講師です。一般的に「新入社員は3年経つと5割辞める」というデータがありますが、塾の新卒採用者もそれに近い確率で離職しています。一方で、社員がうまく定着している塾は、3年で1~2割程度の離職率に抑えられています。
属人性に頼らず、適切なジョブローテーションを
――社員の定着率が高い塾と低い塾、どのような違いがあるのでしょうか?
シンプルに言うと、大手の学習塾ほど定着率は高くなります。その要因の一つは、ジョブローテーションによってキャリアアップの道筋が見えるかどうか。
たとえば、とある校舎に配属された後、校長と意見が合わずトラブルになったとします。大手であれば、人事部が介入して翌年に別の校舎へ異動させてくれるなど、環境を整備する余力があるのです。
しかし中小の学習塾になると、そもそも校舎数が少なく、ローテーションがありません。もし直属の上長とウマが合わなくなると、逃げ道がなくなってしまうわけです。しかも長く働いたところで給料が上がらないし、昇格もない。「生徒数が○○○名に増えれば、賞与がこのぐらい付くから」と説得されても、少子化で競合が多いため「絶対に無理な目標だ」と気づいて辞めていくのです。
「かつて生徒としてお世話になった塾だから」「アットホームな会社だから」という気持ちで入社しても、すぐに現実を見て辞めていく。人事制度の不備による離職は、大手と中小の学習塾で顕著に差があらわれます。
――適切な人事異動ができるかどうかが、定着率に影響を与えるわけですね。
さらに、構造的な問題もあります。新卒採用でもっとも多い配属パターンは、辞めた講師の欠員補充でしょう。しかし、そもそも人が辞めてしまう校舎は、業績が上がらなかったりクレームが多かったり、何らかの課題を抱えているケースが多いのです。
そういった校舎に配属されると、ひたすら後始末ばかりに追われてしまいます。本来であれば、ベテランの講師がローテーションで担当していくべき事案ですが、中小の学習塾ではそれをしません。校舎と先生、生徒が密接に人間関係を築いてしまうので、異動ができないんですね。
――「密接な人間関係を築いていくのは良いこと」と思ってしまいがちですが、そうではない、と。
たとえば、人気のある講師がなんらかのトラブルで辞めてしまうと、生徒が一気に減ってしまいます。そうすると経営自体が成り立たなくなってしまうのです。講師の属人性に頼りすぎるのは良くありません。
大手の成長している塾は、講師の属人化を避けるために各校舎へローテーションさせています。新任の講師を少しずつ昇格させながら、どんどん配置変えしていく制度を整えることが大切です。
――属人性に頼らず講師をローテーションしていくことで、結果的に定着率が高くなっていくのですね。ただ、環境が変わることを嫌がる講師もいるのではないでしょうか?
確かに、そういう人もいるでしょう。異動については、おおむね選択制となっています。一般企業でいうところの「総合職」と「一般職」と同じようなイメージで考えてください。大手の学習塾の場合、経営まで携わりたいという総合職ルートを選べば、都道府県レベルで異動があります。もし一般職を選択すれば、「○○校の算数の先生で一生終える」というルートも不可能ではありません。
――「ずっと講師を続けていたい」という人と、「校長やマネジメント側にキャリアアップしたい」という人、どちらが多いのでしょうか?
ざっと半々ぐらいでしょうか。給与面を考えると、管理職ルートを目指す人がやや多いかもしれません。ただ、そこでネックとなるのが、経営能力やマネジメントスキルです。
学習塾では、もともと講師だった人が昇格し、校長になっていきます。しかし、生徒を教える能力と経営能力はまったく別物です。部下を育成するマネジメントスキルや、校舎の業績を上げていくための経営スキルは、ほとんどの人が持っていないでしょう。
――たしかに、講師として優秀だったとしても、塾をうまく経営できるとは限らないですよね。マネジメントや経営のスキルは、どのように習得させればよいのでしょうか?
大手の学習塾は、研修体制が万全です。社内に専門部署を用意して、定期的に研修を受講させています。外部から講師を招き、塾の実務では学べないようなマーケティングや人材育成のスキルを身につける研修を実施するのです。
そういった研修制度が充実している学習塾は、やはり定着率が高い傾向にあります。働く人にとっての未来が見えますからね。
長く働いているベテラン=良い講師とは限らない
――塾講師が長期に渡って働く場合、どのようなメリット・デメリットが生まれますか?
基本的には、年数を重ねるほど講師としてのスキルは上がるので、生徒および保護者からの信頼は高まるでしょう。一方で、塾講師はだんだん疲れてくるため、手を抜き出すというデメリットが生じます。
もちろん人によって差はありますが、塾講師は10年くらい続けると飽きがきます。生徒の学力を伸ばすというやりがいはあるものの、毎年同じことを教え続けるわけですから、講師のモチベーションが消耗していくのです。ベテラン講師のなかには、手を抜きつつ生徒や保護者から不満が出ないギリギリのところで働く人が出てくるかもしれません。夢や希望を持って入ってきた若手講師がその姿を見ると、「理想とは違うな」と思い、離職していくこともありえます。
それを防ぐためには、生徒から定期的にアンケートを取ってみましょう。手を抜いた先生は評価が低くなるため、すぐにわかりますから。
――必ずしも「ベテラン=良い講師」とは限らないわけですね。
大手の優良な塾では、イキイキとした30~40代ぐらいの社員が管理職や幹部講師として活躍しています。年収600~1000万円くらいでバリバリ働いている先輩を見れば、若手講師のモチベーションが上がるでしょう。目標にできる人、ロールモデルがいるかどうかが、定着率に大きく影響することは間違いありません。
<取材先>
株式会社船井総合研究所 犬塚義人さん
船井総合研究所における、学習塾・専門学校・カルチャースクール・資格スクール業専門のコンサルタント。船井総研内のスクール・教育業分野のコンサルティングチーム「スクール高等教育グループ」のグループマネージャーをつとめている。
船井総合研究所/スクール経営コンサルティング
https://www.funaisoken.co.jp/smart_plan/school/
スクール業界、学習塾業界の最新動向/犬塚義人のブログ
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TEXT:村中貴士
EDITING:Indeed Japan + ノオト