ワークライフバランスとは? その定義と誤解
――ワークライフバランスとは何か、改めてその定義を教えてください。
私たちが考えるワークライフバランスとは、ライフから得た知見をワークに生かし、ワークで得た経験などをライフに還元し、ワークとライフが相乗効果を生み出していくことです。ライフとひとことで言っても、なかにはいろいろな要素が入っています。育児や介護もそうですが、自己研鑽や運動、睡眠を取ることもライフの中に含まれているんですね。このワークライフバランスの定義を正しく世の中に広めていくことが、当社にとって最初の取り組みでした。
――ワークライフバランスという言葉を世の中に広める際、一番苦労したことはなんでしたか?
まだまだワークライフバランスを仕事と家庭の両立、つまり「ワークファミリーバランス」であると誤解している方が非常に多いことですね。たとえばある中小企業では、小さいお子さんのいる女性社員向けの制度はあるが、子どもがいない社員や男性社員が利用できる制度はないといったケースがありました。
ワークライフバランスは、仕事と家庭の両立を促すものであって、家庭を持たない人には関係のない考え方だという誤解が今もなお少なくありません。当社がこの14年で一番苦労したのは、このワークライフバランスに関するパラダイムシフトを起こすことでした。
ワークライフバランスの推進が必要となった背景
――ワークライフバランスが日本で推進され始めた背景について教えてください。
人口ピラミッドの構造上、日本の企業は働き方を変えなくてはいけない過渡期を迎えているためです。
ハーバード大学の教授であるデービット・ブルーム氏が提唱した、「人口ボーナス期・人口オーナス期」という考え方があります。これは、国の経済は人口構造の影響を受けるため、その国の中で働くことができる人(16歳~65歳)の割合が全人口に対して大きければ大きいほど経済が発展をする、というものです。
日本の従属人口指数推移 提供:株式会社ワーク・ライフバランス
人口ボーナス期は働き手の数が多い時期です。人件費が安く済むので、売上や利益が伸びやすくなっています。また高齢者の割合が少ないので、年金や医療費などの社会保障費も比例して少なくなります。その分の予算をインフラ整備に回すことができるため、国内が潤い海外へのアピールも順調に進みます。
しかしながら、日本の人口ボーナス期は90年代後半に終わっています。人口構造上は遥か昔にビジネスの方針や働き方を変えなければならない時期を迎えていたのです。
――人口オーナス期を迎えた現在の日本では、どんな働き方が適しているのでしょうか。
日本での人口ボーナス期はビジネスの中心が重工業だったため、筋肉量の多い男性が働き、筋肉量の少ない女性が家事を担当するモデルが主流でした。
一方、人口オーナス期を迎えた今の日本では、それらと正反対の働き方が適しています。常に労働力が足りていないので、使える労働力はフルに活用するべきなのです。昨今のビジネス市場は筋肉量に左右されない頭脳労働が中心となり、女性が能力発揮できる仕事の種類が増えました。ですので、現代においては男女ともに働きやすい環境を整えることが、ビジネスを継続するための重要なポイントなのです。
ワークライフバランス推進で期待される効果
――ワークライフバランスで期待される効果は、どういったものがあるのでしょうか?
ワークライフバランスの推進によって、結果的に企業のコスト削減や人材不足を未然に防ぐ効果が期待できます。
社員がパフォーマンスを発揮するためには、十分な休息が必要です。ペンシルべニア州立大学医学部などの研究チームによると睡眠は7~8時間が理想とされており、それより短い場合は酩酊時と同じ程度、能力低下が起きます。
また、慢性疲労研究センターの佐々木司センター長によると睡眠の前半で肉体疲労を、後半で精神疲労を解消するという効果があるそうです。睡眠時間が短い人は精神疲労が蓄積され、メンタルヘルスにリスクを見えない形で抱えてしまうのです。
社員がメンタルヘルス疾患となった場合、休業手当や代替要員の確保などで企業にも大きな負担がかかります。いかに社員のメンタルヘルス疾患を防ぐかは、企業にとって重要な課題です。7時間以上の睡眠をきちんと取るには、定時に帰れるよう短い時間で成果を上げられる仕組みづくりが必要になります。
また、今後は親の介護をしながら働く社員が増えるでしょう。40代から50代の管理職に就く人材が、介護の負担と仕事の責任を負わなくてはいけない時代に突入していきます。当人はそういった状況を会社に打ち明けられず、ある日突然、介護うつとなって会社に来なくなったり、具合が悪い状態が続いて仕事に影響したりすることも考えられます。企業は今後、社員の育児だけではなく、介護の対策も考えていかなくてはいけません。
――ワークライフバランスがメンタルヘルスのリスク回避に関係することはわかりました。ただ、社員の労働時間を減らすことで、売上や利益が落ちてしまうようなデメリットは生じないのでしょうか?
定時で帰ることができれば、従業員は新しいライフにチャレンジができます。たとえば会計の知識がもっとあれば仕事に役立つと思っている人は、その学習の時間を得られます。ほかにも、本を読んで知識を得たり、人脈を広げて情報交換ができたりすれば、社員の学びの引き出しはどんどん増えます。それが次のビジネスの種にもなれば、企業にとってもうれしい結果につながっていくでしょう。
ワークライフバランスの推進は、事業継続と成長のために、企業にとっては必須の取り組みといえるのです。
<取材先>
大塚万紀子さん
株式会社ワーク・ライフバランス 取締役
同社の創業メンバーとして、現場の働き方にそった細やかかつダイナミックなコンサルティングを提供し続けている。二児の母として、管理職ながら自らも短時間勤務を実践。パートナーコンサルタント、財団法人生涯学習開発財団認定コーチ、金沢工業大学大学院イノベーションマネジメント専攻客員教授。著書に『30歳からますます輝く女性になる方法』がある。
TEXT:年永亜美
EDITING:Indeed Japan + ノオト