仕事の機会は、社会や自分を信じるきっかけになる
路上生活者と新しいビジネスに挑戦してきた「ビッグイシュー日本」が、
20年目に考えていること

『ビッグイシュー』は1991年にロンドンで創刊された雑誌です。社会問題や政治、環境・エコロジーといった多岐にわたるテーマを、他のメディアとはひと味違った視点で取り上げるとともに、世界的な映画俳優やミュージシャンのインタビューが巻頭を飾ることもあります。しかし、この雑誌の何よりの特徴は、ホームレス状態にある人たちが販売する雑誌であることです。

仕事をつくることでホームレス状態にある人の自立を応援するこの取り組みは、2003年9月に日本でも始まりました。当初は「路上でホームレスから雑誌を買う人がいるのか」「100%失敗する」と言われたこの事業は、今年20周年を迎えました。働く上で様々な困難に遭遇してきた人たちと一緒に、新しいビジネスを作ることに挑戦してきた有限会社ビッグイシュー日本 東京事務所長の佐野未来さんにお話を伺いました。
公開日:2023/07/28
Profile
有限会社ビッグイシュー日本 東京事務所長 
佐野未来 さん
「質の高い雑誌をつくり、ホームレス状態にある人に路上で販売してもらい、売り上げの50%以上を彼らの収入にする」という事業を通してホームレス問題の解決に取り組む社会的企業。全国12の都道府県で、約100名が販売を行っている。佐野さんは東京事務所の所長として、販売のサポートや広報、広告営業などを担当している。

互いに支え合う「ビジネスパートナー」として

――ホームレス状態にある方への支援というと、炊き出しなどで食事や衣類を提供したり、シェルターのような住まいを用意したりする活動が思い浮かびます。ビッグイシューの「仕事の機会を提供する」という方法は、とてもユニークですね。
路上で生活している人が仕事を見つけるのは、私たちが想像しているよりもずっと難しいことが多いのです。住所がない、保証人がいない、携帯電話も持っていないという状況で雇ってもらえる会社は、なかなか見つけられないですよね。

ビッグイシューの販売は、こうした状況の方でも「働きたい」という気持ちさえあればすぐに始められる仕事です。年齢や経験は不問で、履歴書も必要ありません。ノルマもありませんし、販売する時間も販売者さん自身で決められます。ほんの短い時間でもいいし、長時間頑張ってもいい。

雑誌は1冊450円です。1冊売ると、そのうちの230円が販売者の収入となります。最初の10冊は販売を始める際に無償で提供しますが、その後は販売者さんが雑誌を売ったお金を元手に雑誌を仕入れて販売します。私たちにとって販売者さんは、作った雑誌を販売してくれる代理店の店主であり、ビジネスパートナーです。
――「支援」というよりは、もっと対等な関係なのですね。
そうですね。ただ、基本的にはビジネスパートナーなのですが、事業を続けていく中でそれだけでは立ち行かない問題にも直面してきました。

例えば、販売の仕事が軌道に乗ってきたのでいざアパートに入ろうと思っても、貸してもらえる部屋が見つからない。販売の仕事に関心を持って事務所に来られたけれど、その方の状況によってはまず生活保護を利用してもらった方が良さそうな方や、医療機関につなぐ必要がある方もいます。生活全般にわたるサポートが必要なケースも少なくないことが分かってきたのです。

そこで、有限会社ビッグイシュー日本とは別に、2007年に「ビッグイシュー基金」という非営利の団体をつくりました。この団体で生活相談や暮らしの全般に関わるサポートをするほか、ホームレス問題や格差・貧困問題解決に関する調査や政策提案を行っています。今は、営利企業であるビッグイシュー日本と、非営利団体であるビッグイシュー基金の両輪でホームレス問題の解決に挑戦しています。

仕事で初めて「ありがとう」と言われた

――「すぐにできる仕事」とはいえ、路上で雑誌を販売するのは、大変な仕事でもあるのでは。
暑い日も寒い日もありますし、雨の日は雑誌が濡れてしまうので販売できないこともあったりと、確かに「楽な仕事」ではない面はあります。でも、私たちがよく販売者さんから聞くのは、「売れると思っていなかったけれど、売れた」「お客様がすごく優しい」という感想です。

どの販売者さんも最初は「買ってもらえるだろうか」という不安でいっぱいです。ビッグイシューの販売をする前は、仕事をクビになったり、面接を受けても断られてばかりだったり、家賃を払えなくなっても誰も助けてくれなかったり……といった経験をされてきた方が少なくありません。そんな状況の中で「自分は社会から必要とされていない人間だ」「こんな自分から雑誌を買ってくれる人がいるのだろうか」と感じてしまっている方も多いです。

けれど、販売場所に立てばお客様が来てくれて、「頑張ってね」と声をかけてくれることまである。最初の10冊が売れて、4,500円の売り上げが生まれるのはうれしい。けれど、それ以上に「世の中は冷たい人ばかりじゃないんだな」「今までは自分なんかどうでもいいと思っていたけれど、もう少し頑張ってみようかな」と思えることが、販売を続ける原動力になるんです。仕事が、社会との接点を取り戻す機会になっているように思います。
また、ある販売者さんから「初めて仕事で“ありがとう”と言われた」と聞いて、びっくりしたこともあります。ビッグイシューにたどりつくまでに、職場で辛い思いをしている方が多いです。中でも、例えば知的障害や発達障害があったり、障害と診断されてはいなくても、いわゆる「グレーゾーン」と言われる状態の方などは、工場のラインの速さが変わるとついていけなくなったり、日雇いの現場で仕事が覚えられなくて怒鳴られたりした経験を持つ人もいます。ひどいいじめに遭ったり、景気が悪くなって真っ先に契約を切られたりすることもあります。

そんな経験をされてきたからこそ、ビッグイシューを求めるお客様から「今日も居てくれてありがとう、買えてよかった」と言われたり、販売を少し休んでいたら「体調は大丈夫?」と気づかってもらったり、ちょっとしたやりとりが心にしみるのだそうです。

仕事の機会を提供することは、自分でお金を稼いで生活を立てなおすサポートという面がありますが、社会に自分の役割があり、居場所を持てるのだと信じる契機にもなり得るのです。

読者の応援でコロナ禍の危機を乗り切る

――立ち上げから現在まで、この20年の間にどんな変化がありましたか?
販売をしたいと相談に来られる方に、若い人が増えています。ビッグイシュー日本の立ち上げ当初は50代、60代の販売者さんがほとんどでした。しかし、2008年頃からでしょうか。リーマンショックが起こる前後から、30代、40代の働き盛りと言われる年代の方がどんどん増えてきました。現在では、20代の方が来ることも珍しくありません。

20年前は景気が上向かないと言われつつも、まだ若い人には仕事があったのでしょう。家族にも若者を支える力があって、実家に居ながら仕事を探せていたのかもしれません。しかし、特にこの10〜20年ほどの間に、貧困の問題が深刻化していると感じます。あらゆるセーフティネットが従来のままでは機能しなくなっています。
――近年では、コロナ禍もありました。
緊急事態宣言が出たときには、外出する方が激減しましたから、路上で販売を行う私たちにとっては本当に大ピンチでした。感染予防を考えれば販売場所に立ってもらうこと自体も憚られました。

でも、雑誌を売らなければ販売者さんは生活していけない。担当ケースワーカーに伝え、毎月の収入申告を行った上で生活保護を利用しながら販売の仕事を継続されている方もいますが、販売者さんの半数はビッグイシューの売上だけで生計を立てています。どうしたら皆さんの生活を支えていけるのかと悩みました。

そこで、2020年4月から急きょ、通信販売による定期購読を本格的に募集することにしました。今までは販売者さんからの直接購入を重視していたので、通信販売については積極的に発信していませんでしたが、この緊急事態に対応するためです。「コロナ緊急3カ月通信販売」という形で募り、3カ月間の定期購読の売り上げを、少しずつでも販売者さん全員に還元しようと考えました。

当初は新規の定期購読者2,000人を目標にしていましたが、メディアで紹介されたこともあり、最初の3カ月間はなんと全国の9,000人の方から申し込みをいただきました。驚いたのと同時に、こんなにも多く販売者さんとビッグイシュー日本を応援してくれている人がいらっしゃるのだと、とても勇気づけられました。未知の感染症の蔓延と先が見えない不安の中でしたが、おかげで全国にいる全ての販売者さんに、この3カ月間は5万円ずつお渡しすることができ、皆さんの生活を維持することができました。現在も定期購読を通じて、販売者さんへのサポートを継続しています。

多様な働き方の実現を目指して

――路上販売が再開できるようになり、これからはどんなことに取り組んでいきたいですか。
私たちは、ホームレス問題を解決するためにこの事業を始めました。ビッグイシューはホームレス状態にある方しか販売できない雑誌ですから、最終的には「ビッグイシューが必要なくなること」こそが目標だと考えていました。

けれど、現在ではこの仕事を無くさず、長く続けていくことも大切だと考えるようになりました。理由の一つは、生活に困っている人がますます増えていることです。路上生活をしている人は減っているけれど、ネットカフェを転々としたり、貸しオフィスのようなところで暮らしたり、住所を持たず困窮している人が増えているような印象を受けています。

もう一つには、この販売の仕事を長く続けたいという方がいるからです。始めた頃は、ビッグイシューは一時的な仕事であって、お金を貯めてアパートに入ったらもっと安定した仕事に就く、というステップを想定していました。でも、仕事内容や就労条件などの理由で他の仕事に就くことがどうしても難しい方がいる。ビッグイシューを買いに来てくれる人がいる限りは、販売の仕事をずっと続けたいと考える方も出てきています。

この20年で、私たちは働きたいと思う限り働き続けられる場所、自分が評価される場所があることが、人が生きていく上でとても大切なのだと知りました。

最近では、私たちで働く場をもっと多く作れないかという話をしています。2020年には「夜のパン屋さん」という事業が生まれました。協力していただけるベーカリーから、営業時間内に売り切れずロスとなってしまいそうなパンをお預かりして、夕方以降に代理販売するというものです。最初はビッグイシューの販売者さんが中心となってパンのピックアップや販売を担当していましたが、その後はコロナ禍でバイトがなくなってしまった学生さんや、すぐにフルタイムの仕事をするのは難しいシングルマザーの方、長く引きこもり状態にあってフルタイムの仕事がまだ難しい方なども参加してくれるようになりました。

物価が上がって生活が苦しくなったり、過酷な職場環境で心身の調子を崩してしまったりする人もたくさんいます。だからこそ、いろいろな人が多様な働き方を実現できる仕事を、自分たちの手でつくり、長く続けていきたいと考えています。

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