
2018年5月、経済産業省・特許庁は合同で『「デザイン経営」宣言』を打ち出した。政府によるデザインを主題とした大きな政策提言は、実に15年ぶりとあって、多方面から注目を集めたことは記憶に新しい。この提言では、日本では経営者がデザインを有効な経営手段と認識していないことが、グローバル競争での弱点になっていると指摘されている。
企業の採用競争力を高めるためにもデザインという手段は有効なのか。「デザイン経営」視点から採用を紐解いたとき、企業の採用はどのようにデザインされるべきなのだろう。
デザイン・イノベーション・ファームTakramの代表を務め、「産業競争力とデザインを考える研究会」にも委員として参画する田川欣哉氏に、「デザイン経営とは何か」、そして「デザイン経営時代に求められる採用」について話を聞いた。
時代の変化にフィットするように、組織も変化しなければいけない時期

──本題の採用についてお伺いする前に、まず『「デザイン経営」宣言』が提唱された背景からお伺いしたいと思います。なぜ今経営にデザインが求められているのでしょうか。
デザインというキーワードに”今”注目が集まることには理由があります。現代はデジタルによって産業構造が目まぐるしく変化している途中で、組織もそこにフィットするように変化をしなければならない時期です。
その変化とは、今まで画面の中だけでおこっていたデジタル、インターネットというものが、リアルな社会に出てきたということ。たとえば、ネット上で宿泊場所の貸し借りができるサービス「Airbnb」は空間を、自動車配車が行える「Uber」は人の移動を、それぞれインターネット化しました。これまでデジタルと関係がなかった人たちまでも、いよいよデジタルに取り込まれる。強い言葉で言うと、関係のないままでは“ディスラプト”される。そんな時代に、全世界的に突入してしまったのです。この傾向は以前からありましたが、ここ1〜2年の間に顕在化してきたと思います。
企業が変化する手段であるマーケティングの方法論やものづくりの仕方も大きく影響を受けています。ただ、様々ある手段の中で、デザインが大きくクローズアップされているのです。
──それは、なぜでしょうか?
企業の提供価値の中で、「体験」の比重が上がっているからです。マーケティング用語に「4P(Product・Price・Promotion・Place)」というものがあります。「企業の製品やサービスが世の中に受け入れられるためには、この4つが揃っていないと駄目だ」ということを表しているのですが、最近はここに「Experience」が加わって5Pと呼ばれるようになりました。
そもそもデザイン分野の取り組みというのは、この「Experience」を良くすることにあります。企業に求められる価値が、4Pから5Pに移行するなかで、デザインの存在感が大きくなってきているのだと思います。
──5Pの5つが揃っていなければ、企業が受け入れられない時代なのですね。
デザインを中軸に置かない企業は、5Pがスタンダードの時代においては価値を提供できなくなるでしょう。感度の良い経営者は既に気づいています。しかし過去にビジネスモデルとして4Pで成功してきた人たちは、「Experience」を考えなくても、まだ商売ができています。でもそれが、あっという間に成り立たない世界にシフトしてしまうことに気づいていない人が多くいる。だからこそ、「なぜ今デザインなのか」ということを、経営者たちとシェアし、この”チャンスであり危機でもある”時代の地殻変動に備えるために、『「デザイン経営」宣言』をまとめました。
──企業が大きな変化への対応を迫られるなか、事業推進に貢献できる人材は希少です。今、多くの企業が「よい人を採用できない」と悩んでいます。「デザイン経営」における採用は、どうなるとお考えでしょうか。
前提として、デジタルの話を先にしたいと思いますが、Beforeデジタル・インターネットの世界では、一つの企業が社会と直接繋がり合うインターフェースがありませんでした。だからこそ、広告をはじめとしたマスコミュニケーションが介在し、情報を差配していた。各メディアにフィットするコミュニケーションが求められたのです。たとえばテレビCMならば枠数が決まっていてそれを取り合い、かつ数秒という決められた枠内で表現をしなければいけなかった。だからインパクト重視のコミュニケーションが求められたのです。しかしインターネット時代の今では、各社がウェブサイトを持ち、自分たちの伝えたいことを自由に表現できます。たとえば、YouTubeを使って、数時間にわたりコミュニケーションしても良い。
採用の話も同様で、これまでは扱える情報量が限られていたので、仕事の概要や年収・福利厚生といった、他社と比較できるような情報を出すしかなかった。でも画一的なコミュニケーションに捉われなくてもよくなった今は、オリジナルで多様なコミュニケーションを行えます。それこそ、「その企業で働く自分」を想像させたり、友人がその企業で働いているかのような感覚を覚えたりするコミュニケーションを、万人に向けてできるようになったのです。
自社のポジショニングを明確化し、透明性の高い状態を作る

これまでの採用では、画一的な履歴書の情報にもとづいて、”世の中のスケールで測った良さそうな人”を上から順に選んでいたと言えるでしょう。そして応募する側も限られた情報から企業を選んでいた。両者とも限られた情報しか出しておらず、お互いに”偏差値順”で選んでいたのです。その人がいい奴か、価値観として何を持っているかなんてわからない。そうしてミスマッチが起こり、会社に合わず、パフォーマンスが発揮できない状態で居続ける人材が、”澱”(おり)のように溜まってきた。
それはお互いにとって不幸です。
僕の思ういい組織は、「その会社がやりたいと思っていることを、本当にやりたいと思っている人たちだけでやっている会社」です。会社と自分の方向性が一致しており、隣の人もそうだという「心的安全」があることです。
──そのような状態を作るには、どうしたらよいのでしょうか。
企業が自社のブランドのポジショニングを明確にして、ミッションやビジョン・社員のスタイルが、外から見てもはっきりしているような、透明性の高い状態をつくることです。そうすれば、そもそも会社に合わない人はエントリーしてこない。入社後のミスマッチも減らせます。人材の流動性が低く、ミスマッチがあっても企業内に留まり続けるケースが多い日本企業においては、合わない人がエントリーしてこない状況をつくることが大切だと思います。
情報発信を通じて共鳴度の高いファンができ、採用につながる

──企業が透明性の高い状態をつくるためのヒントはありますか。
採用の話は企業と顧客の関係にも近いので、透明性の高い情報発信で成功しているブランドのケースは参考になると思います。たとえば、量販店を通さないビジネスで伸びているアメリカのD2C(ダイレクトトゥコンシューマー)の会社は大抵、企業のSNSに頻度高く創業者が出てきますし、商品だけではなく会社のことが伝わるようなストーリーを多く公開しています。情報発信を通じて、会社に対する共鳴度の高いファンができていくわけです。こうした流れの中で、会社や人に愛着を持った人たちが、採用でも応募するようになっています。
一方で、ファンになってもらえるような、社内のヒストリーやフィロソフィー・経営者のユニークさ・従業員同士の仲の良さなど、会社の本質的な価値が一層求められているとも言えます。価値がない会社は透明度の高い状態はつくれないどころか、今後生き残れなくなる。これは「デザイン経営」の重要なポイントです。ただデザインを導入すればいいわけではなくて、“中身”があることが第一なのです。
──企業の本質的な価値が問われるのですね。自社の”中身”が「わからない」、もしくは「無い・足らない」と感じている企業もありそうです。
僕はよく「足す引く磨く」という話をします。エコシステムでいう「流入」「排出」「維持」を1:1:8の割合で進めていくのです。自分たちの目指す方向性を決めて、その方向に進むために新しいものを「足す」、少し直せば修正できるものは「磨く」、修正をかけてもはまらないものは「引く」。それを2年くらい実行すると、ブランドがくっきりしてくると思います。
中身をともなった企業ブランドがある上で、オウンドメディアで効率的なコミュニケーションを行えば、マーケティングコストや採用コストをかけなくても、磁力のように、自分たちにとって大切な人たちが近づいてきてくれるようになる。このスタイルは、デジタル時代における採用のスタンダードの一つになるはずです。