「例外」を知って思い込みの壁を壊す。
西村宏堂に聞く、自分らしく働くための「常識」との向き合い方

メイクアップアーティスト、僧侶、LGBTQ活動家、三足のわらじで世界中を飛び回り活躍する西村宏堂さん。枠にはまらない活動で注目を集めていますが、過去には様々な「常識」にとらわれて苦しんだ思い出もあると言います。

就職活動に始まり、働く中では様々な「常識」と向き合う場面が出てきます。不必要に「常識」や「当たり前」に縛られず、自分らしく活躍するにはどうしたらいいのか、西村さんにお話を伺いました。
公開日:2023/06/30
Profile西村宏堂
1989年東京生まれ。ニューヨークのパーソンズ美術大学を卒業後、ミス・ユニバース世界大会などでメイクアップアーティストとして活動。2015年に浄土宗の僧侶となる。LGBTQ活動家として、ニューヨーク国連人口基金本部、イェール大学、増上寺などで講演を行う。2020年に著書『正々堂々 私が好きな私で生きていいんだ』を刊行。2021年にTIME誌「Next Generation Leaders(次世代リーダー)」に選出された。

「常識」に囲まれて悩んだ10代からの脱出

――過去を振り返って、自分が「常識」にとらわれていたと思う場面はありますか。
10代は「常識」に対する悩みがてんこ盛りでしたね。まず、男性の体で生まれた人は女性と結婚して子どもを迎えるのが「普通」とされている中で、男性が好きな自分はだめなんじゃないかと思っていました。他にも、学校での成績が良くない自分は人間としての価値が高くないとか、社会が決めた「かっこいい」「かわいい」に当てはまらない見た目は価値がないとか。今思うと、「常識」が私の心にベッタリとくっついて、身動きが取れなくなっていましたね。
――それぞれの「常識」とどう向き合ってきたのか気になります。まず、ジェンダー・アイデンティティの「常識」にとらわれなくなったのは、どんな経緯があったのでしょうか。
幼い頃から自分の性別は男女どちらかに決まっているものではないと思っていて、尚且つ好きな相手は男性だと気づいていました。でも、小中学生の頃には「どんな女の子が好きなの?」と聞かれたら、「優しい人かな」なんてごまかしていました。高校生になると、同級生が野球やお笑いの話で盛り上がる中で、私はマライア・キャリーとかデスティニーズ・チャイルドとかが好きで、全然話も合わないので周りとコミュニケーションを取らなくなっていきました。

そんな中で、18歳の時に1人でスペイン旅行に行って、初めて男性の同性愛者の友人ができたんです。その方は友人や家族にも同性愛者であることを公言していて、大好きな日本のアイドルのコスプレをして踊るような人です。性に関する悩みを共有できたり、一緒に街を歩いていて「あの人かっこよくない?」ということも話せる仲間に初めて出会えた瞬間でした。その人に会ってから、自分の好きなものを正直に愛して、正直に表現していいんだと思えるようになりました。まるで落としたスーパーボールが床に着地してもう一回弾むように、自分の人生が生き生きし始めたのがその頃ですね。
Photo by Masaki Sato
――ご友人との出会いが大きな転換期だったんですね。学校の成績についてはどんな「常識」を感じていたのでしょうか。
学業に関しては小学校から高校を卒業するまで、美術と英語を除いてずっとズタボロでした。だからいつも劣等感に苛まれ、勉強ができない自分に罪悪感を感じていましたね。進路も、もっと勉強したら良い大学に行けるよ、なんて先生に言われましたが、結果的に私は学年でたった1人海外留学を選びました。

大人たちは自分が知っている、想定できる世界の「普通」や「理想」をおすすめしてきます。でも今の私からすると、学校の勉強だけが仕事に結びつくわけじゃない。勉強することはもちろん大事ですが、大学に行っていなくてもビヨンセやマライア・キャリーのように力強いキャリアを作っている人もいるわけです。
——見た目に関してはどんな「常識」を感じていましたか?
見た目については留学してから気づきが多かったですね。私はバービー人形とかセーラームーンを見て育ったので、金髪や青くて大きな目、小さな顔こそが美しいって思っていたんです。アメリカの大学には本当にそんな見た目の人がいるので、それに比べてなんで私は美しくないのかと、自分の見た目を好きになれなかった。

でも、ある時、友人のお姉さんが私の顔をまじまじと見つめて「あなたの目は綺麗。切れ長で黒くてミステリアスで美しい」って言ってくれたんです。そのあと、ミス・ユニバースの写真を撮る有名なカメラマンの方も同じことを言ってくれて、全然違う場所で2回も言われたのなら本当にそうなのかもしれないと思うようになりました。

スペイン人の友達は「鼻が高すぎるのがコンプレックス」と言っていたり、ニューヨークの空港で見かけたアフリカ系の女性が「足が長すぎて子ども体型に見えるのが嫌」って言っていたり、実は私も含めてないものねだりなんですよね。そこから、自分が持っているものをどう表現したら素敵に見えるのかを考えたら良いんだと思えるようになりました。

働く上でぶつかる「当たり前」との向き合い方

――留学後、メイクアップアーティストとしてアメリカで活動されたのち、日本に帰国して僧侶をされたり、LGBTQ活動家をされたりと枠にはまらない働き方をしていますね。キャリアの選択において不安はなかったのでしょうか。
正直、不安はなかったです。
何よりも私はみんなが選びにくいことを選び、不安要素もある決断をしたい。以前、私はスカートやハイヒールを履きたいのにそれができなかった。世間の目や常識を考えてしまったからです。でも今、あえて私がそれをすることで「宏堂さんがやってるから自分もできるかな」「宏堂さんができてたから自分もこの道に進んでみよう」と思ってもらえる道を作るのが、私の役目だと感じています。
Photo by Derek Makishima
——様々な「常識」にとらわれていた過去があったとのことですが、他人に対して「常識」を当てはめてしまったことはありますか?
あります。過去に、LGBTQフレンドリーメイクセミナーをやったときに、トランスジェンダー女性の方がメイクを習いに来てくれました。その人に対して私は「こうしたらもっと女性らしくなりますよ」と、ピンクのチークやふりふりのお洋服を勧めてしまったんです。

けれども、その人から「“女性らしく”もなにも、私はもう女性なんです」って言われて。そもそも自分が女性であるのに、社会的な「女性らしさ」に当てはめられて、もっとこうしたら?なんて言われたら嫌ですよね。何が「女性らしい」かは、人によっても文化によっても違うのに、一方的なイメージを押し付けてしまうのはすごく危ないことだと気付きました。

メイクであれば「どういう風になりたいですか」と聞くことから始めて、表現の説明をするにも「女性らしい」ではなく「柔らかい」とか「繊細な感じ」とか正確な言葉遣いに直さなきゃと思いました。
——そのように自分なりの「常識」を押し付けてしまうことは、働く多くの人が経験していそうです。自分が「常識」にとらわれていると、同僚やお客様に対して「常識外れだな」「価値観が合わないな」と感じてしまうこともあるかもしれません。そんな時はどうやって気持ちを整理したらいいのでしょうか。
まずは、自分が思っている「常識」が、働く上でのゴールや目的に直結しているのかを見極める必要があります。例えば愛想笑いをしたほうがいいのかとか、丁寧なメールを書く必要があるのかとか。本来の仕事の目的に直結しない「常識」であれば、それは無意味な「常識」ということになるので、そういうものは無くしていこうという考え方がコミュニティの中で共有できるといいですね。

それに、仕事で人に対してイライラしてしまう時って、自分が正直な気持ちに蓋をして我慢しながらやっていることを、相手はやってくれない時だと思うんです。本当はやらなくてもいいのに我慢しながらやる「常識」であれば自分もやめちゃえばいいんです。

「常識」を疑うことで自分に自信が付く

——「常識」に向き合うには労力がかかります。それでも、西村さんが安易に「常識」を受け入れないほうがいいと考えているのはなぜですか。
「常識」って実はすごく怖いものでもあると思っているからです。「常識」を簡単に受け入れてそのままに動いてしまうと、いつの間にか、社会やその国、コミュニティにとって都合のいい人間になってしまうこともあると思います。

例えば、戦時中になされる教育や、アフリカや中東の一部の国で今も続く女性器切除の習慣が「常識」とされる文化なんかを思い浮かべてみてください。その時代やその場では「当たり前だ」とされていることでも、他の視点から考えると本当に正しいのかわからないことってたくさんありますよね。全ての人が、社会に都合よく動かされてしまうんじゃなくて、自分が思う正しい道を選択するために、「常識」を疑うことも大事なんです。
——とはいえ、知らず知らずのうちに自分が「常識」を取り込んでしまうことも多いはず。「常識」を疑う手がかりを得る方法はありますか?
「例外」にたくさん触れることが大事です。例えば私は、日本で生まれ育った英語が話せないアフリカ系の友人や、中国出身の方がやっている美味しいお寿司屋さんを知っています。こういった「例外」と出会うと自分の持っている偏見が崩れていくんです。

「例外」に触れるのは直接人と会う以外にも、違う時代や違う国のドキュメンタリー映画を見ることなどがあります。「例外」を知ることで、日本ではどうなんだろう?とか、私はどうなんだろう?と照らし合わせて考えられるようになります。知識や努力で思い込みの壁を壊していくことが自分を自由にしてくれるのです。

あと、「常識」に埋もれてしまった本当の自分を見つける方法としては、小さい頃のことを思い出してみるのもおすすめです。親に昔の話を聞いたり、自分が幼い頃に好きだった場所に行ってみたりして、自分の根っこを掘り起こすと、今の自分がとらわれている「常識」に気付けるかもしれません。
——色々な例外に触れて、自分の誤った「常識」に気づいた時はどうすればいいのでしょうか。
まず、誰かを傷つけてしまっていたなら、謝りますよね。このように正直に誤りを受け止めることが大切です。それ以外にも自分にとって新しい希望が見つかったり、自分を励ます材料にもなったりします。私だって学校の成績が良くなくても活躍できるかもしれないとか、見た目の生かし方に気づいたりできました。誤った「常識」に気づいたら、他人に対してどうするのか以外にも、心地良い自分の在り方を探す機会にしてもいいと思います。
——こういった「常識」を疑って多様な在り方を受容していくことは一部のマイノリティに向けた取り組みだと思われがちですが、実は全員が活躍しやすい場を作ることに繋がりそうですね。
そうですね。みんな、どこかしらマイノリティなところがあると思うんですよね。例えばセクシュアリティはマイノリティに当てはまらなくても、ユニークな特徴があったり、家族の在り方がいわゆる「普通」ではないとか。だから、あらゆる「常識」を疑ってみることで、誰もが劣等感を感じずに、みんなが自分に自信を持って活躍しやすくなるんじゃないかなと思います。

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