障害は、社会が生み出している?
「社会モデル」の考え方
「障害の社会モデル」という言葉を聞いたことがあるでしょうか? 社会モデルとは、障害をつくり出しているのは社会や環境である、という考え方のこと。たとえば、エレベーターを使って移動ができる車椅子ユーザーは、社会モデルの考え方に沿うと移動可能な範囲内では「障害を感じる必要がない」状態だと言えます。
最近では、雇用においても社会モデルに沿って行う企業もあるようです。社会モデルの基礎から、雇用における考え方までを障害者雇用ドットコム代表の松井優子さんに伺いました。
最近では、雇用においても社会モデルに沿って行う企業もあるようです。社会モデルの基礎から、雇用における考え方までを障害者雇用ドットコム代表の松井優子さんに伺いました。
公開日:2024/03/13
「社会モデル」とは
◆「医学モデル」と「社会モデル」
「医学モデル」とは、障害を個人の問題ととらえ、健康状態(病気等)から直接的に生じるものに対して治療や個人の適応(リハビリテーション等)で対処しようとする考え方です。一方で「社会モデル」とは、障害は個人の問題ではなく、障害のない人を前提に作られた社会の構造によって作られた問題という考え方です。つまり適切な環境や社会からのサポートがあれば「障害を感じる必要がない」状態という捉え方をします。
以前までは医学モデルが主流でしたが、ここ15年ほどは社会モデルの考え方が一般的となっています。
◆ 社会モデルが主流となった背景
2006年に国連総会で「障害者権利条約」が採択され、日本は2014年に批准しました。この考え方に基づく対応が法的にも求められ、「障害者差別解消法」は、この社会モデルの考え方をベースとしてつくられています。-
法整備が進んだ背景
障害のある方に対する考え方は、長年「障害に関する問題は、個人で解決する」という医学モデルが主流でした。しかし、医学モデルだけでは対応が難しい問題や課題がありました。
たとえば、交通事故が原因で歩行が困難になった人に対して、「リハビリで歩けるようになろう」というのが医学モデルの考え方。もちろんリハビリは大事ですが、リハビリをして今までの生活に戻る方もいれば、そうでない方もいるのが現実です。後者の場合、医学モデルの考え方では限界があります。しかし、社会モデルの考え方を取り入れることで、障害となっている部分を適切な環境やツールの活用、サポートなどでバリアを感じにくくすることができます。たとえば、車椅子の方のためにエレベーターを設置するなどです。
また、IT技術の進歩や働き方の多様化により、障害者が活躍できる場も増えてきています。
視覚障害の方が、画面読み上げソフトを活用したり、画像情報から文字情報を検出するソフトを活用したりして業務を遂行することができます。
リモートワークでは、物理的な移動が難しかった方が自宅で働ける。精神、発達障害者の方が、通勤ストレスがなくなったり、オフィス勤務における感覚過敏からくるストレスなどが軽減されて、働きやすくなる。といったこともあります。
ロボットを遠隔操作して、違った場所からの接客ができることも可能となっています。
このような変化は、障害者だけでなく、他の人にとっても役立つことがあります。たとえば、車椅子でスムーズに移動できるルートを紹介してくれる地図サービスは、車椅子ユーザーだけでなく、ベビーカーが必要な親たちにも役立っています。
リモートワーク等の働き方の選択肢が増えることは、障害者だけでなく、介護の必要な人や子育てをしている人にとっても働きやすくなります。個人の問題と思っていたことも、実は仕組みや体制を見直すことで解決できることも多いと感じます。困難さや苦手さがあっても、サポートするようなツールの活用や環境を整えるという社会モデルの考え方を取り入れることで、生活や仕事へのバリアを減らすことができるのです。
障害のある人に立ちはだかる「社会的障壁」とは
◆ 障害を生み出す「4つの社会的障壁」
障害を生み出す原因は、主に「物理的バリア」「文化・情報バリア」「制度的バリア」「意識バリア」といった4つの社会的障壁だと言われています。-
物理的バリア
主に移動に関する設備面での物理的な障壁のこと。たとえば、足が不自由な方にとって利用しづらい、階段しかない駅のホームなど。
この障壁を取り除くためには、エレベーターを設置すると、松葉杖や車椅子の方でも問題なく移動できるようになります。 -
文化・情報バリア
情報の取得に制限がかかる障壁のこと。たとえば、聴覚に障害のある方や耳からの情報整理が苦手な発達障害のある方が受け取れない、音声による緊急アナウンスなど。
最近では、時刻やメール通知を点字で伝えてくれる視覚障害者向けのスマートウォッチや、聴覚障害者向けにテキストや振動で緊急アナウンスを伝える機能が搭載された自動車なども登場してきています。 -
制度的バリア
ルールや制度による障壁のこと。たとえば、本人でないと手続きができない行政や銀行の手続きなど。
代理人を立てて手続きできるものもありますが、その場合どうしても時間も手間もかかってしまうのが現状の課題です。多くの方にとっては問題がなくても、身体障害や知的障害のある方にとって利用しづらい手続きはまだまだ多い。社会モデルの考えに沿うと、「できない人はできない」ではなく、どんな方にもわかりやすく、利用しやすい代替手段が整備されているのが理想となります。 -
意識バリア
障害を理由に最初から「できない」と決めつけられてしまうこと。
「障害のある方」とひとくくりにしても、人によって得意や苦手、取り巻く環境、考え方や抱えている思いは異なります。たとえば、障害の特性で苦手なことでも、「苦手だからやりたくない」人もいれば、「苦手だからこそできるようになりたい」と思う人もいます。「障害のある方だから、これはできない」と決めつけるのではなく、誰でも平等に教育や就業、社会生活に参加できるように、特性に応じて配慮する「合理的配慮」を行っていく必要があります。
「障害のある方だから普通の仕事はできない」と決めつけないで
◆ 社会モデルを採用し、障害者雇用が成功した事例
社会モデルの考えを上手に取り入れ、障害者雇用を成功させた事例を紹介します。-
発達障害のある方を営業職として採用した人材会社の事例
面接時の適性試験で、コミュニケーションスキルが極端に低く、その一方で問題解決や主体性、意思伝達力、変革性などのスキルがずば抜けて高かった候補者がいました。この企業では、急速に変化する経営環境の中で、突出した能力を持つ人材が必要と判断し、この候補者を採用します。そして、訪問アポをとる職場に配属しました。しかし、仕事の進め方は、従来のものと大きく違ったものでした。
本人が直接電話をかけるのではなく、アルバイトで部下を数人雇って、外部とのコミュニケーションは部下が担当することに。本人が担当したのは、部下とクライアントのやりとりをチェックし、より成果につながるように営業用のトークスプリクトを作ることでした。このトークスプリクトを活用したところ、所属部署の営業成績がとても上がったそうです。
社会モデルを取り入れた障害者雇用を推進するためには
障害を生み出しているのは社会であって、その障壁を取り除くことは社会の責務であると考える社会モデル。障壁を取り除いた状態というのは、全ての人にとって障壁がないことを指します。社会モデルに則って雇用を考えるなら、「◯◯障害だから、この仕事は無理」と決めつけるのではなく、どのような困難さや苦手さがあるのか、必要な合理的配慮はどのようなものなのかを把握し、それに合った対応をしていくことが必要です。
たとえ障害手帳の等級や障害名が同じであっても、個別に一人ひとりの考え方は違いますし、求める合理的配慮の内容も異なります。合理的配慮を検討していくときには、コミュニケーションを図ることが重要です。
このような社会モデルの考え方を職場で取り入れていくと、障害者だけでなく、他の社員にとっても働きやすい職場づくりにも役立ちます。
取材先
障害者雇用ドットコム代表
松井優子 さん
立命館大学経営学部卒業後、民間の教育機関で知的、発達障害の教育、就労支援、及び特例子会社で新規事業開拓、障害者・スタッフの育成・採用などに携わる。その後、国立特別支援教育総合研究所で主任研究員を務めた後、2018年から障害者雇用ドットコムにて障害者雇用のコンサルティングや情報発信、執筆活動を行っている。筑波大学大学院生涯発達科学博士課程修了、東京情報大学非常勤講師。
松井優子 さん
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