パラリンピック元日本代表の起業家・初瀬勇輔さんが見据える
“障害者雇用”を通じたユニバーサルな社会

2008年北京パラリンピック柔道90kg級・日本代表として活躍した初瀬勇輔さん。全日本視覚障害者柔道大会で9連覇の偉業を達成する傍ら、2011年に株式会社ユニバーサルスタイルを立ち上げ、障害のある人への就職支援や障害者雇用のコンサルティング事業を手掛けています。

初瀬さんは高校卒業後の浪人中に右目、弁護士を目指していた大学在学中に左目と若年性緑内障を患い、両目の視力をほぼ失いました。夢だった弁護士の道を諦め、一般就職に切り替えるも、そこで感じた“障害者雇用の壁”を打ち破るべく、会社員を経て起業へと至ります。

東京2020パラリンピックを経た今、初瀬さんの考える障害者雇用の課題感や現在の企業経営におけるアプローチ、目指すべき理想的な雇用のあり方について伺いました。
公開日:2023/07/28
Profile
株式会社「ユニバーサルスタイル」代表取締役 
初瀬勇輔 さん
1980年生まれ。中央大法学部在学中に緑内障により視覚障害者となる。2011年、ユニバーサルスタイルを設立、代表取締役に就任。並行して視覚障害者柔道の選手としても活動。全日本視覚障害者柔道大会で90kg級、81kg級で合わせて10度の優勝を果たしたほか、2008年北京パラリンピック柔道90kg級に出場。日本パラリンピアンズ協会、日本視覚障害者柔道連盟の理事を務める。

100社以上にエントリーするも、面接まで辿り着いたのはわずか2社

――初瀬さんは20代のうちに立て続けに視力を失ったと伺いました。目の前の生活はもちろん、将来に対する不安も抱えていたのでしょうか。
浪人1年目に右目の中心視野を失ったときは「まだ左目は見えているから」とそこまで大きなショックを受けることはありませんでした。ただ、大学2年生の終わりごろに左目の視力を無くしたときは「これからどうしたらいいのだろう」と不安感に襲われましたね。

弁護士を志していたので、ちょうど3年生の春から司法試験の予備校に通い始める予定でした。両目が見えなくなり、文字を読むことが難しくなったので、そもそも大学で勉強を続けられるのかという不安が大きかったですね。
――両目の視力を失った時点で、弁護士を志すことは諦めたのでしょうか。
当時、全盲でも弁護士になった方がいると聞き、視覚障害者の団体にキャリア相談に行ったんです。ところが、担当者には大学を辞めてマッサージ師になることを勧められまして……。やはり司法試験に臨むのは難しいと思い、キャリアチェンジというよりも、まずは無事に卒業することが目標になりました。
――卒業後の進路についてはどのように考えていましたか。
そもそも当時は、障害者が社会に出て就職するというイメージが全く持てませんでした。それよりも一人で電車に乗ったり、買い物に行けるようになったりと、視覚障害者として生きていく自分に慣れるだけで精一杯でした。

ただ大学4年の秋に、視覚障害者柔道の大会に初めて参加して、そこで僕以外の視覚障害者の方たちに出会えたんです。皆さん仕事をしていて、ご結婚されている方もいて、「障害があっても社会でできることはいろいろある」と気づくきっかけになりました。本格的に進路について考え始めたのは、卒業を控えた1月ごろからでしたね。
――就職活動はスムーズに進みましたか。
まずは障害者雇用の合同説明会に参加して、そこから障害者向けの求人サイトに登録しました。しかし、面白いほどにエントリーシートすら通らなくて、一社も面接に進むことができなかったんです。

当時お付き合いしていた同じ大学に通う女性は大手コンサル企業に内定しましたが、僕は100社以上エントリーしても一つも引っかからない。周りの友人たちの就職活動とはまるで違いましたし、誰も面接してくれないのは僕の目が悪いからなのだろうと。障害者を対象にした求人ですら、これほどまでに通らないということは、視覚障害者が就職するのは相当難しいのだろうと感じました。

結果的に、卒業後の5月に人材派遣を手掛ける企業の特例子会社(※1)から内定をいただいたのですが、面接に進めたのはその会社を含むたった2社だけでした。そのときに「障害者の仕事は自分でつくるしかないのでは」と、独立に至る種を見つけたんです。

※1 特例子会社……障害のある人の雇用促進や安定を図るために、親会社によって設立された子会社のこと。特例子会社として国から認定されるには、従業員の障害や特性に応じた就労環境を整え、「親会社と密な人材の交流がある」「5人以上の障害者を雇用し、障害者が全雇用者の20%以上を占める」などの要件を満たす必要がある。特例子会社で雇用された障害者は、親会社で雇っているとみなされ、法定雇用率に算定できる。

就活での苦い経験を生かし、「障害者の仕事をつくる」仕事へ

――その後、初瀬さんは特例子会社での勤務を経て起業します。背景には、障害者雇用への課題感があったのでしょうか。
理由はいくつかあるのですが、やはり僕自身の就職活動での苦い経験がきっかけではありました。実はもう一社からも内定をいただいていたのに「受け入れ部署がなくなった」と入社が叶わなかったんです。そこで企業と障害者のミスマッチングが起きていると感じていました。

特例子会社に入ってみると、僕のような視覚障害者だけでなく、知的障害や精神障害など様々な方たちがいて、その人なりにできるやり方を見つけながらいろいろな仕事をしているんですよね。そのときに「障害があっても働ける場所はいくらでもある」と前向きに思えたんです。
――障害者の就労のあり方に可能性を見いだせたのですね。
そういった要素もありますが、何より僕自身に「もっと働いてみたい」という気持ちがありました。当時いた会社では、知的障害者の方たちのマネジメント業務を担っていたのですが、トラブルが起こらない限り、仕事が忙しい時期はほとんどありませんでした。親会社やグループ企業の仕事を支えることが役割でしたから、外部の営業に出向くことはほとんどなく、利益をあげなくても成り立つ仕組みになっていました。

もちろん、そうした職場が向いている方もいるでしょう。でも、僕自身は当時の環境ではモチベーションが育ちにくく、バリバリ働いている友人たちと比べて、「このままでいいのだろうか」という不安を感じていました。

このように複合的な理由が重なっての独立ではあったのですが、2011年の東日本大震災の影響は大きかったですね。突然目が悪くなった経験と重なり、「保障された明日なんてない」と体感させられました。やりたいことがあるのならチャレンジするべきだと思えたんです。
――2011年に立ち上げた「ユニバーサルスタイル」の事業の柱を教えてください。
障害者雇用のコンサルティングが主力事業です。身体障害や精神障害など障害の種別に関わらず対応しており、僕自身の体験などをもとに、雇用環境や受け入れ体制についてアドバイスも行っています。また、障害のある方がスムーズに働けるように産業医を紹介し、多様な働き方をサポートしています。

最近は「障害者就労移行支援事業所を立ち上げたい」という企業のコンサル業務も担っていますね。また、僕自身がパラリンピアンでもあるので、そうした経験や人脈を生かして、パラアスリートの就労支援にも力を入れています。

職場の多様性とは、障害者を雇うだけではなく“共に働くこと”

――障害者雇用に対してマルチに関わるなかで感じている課題はありますか。
障害者雇用は、ジョブ型ではなく人数ベースで考えられがちな点に課題を感じています。例えば、一般的な人材採用では「人事のスペシャリストが欲しい」「営業が足りない」など、業務やポストをある程度用意したうえで募集をかけますよね。

その一方で、障害者雇用の場合、法定雇用率という仕組みがあることで数字の達成だけを追っているケースが多く見られます。特に身体障害の1、2級の方を雇えば2人分の雇用率になるので、障害者手帳の等級だけを見て、履歴書の内容や求職者の人柄を見ていない人事担当者も少なくありません。

また、近年は企業が郊外に借りた農園で障害者を雇用する“農園型”の障害者雇用に批判の声が上がっています。障害者雇用も含めてインクルーシブな社会を目指しているのに、法定雇用率を満たすためだけに、障害者を分けて働かせているのは疑問に感じます。
――こうした課題感に対して、事業を通じてどのようにアプローチしていますか。
やはり障害者と健常者が一緒に働くことが大切だと思います。たとえば障害のある社員が働きやすくなるよう、企業に産業医の先生をご紹介して社内で上手に働けるようサポートしたり、農園型雇用を検討している企業に対しては、自社で採用する意味を伝えたりしています。

人事担当者によっては、障害者を雇うこと=職場の多様性を実現できているという考えになっている場合も少なくないのですが、共に働いて、互いに戦力として生かし合えるような関係を目指すべきだと思うんです。多くの企業が理念に「D&I(ダイバーシティー&インクルージョン)」を掲げているのに、障害者を一般社員と分けて働かせることは、それに反することではないでしょうか。
――障害者が企業で長く働くうえでの課題はありますか。
キャリアアップが難しい点が挙げられます。女性の雇用の課題とも似ているのではないでしょうか。男女雇用機会均等法が定められてから、男女の新卒採用のバランスが取れてきても、いざ入社してみると性別を理由に昇進を阻まれる“ガラスの天井”を感じてしまう。障害者雇用の課題は、そういった女性の雇用問題を追いかけているように見えます。

障害者雇用への予算を割いていない会社はまだまだ多いですし、採用人事の担当者が当事者のキャリアを重視していないケースもあります。一般社員と比べても遜色のないキャリアや能力を持っている人を紹介することで意識を変えていきたいと思っています。

多様な人材が集うところにイノベーションは生まれる

――東京2020パラリンピックを経て、パラアスリート雇用の現状をどう見ていますか。
2013年に東京大会の招致が決まってから、国内ではパラアスリートの雇用が劇的に増えたと感じています。それまでは障害者がスポーツを生業にできるなんて誰も想像していなかったのではないでしょうか。ただ、パラアスリート雇用の促進から10年近くが経ち、引退を考えるアスリートが出てきたことで、今はセカンドキャリアの課題が顕在化しています。

僕たちが現役の頃は仕事をしながら競技を続けるのが当たり前でしたが、今の選手たちは競技だけに集中できる半面、キャリアを積めないまま30〜40代を迎えるケースも増えています。

これからは引退したパラ選手の就職支援も本格的に始める予定です。現役時代に培った経験を生かしながら、新たなキャリアを築けるような企業を増やしていきたいですね。また、パラアスリートのセカンドキャリアを伝える「Second Game」というメディアも立ち上げたので、多くのロールモデルが詰まった情報を発信していきたいと思います。
――最後に、障害のある人が職場で共に働くことで、企業にはどんな変化が期待できますか。
イノベーションは、「違い」があるところに生まれると思うんです。新しい考え方や技術は画一された環境では生まれないわけで、だからこそ企業や多様な人材を雇おうとするものですよね。そのなかには障害者も含まれるべきだと思っています。

誰しもが何かしらのサービスのエンドユーザーでもあるし、ときにはステークホルダーになり得る。障害のある方のために作ったサービスが広く皆にとって良いものとして受け入れられるケースも多いですし、社内に障害のある方がいないと気づけない視点ってたくさんあると思います。

また、多くの社員を抱える会社であるほど、キャリアの途中で病気を患ったり、障害を抱えたりする方もいらっしゃると思うんです。でも、その会社が障害者雇用に後ろ向きだったら安心して働くことは難しいですよね。障害者も含めて、誰もが機会やチャンスを得られる会社だからこそ、社員も一生懸命働けるのではないでしょうか。

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