健康経営は、会社を伸ばすために必要な投資
――健康経営とはどんな考え方ですか?
経済産業省は「従業員等の健康管理を経営的な視点で考え、戦略的に実践すること」と示しています。企業にとって従業員の健康に対する取り組み、たとえば労働時間の管理や各種健康診断の実施は、これまでも法令遵守の観点から必要でした。ただ、それ以上に費用や労力をかけるのは「コスト」と捉える傾向が強かったと思います。
しかし、最近では「業績を伸ばし、会社を成長させるために必要な投資」という認識に変化してきました。つまり、従業員の健康を守って満足度を高めるだけでなく、経営戦略の観点からもすごく重要なトピックなのです。
――「社員の健康を守る」とは、どんな動きを指すのでしょうか。
従業員の健康に関して、従来の企業の取り組みは、心身の体調不良で業務が行えない「アブセンティズム」の状態にある従業員に主眼が置かれていたと思います。しかし今、注目されているのは「プレゼンティズム」と呼ばれる状態です。出勤はしているが、実は精神面や身体面の不調を抱え、パフォーマンスが著しく低くなっている従業員を指します。本人にとってもちろん良くないですし、周囲への影響や組織としての生産性にも関わります。このように実は問題が隠れているケースもあるため、自社の健康課題を解消する意義は小さくありません。
「健康増進達成手当」を従業員に支給
――貴社は3年連続で「健康経営優良法人」に認定されています。健康経営に取り組み始めた経緯について教えてください。
私たちは「持続可能な医療」をビジョンに掲げ、医療従事者のキャリア支援事業や企業の健康経営支援などのサービスを提供する企業です。特にこの数年は、「そもそも病気にならないためにどうするか」という課題意識を持つフェーズに入っています。そこで、まずサービスを提供する私たち自身が疲れ切っていたら説得力も信憑性もないので、積極的に自社の健康経営に取り組み、効果を実感しているところです。
――具体的にはどんな取り組みをされていますか?
ひとつは「健康増進達成手当」を設けています。有給休暇の消化率、残業時間、喫煙の有無、さらにBMI(体重と身長から算出される肥満度の指数)の基準などを設定し、それらを全てクリアしている従業員には3万円の手当が支給されます。
――有給休暇の消化率やBMIといった各項目は、どのような理由で設定したのでしょうか。
たとえば有給休暇は、従業員がリフレッシュして生き生きと健康に働くために必要ですから、一定以上消化していれば会社として評価します。また、残業時間が長いと、メンタル不調やワークライフバランスを損なうため、当社では「長時間働いたからよく頑張ったね」といった評価はしません。もちろん会社としても労働時間を管理しますが、従業員にも自ら意識して残業を減らしていく姿勢を求めています。
――禁煙の取り組みはどのように進めていますか。
当社の事業内容をふまえると、日本人の死因第1位「がん」の最大の危険因子であるたばこに向き合う意義は大きいと考え、改正健康増進法に先駆けて社内の禁煙支援を始めました。具体的な施策として、オフィスの全面禁煙を導入し、禁煙治療の費用を補助しています。結果、社内の喫煙者の割合は14%(2019年度)から11.7%(2021年度)に下がりました。
ちなみに、健康診断で胃カメラなどのオプションをつけたい従業員には、非喫煙者であれば最大2万円を支給する制度もあります。様々な取り組みを通して、健康を大事にする姿勢を従業員にきちんと伝えていくことが重要だと思っています。
「先延ばししていた乳がん検診を受けた」といった反響も
――社内の反響はいかがですか?
5月31日の世界禁煙デーに合わせて、健康経営の取り組みに関するアンケートを社内で取ったところ、「健康増進達成手当があることで、受けたいと思いつつ先延ばしにしていた乳がん検診を毎年受診するようになった」「がん検診を受けたくて禁煙を始めた」といった声がありました。
健康増進達成手当の基準は、従業員が日常的に健康維持へ意識が向くよう設計しました。一時的に何かに取り組めば支給されるのではなく、毎日の残業時間を気にする、有給休暇をきちんと取得するなど、持続的な取り組みを推奨します。
また、想像していた以上に反響が大きかったのは、匿名の非喫煙者からの感謝の声でした。特に、臭いを不快に思っている人は多かったようです。企業が主体的に禁煙を勧めることで、吸わない人も気持ちよく働けるようになることを改めて実感しました。
――経営上のメリットは何か感じていますか。
採用への効果が大きいと思います。最近は、健康経営を含め、応募者からは企業の従業員に対する姿勢がすごく見られる印象を持っているからです。
特に中小企業は、健康経営への取り組みがアピールポイントになるのではないでしょうか。なぜなら、大企業では、例えば50人以上の事業所に産業医を配置することが義務化されているので、健康経営はある意味「当たり前」なんです。一方で、中小企業は義務化されていない制度に取り組むことで他社と差別化できます。
また、リスクヘッジの観点もありますね。従業員の健康を蔑ろにした働き方を企業が強いていると、生産性が低下するだけでなく、労働災害による訴訟も考えられます。中小企業では優先度が低いとされがちなトピックですが、長期的な取り組みとしてできるだけ早く着手するべきではないでしょうか。
まずは課題の洗い出しから。経済産業省の認定要件も参考に
――これから健康経営に取り組む場合、まず何から始めたらよいのでしょうか?
企業の健康課題はそれぞれ異なっているため、まずは自社の抱える課題を挙げてみましょう。潜在的な困りごとに気がつくために、経済産業省が公開している健康経営優良法人の認定要件をチェックしてみるのも一つの手です。いきなり取得を目指すわけではなく、まず各項目の基準を自社の状態と照らし合わせることで、課題や目指すべき姿が見えてくるかもしれません。
(参考)経済産業省:健康経営優良法人2021(中小規模法人部門)認定要件
課題が見えてきたら、各種チェックの定例化や研修の実施を通して、持続的な取り組みにしていくことが重要です。場合によっては、外部の機関やサービスを利用することも有効だと思います。
特に中小企業は、意思決定のスピードが強みになると考えます。大企業では一つのことを決めるまでに多くの部署や上司の承認プロセスを踏まなければなりませんが、中小企業なら、経営者が賛同すればすぐ実施できることもあるでしょう。従業員や会社にとって良いことであれば、柔軟に取り入れて効果を検証しながら取り組みを続けてみることをおすすめしたいです。
※記事内で取り上げた法令は2021年6月時点のものです。
<取材先>
株式会社エムステージ 代表取締役 杉田雄二さん
TEXT:遠藤光太
EDITING:Indeed Japan + ノオト