サイボウズ 人事本部部長 兼 チームワーク総研 研究員の青野誠氏と「サイボウズ式」編集長の藤村能光氏

「チームワークあふれる社会を創る」を理念に、“チームワークを高める”ソフトウェアを通じて社会に貢献しているサイボウズ。多くの人が抱くサイボウズのイメージと言えば、「働きやすそう」「楽しそう」「明るい」「ユニーク、個性的」というもので、「自分もここで働きたい」と自然に思わせる個性を備えている。

そんなサイボウズのブランドイメージに貢献しているのが、2012年5月にスタートした同社のオウンドメディア「サイボウズ式」だ。サイボウズへ転職した人に話を聞くと、「入社を決めたきっかけが『サイボウズ式』だった」というケースが多いという。企業のブランディングやPRはもちろん、採用でも「サイボウズ式」は大きな影響を与えている。

オウンドメディアを軸に、企業のブランディング、プロモーション、そしてリクルーティングを調和させ、企業の価値向上を実現するには何が必要なのか。サイボウズ 人事本部部長 兼 チームワーク総研 研究員の青野誠氏と、「サイボウズ式」編集長の藤村能光氏が語った。

サイボウズ 人事本部部長 兼 チームワーク総研 研究員の青野誠氏と「サイボウズ式」編集長の藤村能光氏
青野誠氏(右)。大学を卒業後、2006年サイボウズ株式会社に入社。営業やマーケティング、新規事業立ち上げなどを経験した後に人事部へ。現在は採用・育成・制度作りやチームワーク総研を兼務。2016年よりNPO法人フローレンスの人事部門にも参加し、複業中。
藤村能光氏(左)。サイボウズ株式会社 サイボウズ式編集長/コーポレートブランディング部 副部長。大学を卒業後、ウェブメディアの編集記者などを務め、サイボウズ株式会社に入社。製品マーケティング担当とともにオウンドメディア「サイボウズ式」の立ち上げに関わり、2015年から編集長を務める。メディア運営や編集部のチームビルディングに関する講演や勉強会への登壇も多数。複業としてタオルブランド「IKEUCHI ORGANIC」のオウンドメディア運営支援にも携わる。著書に『未来のチームの作り方』がある。

高い離職率やブランド価値の認知不足、課題のなかで始まった「サイボウズ式」

「サイボウズ式」について語る青野氏

――サイボウズは「オウンドメディアリクルーティング」の先進企業として、「Owned Media Recruiting AWARD 2019」でグランプリを受賞しました。審査員の方々も「サイボウズの情報発信力や『サイボウズ式』のメディア力は群を抜いている」と評価しています。

藤村:そのような評価をいただけることは非常に嬉しいですね。ただ、「サイボウズ式」の立ち上げ時、そこまで目標を立てていたわけではないのです。2012年5月に「サイボウズ式」が立ち上がり、今年で8年目ですが、継続し続けたことで評価へつながったのだと思います。

青野:結果的にそうなった、という感じですね。リクルーティングに「サイボウズ式」の効果が出てきたのは、おそらく2014〜2015年ごろだったと思います。

藤村:「サイボウズ式」が始まって2〜3年経ったころですね。

青野:2019年にキャリア採用で入社した方にアンケートを取ったところ、「『サイボウズ式』が応募を決めたきっかけです」と答えた人が約90名中30名いました。

――「サイボウズ式」を立ち上げたきっかけはどのようなものだったのでしょうか。

青野:まず人事担当の立場から言えば、離職率が高いという課題がありました。今でこそ、サイボウズの理念やカルチャーに共感してくれる方が集まり、そういう方を採用していく流れができています。

ただ、かつては採用においてスキルを重視していた時期がありました。そういう採用スタイルは、離職率が高かったことの一つの要因だと思います。これはまずいということで、自分たちは何をやっている会社で、何を目指しているかを明確にし、人事制度の改革を進めていきました。

もともとサイボウズには、売上や利益を重視するよりも「自分たちが作った良い製品をみんなに使ってほしい」という強い思いがありました。ただ、うまく言語化できていなかったのです。企業理念も「情報サービスを通して世界の豊かな社会生活の実現に貢献する」というざっくりしたものでした。そこから「自分たちが生み出す価値は『チームワーク』だ」と定義を変えたことで、根底にある価値観が言語化されて良い方向に回り始めました。

藤村:「チームワークあふれる社会を創る」という言葉によって、企業理念がストンと腹落ちした社員も多くいたのではないでしょうか。

また、マーケティングの観点で言うと、「サイボウズ式」が立ち上がる前、グループウェア製品の売上が頭打ちになり、売上高がまったく伸びない期間が5年くらい続いていました。そのなかで「これからグループウェアを世界中に広めていくため、新しい市場にアプローチしないといけない」という課題が見えてきました。

そこで、従来からアプローチしていた企業の情報システム担当者だけでなく、大学などの教育機関やサークル、NPOなど、「チーム」があるところにサイボウズの価値を届けていきたいと考えたわけです。そのために、サイボウズにはどういう製品があり、何を実現しようとしているのか、理念も含めて認知度を上げていきたいと考えていました。

そのサイボウズの理念をより広く伝え、認知度を上げていくため、2012年に「サイボウズ式」が始まりました。当初はSNSの展開も考えたのですが、オウンドメディアはコンテンツが資産として残るという長所があるため、「サイボウズ式」を立ち上げました。

「サイボウズ式」を支える、サイボウズのオープンで公明正大なカルチャー

サイボウズのオープンで公明正大なカルチャーを語る藤村氏

――オウンドメディアの場合、記事の面白さと、事業への貢献度やKPIの折り合いをどうつけるかという課題があります。その点をサイボウズはどう考えているのですか。

藤村 売上が頭打ちになったという課題があったのですが、新しい市場はそう簡単に開拓できるものではありません。ですので、売上や導入数をいきなり伸ばすのではなく、長期的にサイボウズの理念や価値を伝えていくことを重視しました。つまりブランディングですね。短いスパンで成果を測るマーケティングと異なり、ブランディングはより長期的な視点で、会社に関わるすべてのステークホルダーに価値を届けていく取り組みです。

こういう点を踏まえ、サイボウズの代表取締役社長である青野慶久やマーケティング部長をはじめ、関係者全員の間で「何のためにこのメディアをやるのか」という認識がしっかり共有されていたことは重要なポイントだと思います。

「サイボウズ式」を立ち上げた時は、「1年以内に、3万ユニークユーザー(UU)を獲得する」という目標を置いていました。それまでは製品ごとにブログを開設しており、ブログ全体の読者数が約3万UUだったのです。その数字を1年以内に達成してからは、目標数字は議題に挙がらなくなりました。数字よりも「経営やマーケティングの課題感と、オウンドメディアがフィットしているのか」という方が大事だったからです。

そうして1年ほど続けたところ、数万PVに達するようなヒット記事が出てきました。最初は反応が小さくても、続けていくなかでコンテンツ資産が積み上がり、時々より多くの読者に届く記事が出てくるようになったのです。その結果、「『サイボウズ式』って、いい感じに世の中に価値を届けているよね」という雰囲気が出てきました。

――「サイボウズ式」がここまで多くの人に読んでもらえている原因は何だと考えていますか。

青野:サイボウズらしさが出ている点で言うと、弊社の社員が外への情報発信に積極的なことです。「サイボウズ式」で新しい記事が出たら、自発的にシェアしてくれます。また、記事をシェアする社員に対して会社が何か制限するようなこともないので、「自分はこう思う」と自由にコメントを付けられます。

藤村:運営側が社員に記事をシェアするように頼む場合もあるかもしれませんが、個人的にそれは悪手だと思っています。作ったコンテンツを社員の人が読み、面白いと思ったから「ほかの人にも共有したい」とシェアするのが理想です。ですので、一般の読者はもちろん、社員が読んでも面白いと思ってもらえる記事を作ることを心がけています。青野が言うように、もともとオープンな社風で、「公明正大で、嘘をつかずに情報を共有する」というカルチャーもおおいに関係していると思います。

青野:「公明正大」はキーポイントですね。実はブラックなのに、外向けには綺麗ごとばかり語る企業であれば、情報はシェアされないでしょう。人事の観点でも、入社前はいいことを言って、入ったら全然違うというようなことは、絶対にやってはいけないことだと思います。

藤村:良いことはもちろん「良い」と伝えますが、反対に、良くないことや失敗したことも、組織やチームの改善のタネになるので、包み隠さず企画にして発信しています。

外部の人には驚かれるのですが、「サイボウズ式」編集部のあるコーポレートブランディング部は、人事部と情報共有の機会を月1回持っています。コーポレートブランディング部としては次の企画のネタ探しにもなりますし、人事の方でも採用の課題を「サイボウズ式」で発信できます。また、kintoneという自社のグループウェアを活用して情報をオープンにしているので、ほかの部署がどういうことをやっているのか見えますし、議論に参加することもできます。

青野 昔は掲示板を使ってコミュニケーションをしていたので、もともとそういう社風なんですよね。

採用サイト、ブログ、SNS、リファラルも連動して、サイボウズの価値観を発信

サイボウズ取締役 山田理氏の著書「最軽量のマネジメント」と、藤村氏の著書「未来のチームの作り方」

――「サイボウズ式」以外にも採用サイトがあり、Facebookでサイボウズのページを開設したり、エンジニアブログを運営なさったりもしています。それぞれのメディアはどのように情報共有し、どのような役割を担っているのでしょうか。

青野 採用サイトでは、採用情報をなるべく網羅的に出すよう心がけています。「サイボウズ式」が働き方改革や理念など大きな課題を取り上げているので、採用サイトではサイボウズの事業や取り組みなどを紹介しています。あまりに「サイボウズ式」を読みすぎて、「そもそもサイボウズって、何の会社なんだっけ」という人が多くなっても困るので(笑)。

藤村 エンジニアの方も「Cybozu Inside Out」というブログを運営し、エンジニアの活躍や採用情報、最新技術動向などを発信しています。このブログでどういうエンジニアが働いているのか、どういう職種や人物像を求めているのかを独自で公開しています。「サイボウズ式」編集部はまったくタッチしていません。そういった感じで、各部署の社員が必要だと思ったことを自ら情報発信するスタイルがあります。

――それぞれのオウンドメディアを通して発信している、サイボウズが求める人物像についても教えてください。

青野 「共感」と「スキル」の2つを採用基準にしています。スキルとは、希望職種を遂行するための能力のことです。共感は、サイボウズの理念に共感したり、製品のファンであったりなど会社に対する共感があり、かつ当人のやりたいこととサイボウズの方向性が重なっているかどうかを見ます。

「サイボウズ式」の記事だけを見て、サイボウズは自由に何でもやりたいことをできるし、残業はないと思っている応募者の方もいますが、けっしてそうではありません(笑)。昨今は求職者がサイボウズのとがったメッセージだけを受け取っている傾向があるので、キャリア採用においてもエントリーシートに志望動機を描いてもらうようにしています。また、面接でもやりたいことと会社の方向性が合っているかを深堀りします。

――「サイボウズ式」をはじめとして、オウンドメディアによる採用のための情報発信は、他部署で働く社員の採用に対する意識を高めたり、求職者の会社理解を深めたりするなど、副次的な効果もありますか。

青野:「サイボウズ式」があることで、リファラル採用もちょっとユニークです。普通のリファラル採用だと、社員と入社希望者が食事に行ってリクルーティングすることが多いと思います。サイボウズでは、社員が「サイボウズ式」の記事やサイボウズのニュースをSNSで発信し、それがじわじわと周囲の人に広がって応募につながるケースが多いです。

また、事前に「サイボウズ式」をよく読み込んでくれているので、入社前からサイボウズの社風やカルチャーを理解していただいている方が多いのも特徴です。入社前からオンボーディングしているようなものですね。

オウンドメディアを始める前に、「何のためにやるのか」という理念を固める

オウンドメディアリクルーティングの成功の秘訣を語る、青野氏と藤村氏

――KPIや事業的な数字だけにとらわれず、オウンドメディアをうまく活用し、企業がオウンドメディアリクルーティングを成功させるために、どういうことが必要だとお考えですか。

青野:いきなりオウンドメディアをやるのではなく、まずは「自分たちのチームとは何か」という定義から始めるといいかと思います。その点に働く人は敏感です。「働く意味がわかりません」「この会社が何を目指しているのかわかりません」という方も多いと思いますが、まず企業自身がオウンドメディアをやる目的を明確にし、オウンドメディアで伝えていくといいでしょう。目的がしっかりしていれば、自信をもって情報発信できると思います。また、情報発信を繰り返すことで、自分たちの理念や信念がより強固になるでしょう。

藤村:私も同じ思いです。オウンドメディアを立ち上げるのなら、何のためにやるのかをしっかり考える必要があります。オウンドメディアとKPIの問題は切っても切り離せないため、KPIを達成できずにメディアを止めてしまうケースが多くありますが、オウンドメディアは数カ月で劇的な効果が出るものではありません。これはあくまでサイボウズ式のケースですが、長く継続したからこそ、いろんな成果がついてきたという側面があると考えています。

逆に「何のためにやるのか」という共通目的があれば、その実現のためにメディアを使ってできることはたくさんありますし、社内でメディアに対する様々な意見が出た時も「何のために」という目的に基づいてしっかり説明できるはずです。メディアのコアとなる理念は会社のカラーや採用ともリンクしているはずなので、ぜひその「何のためにやるのか」という“Why”を研ぎ澄ませてほしいと思います。