あらゆる人が社会にアクセスしやすい場をどうつくる?
アート&カルチャー領域でprecogが目指すあり方と実践
現代演劇やコンテンポラリーダンスといった先進的な舞台芸術をはじめとするアートプロジェクトの企画・運営を行う株式会社precog(プリコグ)。
近年は、アクセシビリティ(利用のしやすさ)やインクルージョン(包摂)に力を入れ、字幕や手話通訳、音声ガイドなどの情報保障を付与した動画配信や情報発信、上映会事業を行う「THEATRE for ALL」も運営しています。
同じ場にいる人たちに必要な情報が等しく届くことの重要性、そして多様性に対応した場づくりに必要なこととは? 同社のディレクターの金森香(かなもりかお)さんにお話を伺いました。
近年は、アクセシビリティ(利用のしやすさ)やインクルージョン(包摂)に力を入れ、字幕や手話通訳、音声ガイドなどの情報保障を付与した動画配信や情報発信、上映会事業を行う「THEATRE for ALL」も運営しています。
同じ場にいる人たちに必要な情報が等しく届くことの重要性、そして多様性に対応した場づくりに必要なこととは? 同社のディレクターの金森香(かなもりかお)さんにお話を伺いました。
公開日:2023/11/06
障害があっても、芸術を楽しむ機会は公平に開かれていってほしい
――precogはどのような活動をしていますか。
私たちprecogは、「『新しい価値』を社会実装する。“表現”の未来をつくる。」というミッションを掲げて、アートプロジェクトの企画・運営を行う制作会社です。
これまでパフォーミングアーツ(舞台芸術)を中心に、同時代的な創作活動をしているアーティストと一緒に作品を作り、届ける活動をしてきました。近年は、障害のある方や日本語が母語ではない方など、どんな環境や立場の人でも芸術鑑賞を楽しめる場づくりに力を入れているところです。
そうした場の一つであるオンライン劇場「THEATRE for ALL」は、演劇やダンス、映画、メディア芸術の作品を、バリアフリーや、多言語翻訳で楽しむための場です。字幕や手話通訳、音声ガイドによって、障害のある方もそうでない方も一緒に芸術鑑賞できるようイベントの開催や配信、情報発信をしています。
また、当社は令和3年度より今年度にかけて厚生労働省「障害者芸術文化活動普及支援事業」の連携事務局(舞台芸術分野)のお仕事もしています。この事業は、障害のある人が芸術文化にふれ、楽しみ、深めることができる社会づくりを推進する事業です。
――障害のある方々が芸術鑑賞をするにあたって、どのような課題があるとprecogは感じているのでしょうか?
まず、芸術鑑賞をする機会そのものが限られてきたという歴史があります。車椅子を使っている方は、一定の通路幅やスロープがないと会場に入りづらいかもしれません。また、視覚情報が中心の表現では、見えづらい方への配慮が足りないとアーティストのメッセージが伝わりきらないかもしれません。精神障害や知的障害がある方々にとっては、会場が暗かったり、音量が大きかったりするとストレスになってしまう場合もあります。
そのため、誰もが知っていると健常者が思い込んでいるような名作映画も、障害のある方々は鑑賞する機会が開かれていないために触れにくいといった「情報格差」が生じています。芸術表現を届ける現場ではこうした課題をずっと抱えてきましたが、この課題への社会認識も足りているとはいえないのが現状です。当事者の方々が置かれてきた環境を思うと、根は深く、一人の力では変え難い複雑な難しさを感じます。
多様な人のための場づくりには、一緒に考えるプロセスが欠かせない
――precogがやってきたことは、職場をはじめとした生活の多様なシーンに対するヒントになりそうですね。職場であれば「オフィスが車いすに対応していない」「業務に必要な資料が視覚障害に配慮されていない」といった場面を想像します。
そういったケースも、それぞれの状況に応じた対応を考える必要があるのではないでしょうか。芸術鑑賞と同じように、仕事でも必要な情報を得るためのツールなども用意することになるはずです。
まず「情報保障」という考え方を知ることは重要です。これは、あらゆる人に質の差やタイムラグがなく、情報がきちんと届くことを指します。一般的に、災害情報など命に関わる重大情報において使われがちな言葉ですが、誰もがもつ権利として、その他の情報も公平に届かなければなりません。
――precogの取り組みでいうと、作品に音声や字幕のガイドをつけることでバリアを取り除き、様々な人が一緒に文化芸術を楽しめるようになっていますね。
そうですね。私たちが行う上映会では、字幕がある回と音声ガイドがある回を分けるのではなく、多様な人たちが同じ空間で鑑賞を楽しめるようなアプリを使った上映会を開催することがあります。鑑賞後には、障害の有無に関わらずみんなで感想を共有するワークショップを行うこともあります。そういった取り組み一つ一つを通じて、混じり合う場づくりを目指しています。
こうした活動をしているのは、様々な人が「共に過ごす場」が大切だと思うからです。マジョリティの人たちが、これまで直接交流する機会がなかった人たちの考えや課題にふれ、障害のある人も、ない人も様々な人が体験を共有し、お互いから学び、次の未来を一緒につくっていく土壌を築きたいと考えています。
――業務上のバリアフリーを進める場合、どのような準備や心構えをしておくとよいでしょうか?
当事者の人と一緒に考えるプロセスを取り入れることではないでしょうか。マジョリティ側が、障害者のために考えるとか、何かをしてあげるといった構造の思い込みの押し付けになってしまう恐れがあります。目の前の誰かと共に考えることによって、お互いにとって貴重な気づきや学びが得られると思うんです。
プロジェクトの計画段階では、共創するプロセスをあらかじめ組み込むことが大切です。ともすると予算がない、時間がない、やり方がわからないといった理由で、多様な人に対応した場づくりの実現をあきらめてしまうかもしれません。あるいは、完璧を目指しすぎて壮大な計画になってしまい、どこから始めていいのか迷ってしまうかもしれません。
芸術鑑賞でも、事業デザインにおいても、スピーディーに、あるいは完璧にアクセシビリティを高めようとすると、頓挫してしまうことがとても多いように思います。
――効率や即効性を重視しすぎるのは逆効果ということですね。
トライアンドエラーを重ねながら、目的を共有する当事者の方々と一緒に、少しずつ精度を上げていけるとよいですね。たとえば、車椅子の方が上の階へ移動するためにスロープを作ろうとすると、数百万円の工事費がかかるかもしれません。でも、力持ちの人が数人いたら、車椅子とご本人をそれぞれ抱えていくこともできます。こうした、「今できる最善策から始めよう」という柔軟な考えは、対話から生まれると思うのです。
一人で、あるいはマジョリティの人たちだけで考えすぎて、何も言えず、行動できないのはもったいないことです。お互いが寛容な心構えで、間違いをおそれず実践してみる必要があると思います。
みんなが小さなアクションを積み重ねることで、社会は変わる
――誰もが公平に情報へアクセスでき、多様な人に対応する場をつくるためには、具体的にどのような仕組みが必要だと思いますか?
「多様性」とは一人ひとりが異なるということですから、個々の事例や課題に向き合っていくことの積み重ねでしかないと思います。これをやれば大丈夫、という魔法の杖はありません。
私も、当初は研修を受けたり、既存の規格のようなものに対応したりすればいいのかと思っていました。ところが事業の準備を始めてみると、すぐに「そんなものはない」と気づかされたんです。そこからは、様々な人と対話を重ね、障害がある人もない人も等しく芸術鑑賞を楽しめる場づくりを少しずつ行っています。
私たちの取り組みを例に挙げると、作品を鑑賞しやすくする工夫を重ねる一方で、鑑賞における「余白」を残すことも大切だと考えているんです。
――「余白」を残すとは、どういうことですか。
字幕や音声ガイドによって情報の届き方に差がないようにすることは大前提です。そのうえで、文化芸術は災害情報とは異なり、正解があるわけではなく、むしろ解釈の幅があることが面白いとされる特徴があります。作品を説明しすぎず、いろいろな感じ方の選択肢になるような工夫として、一つの作品に対して複数のバージョンのガイドをつくることにも挑戦しています。
ほかにも、舞台鑑賞では人によって舞台上で注目したい部分が違うかもしれません。あるいは、手話通訳や音声ガイドも人が表現するものなので、その人から滲み出る個性を楽しむといった考え方もあるでしょう。こうした「余白」を楽しむことも、文化芸術の鑑賞の豊かさと捉えて、事業に取り組んでいます。
――どんな方法が適切かは、場によって異なる。だからこそ様々なやり方を試してみる必要がありますね。
私たちがそうであるように、多くの人が「正解はないのだから、まず行動してみよう」という気持ちを持てば、少しは世の中が変わるのではないでしょうか。そして、日々の暮らしの中で小さなアクションから始めることで、あらゆる人が過ごしやすい社会に変わっていくのだと思います。Profile
株式会社precog ディレクター
金森香 さん
出版社リトルモアを経て、2001年にファッションブランド「シアタープロダクツ」を設立し、取締役を2017年まで務める。その傍ら、NPO法人DRIFTERS INTERNATIONALを立ち上げ、舞台芸術の企画・運営をプロデュース。2019年には日本財団主催「True Colors Festival – 超ダイバーシティ芸術祭 - 」のディレクターを担当した。2020年にprecogに参画し、アクセシビリティや広報・PR、ブランディング事業等を担当。バリアフリーのオンライン劇場「THEATRE for ALL」統括ディレクターとして事業の立ち上げに携わる。
金森香 さん
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