
前回の2回目のコラムでは、ビジネスモデルの両輪となる「カルチャーモデル」とは何かについてご紹介し、その理論の枠組みについて整理しました。
連載最後となる今回は実践編として、描いたカルチャーモデルを組織での日々の行動や言動へどう落とし込むのかを5つのステップで検討していきます。特に5つ目のステップとなる「カルチャーを組織にどう浸透させていくのか」が最も大切となるため、5つのAという切り口でより詳細に解説していきます。
唐澤俊輔氏。Almoha LLC, Co-Founder COO。大学卒業後、日本マクドナルド株式会社へ入社し、28歳にして史上最年少で部長に抜擢される。経営再建中には社長室長やマーケティング部長として、社内の組織変革や、マーケティングによる売上獲得に貢献、全社のV字回復を果たす。株式会社メルカリに身を移し、執行役員VP of People & Culture 兼 社長室長。採用・育成・制度設計・労務といった人事全般からカルチャーの浸透といった、人事・組織の責任者を務め、組織の急成長やグローバル化を推進。その後、SHOWROOM株式会社でCOO(最高執行責任者)として、事業成長を牽引するとともに、コーポレート基盤を確立するなど、事業と組織の成長を推進。現在は、Almoha LLCを共同創業し、組織開発やカルチャー醸成のコンサルティングおよび、組織開発のためのサービスやシステムの開発に取り組む。グロービス経営大学院 客員准教授。著書に『カルチャーモデル 最高の組織文化のつくり方』。
カルチャーを作り上げる5つのステップ
まずカルチャーを作り上げるための5段階のステップをご紹介したいと思います。
それは
- 現状のカルチャーを棚卸する
- ミッション・ビジョンを設定する
- カルチャーの方向性を決める
- カルチャーを言語化する
- カルチャーを浸透させる
という5つのステップです。
1つ目は、「現状のカルチャーの棚卸」です。カルチャー作りを始めるケースでは、すでに組織が存在する状態からカルチャーを確立してより強固な組織に進化させたり、方針を転換して大きく変革したりというタイミングが多いです。
まずは自分たちの現状を適切に把握するため、「7S」に沿って現状を可視化しましょう。問いの例を以下にいくつか挙げていますので、参考にしながら言語化を進めてみてください(拙著『カルチャーモデル 最高の組織文化のつくり方』でより詳細に紹介しています)。
ポイントは、組織としてのポリシーが不明確なものや、施策によって一貫性に欠けるものがないかを把握することです。そうした課題を浮き彫りにしておくことで、その先のステップで特に力を入れて取り組むべき領域が明確になります。

2つ目は、「ミッション・ビジョンの設定」です。現状を把握したうえで、次に行うことは「自分たちは何を目指すのか」について言語化することです。
ミッションとは「会社が社会に果たすべき使命」であり、企業の存在意義とも言えます。それに対して、ビジョンとは「(ミッションを実現するために)達成すべき中長期的な会社のありたい姿」を指します。これらを丁寧に言語化し、何のために存在するのかを明確化することにより、同じ目標を目指す一枚岩の集団として組織を作り上げることができます。
3つ目に、「カルチャーの方向性」を定めます。ミッション・ビジョンを達成するためには、自分たちの目指すカルチャーの方向をあらためて明確化することが欠かせません。組織としてのあり方を明確化し、最初のステップで棚卸した現状の組織とのギャップを把握することで、「何を変え、何を変えないのか」がクリアになるのです。
これは、2回目のコラムでお伝えした「カルチャーモデルの4象限」を基にすると定めやすいと思います。特に変革フェーズにおいては、従来のスタンスと目指すスタンスを明確にすることで、「この方向に変えていく」ということを社内へ明確にメッセージしやすくなります。

4つ目は、「カルチャーの言語化」です。目指すカルチャーの方向性を実現するためには、人事・組織にまつわるハード面・ソフト面のあらゆる施策を一貫させることが欠かせません。その一貫性を可視化し確認するためにも、2回目のコラムでお伝えした「7S」の枠組みに沿って全体を言語化し、整合性を取ることがポイントとなります。

その中心となるのがShared Valueです。バリューの言語化をまず行ったうえで、それ以外の施策が「バリューに沿っているか」という視点でチェックしていくのです。人事・組織関連の施策には選択肢が無限にあり、正解はありません。
例えば採用時の面接は何回が適切でしょうか。「3回」とする企業が多いですが、「なぜ3回なのか」と聞くと言語化された明確な理由が返ってこないケースがあります。仮に「スピードと効率」をバリューで重視する会社であれば、本当に3回の面接が最適解と言えるでしょうか。その間に1ヶ月経ってしまいますよね。だとしたら、一度の面接で社長が一発で判断したほうがいいかもしれません。もしくは、一度の面接に3人の面接官が出てきて同時に判断してしまう手もあるかもしれません。
このように、バリューを中心に、組織作りに関連するあらゆる施策を連動させ、言語化していくことで、一貫性のある強いカルチャーを作り上げることができるのです。
最後の5つ目は、「カルチャーの浸透」です。描いたカルチャーモデルを絵に描いた餅にしないためには、この浸透が何よりも重要なプロセスとなります。そのため、次章でより詳細に説明していきます。
カルチャーの浸透を進める5つのA
ここでは、マーケティング論の第一人者であるフィリップ・コトラー氏が提唱している「5A」の理論に基づいて整理していきます。5Aとは、マーケティングにおける顧客体験プロセスを、Aを頭文字にした5つの単語で整理したフレームワークで、以下の図のようになります。

マーケティングにおいて顧客は、商品・サービスを認知し(Aware)、訴求することで理解を醸成し(Appeal)、検索など比較検討を踏まえ(Ask)、購買・利用という行動を取り(Act)、周囲の人に推奨する(Advocate)というプロセスを経ます。
カルチャー作りにおいても同様に、従業員体験プロセスがあります。採用候補者や従業員に対して自社のカルチャーを認知してもらうところから始まり、最後には周囲の友人・知人に推奨するというプロセスを経るのです。
一つずつ見ていきましょう。
1つ目がAware(認知)です。バリューとして設定した文言など、カルチャーを作るうえで浸透させたいものについて、可視化して目にふれる頻度を高めていきます。
重要となるのは、ミッション・ビジョン・バリュー(MVV)の可視化でしょう。言語化したMVVを、ホームページに掲載するなど対外的な発信を通して接する機会を増やします。また、会議室にポスターを貼ったり、バリューで使う言葉の一部を会議室名にしたりして、議論の際に使いやすいようにすることや、名刺サイズのカードなどを配って社員証と一緒に常に持ち運ぶとことも効果的です。ノベルティとしてPCなどに貼れるステッカーを作ったり、バリューの入ったTシャツやパーカーを配ったりすることによってもMVVへの愛着が湧きます。同じ物を持ったり、同じ服を着たりすることは、社員の仲間意識を醸成するうえでも有効です。
最近ではオンライン上でのコミュニケーションも増えているので、Zoomの背景画像に入れたり、定例会議の議事録の上部にヘッダーとして入れたりすることもできるでしょう。
大事なことは、MVVを単なる「言葉」と捉えず、一つのコンテンツと捉えることです。その言葉の裏にはいろいろな背景や想いが込められているわけですから、そうしたストーリーとセットで伝えることで適切な理解を醸成できます。そのため、単なる「理念浸透」ではなく、より広い「コーポレートブランディング」と定義して、ロゴの策定、コーポレートカラー、フォントなど、言葉だけでなく、ビジュアルコンテンツとして細部にこだわって可視化するとより良いでしょう。
2つ目がAppeal(訴求)です。ここは、従業員や採用候補者がカルチャーの理解を深め、好感を抱き共感するなど、共通認識を醸成していくプロセスとなります。
Aware(認知)で標語としての言葉自体は浸透しますが、言葉には解釈の余地があるため、その意味合いを適切に伝えていくことが大切です。ここではEX(Employee Experience=従業員体験)のジャーニーに沿い、従業員における会社とのあらゆるタッチポイントで一貫してカルチャーを伝え続けることが重要です。
つまり、採用候補者への最初のコミュニケーション、面接などの採用プロセス、オファー面談、入社前のコミュニケーション、入社初日…といった採用のプロセスから、その後のオンボーディング、人事評価、異動などのイベントまで、一つ一つのプロセスにおいて一貫してカルチャーを伝えていくということです。
例えば「フラットで風通しの良い組織」と位置付けているとしたら、あらゆる接点で「フラットで風通しが良いか」という観点でチェックしていきます。面接が「課長→部長→本部長→役員」と4度あって、同じ質問をされ続けたら候補者はフラットだと感じるでしょうか。入社初日の社長への質疑応答の時間で、「質問は事前にいただいたなかから人事が選びます」と説明されたら、風通しが良いと感じるでしょうか。
このように、カルチャーに対する共通認識を醸成していくには、会社と社員の接点において一貫して体現し続けることが欠かせないと言えます。
3つ目がAsk(調査)です。従業員であれば社内の情報ソースから、採用候補者は対外的に公開されている情報から、必要な情報を検索します。その際に、欲しい情報へ手が届くように情報発信しておくことが欠かせません。
情報の検索はオンラインが中心となります。ここでポイントとなるのは、着飾ることなく実態をオープンに発信することです。情報発信しようとすると、どうしても「少しでもよく見せよう」という意識が働きます。しかし、重要なことは期待値ギャップを起こさないことです。ありのままを率直に伝えたほうが、会社にとっても本人にとっても最終的には良い結果につながります。
カルチャーという観点では、対外的に隠すべき情報は実はほとんどありません。確かに、インサイダーや競合の追随を排除する趣旨で、経営的な意思決定や財務的な数値の情報は一部制限する必要があります。しかし、カルチャーに関する情報、例えば採用の考え方、人事評価の方針、オフィスの雰囲気、社内コミュニケーションの取り方、マネージャー育成の方法など、挙げればきりがありませんが、こういった組織的な情報は基本的に外部公開が可能です。
社内のノウハウが外部に流出してしまうことを懸念する会社もありますが、カルチャーはあらゆる施策の積み重ねで作り上げられるため、個別の施策を真似たところで競合に追いつかれることはありません。もっと言えば、真似できないからこそ、カルチャーが競争優位の源泉になりうるのです。
大切なことは、オープンかつタイムリーに社内のカルチャーを発信し続けることです。カルチャーは常に一定ではなく、目指す組織像に向かって日々進化していきます。よく、「目指す組織像と現状に差があるが、どちらを伝えるべきか」というご質問をいただきますが、答えは「両方」です。「こういう組織を目指しているが、今はまだ至らなくてこういう状況だ」と明示することで、現状を正しく認識し、目指す組織を一緒に作る仲間を集めることができるのです。
社外への発信は、当然社内のメンバーも目にしますから、積極的な社外への発信は社内へのカルチャー浸透にも貢献します。社内外で分けた情報発信をする必要はなく、社外への発信が社内報のような役割を果たすことも可能となり、一石二鳥の効果が得られます。
4つ目がAct(行動)です。カルチャーは、一人ひとりの日々の行動や言動の積み重ねによってでき上がります。そして、他のメンバーの行動や言動を見て、それを真似してさらに浸透が進み、徐々にカルチャーは確立されていきます。そういう意味では、「カルチャーの体現」を促すActのステップは何よりも重要だと言えますね。
カルチャーの中心にはバリューがありますから、バリューの体現こそがカルチャーに沿った行動や言動を積み重ねるベースとなります。バリューの体現を促進するには、バリューに沿った行動があれば認め、沿っていない行動があれば正すことに限ります。
バリューは何らかの言葉で定義しますが、定性的なものに留まるだけに「解釈の余地」が残ります。例えば「お客様第一主義」というバリューを掲げていたとして、どこまでやればお客様第一なのでしょうか。「値下げ販売して喜んでもらう」ことがお客様第一かもしれないですし、「値下げはせずに手厚いアフターフォローをする」こともお客様第一と言えそうです。その際、「うちの会社にとってお客様第一主義とはこういう行動である」ということを示さないといけないのです。
そのためにはまず、人事評価における行動評価として「バリューの体現度合い」を組み込むことです。評価プロセスにおいて「あの時のあの行動はよかった」「しかしここは足りなかった」という会話をすることで、どういう行動がバリューに沿っているのかを示すことができます。
もう一点、いわゆる「表彰制度」がとても有効です。先の例で、「最もお客様第一だった人」という賞を設定し、全員の前でエピソードとともに発表するとします。すると「ああ、あの人の仕事の仕方がお客様第一なのか」ということが全員に瞬時に伝わるのです。ロールモデルを見せることでバリューの体現を奨励し、周囲の理解を深めていくことができます。このように、カルチャーの浸透は「仕組みとセット」で進めていくと効果的です。
5つ目がAdvocate(推奨)です。行動や言動が一貫して進んでくると、社内のメンバーたちが社内外に発信できるようになります。メンバーが自社のカルチャーを自分の言葉で発信することで、周囲の人たちに、より広く、より深く、コーポレートブランディングを行うことができます。
ただ、カルチャーの発信には、前提として高い従業員エンゲージメントが欠かせません。カルチャーの発信は社内メンバー個人のSNSなどを通じて進みますが、「会社のことが大好きで、良い会社だと伝えたい」という意識がないと、そもそも発信しようという動機が生まれないからです。もちろん、ここまでのカルチャー作りのステップを踏んできていれば、期待値ギャップは抑えられ、自社らしい行動も取れるようになっているので、発信する下地は揃ってきているはずです。
そのうえでまずすべきことは、SNSなどでの積極的な発信を奨励することです。ネガティブなことを書かれるのを恐れ、SNSを禁止する会社もありますが、先述の通り実態はオープンに伝えるべきです。書くなと言っても「退職エントリー」のような形で出てしまうことは止められないので、今の時代に隠すことはできません。なにより、社員を信頼しないと社員も会社を信頼してくれないため、まずは会社側から社員のことを信頼すべきでしょう。こうした一つ一つの積み重ねが組織のカルチャーを作ることも意識しておきたい点です。
加えて有効なのは「リファラル採用」です。リファラル採用とは、社員からの紹介で社員の友人・知人に応募してもらうことです。社員が自社に来て欲しいと思う人を紹介することになるので、カルチャーフィットの高い人材が候補者として挙がってくることが期待でき、効果的な採用方法と言われます。
リファラル採用の重要な側面として、「自社を周囲に勧める」場を提供できることがあります。リファラル採用をきっかけに自社のことを周りに話す機会が作られるので、「いかに自社が素晴らしいか」を自分の言葉で話すことにつながります。自社のカルチャーを積極的に発信することで、会社に詳しくなるだけでなく、会社へのロイヤルティも高まるのです。
競争優位の源泉となるカルチャーモデル
ここまで見てきたように、組織カルチャーは、カルチャーモデルとして言語化・可視化し、浸透させていくことによって、競争優位の源泉となり得ます。私自身、理想の組織像を求めて起業し、自社を最高の組織にするべく邁進しています。
ぜひ皆さんも、ビジネスモデルを描くのと併せてカルチャーモデルを描き、より良い組織を作っていってください。日本が「自分の会社は最高だ」と胸を張って言える社員で溢れた社会になっていくことを願いながら、このコラムを終わりにしたいと思います。
この連載の記事一覧
- 企業カルチャーが事業成長のために欠かせない本当の理由――最高の企業文化を作るカルチャーモデル論vol.1
- 企業経営を支える組織作りのために重要なカルチャーモデルとは何か――最高の企業文化を作るカルチャーモデル論vol.2
- カルチャーを作り上げる5つのステップ――最高の企業文化を作るカルチャーモデル論vol.3