
「デザインを経営の軸に据えることが、企業の産業競争⼒の向上に寄与する」―経済産業省・特許庁による提言『「デザイン経営」宣言』では、デザインを経営に生かすことの重要性が示唆された。以降、その取り組み方や実践例に注目が集まっている。
そんななか、1997年の創業当初より自分たちが大切にしている価値を表現し続け、結果として『デザイン経営』先駆者の一つと捉えられている企業がある。
株式会社スマイルズ。食べるスープをコンセプトとしたスープ専門店『Soup Stock Tokyo』、セレクトリサイクルショップ『PASS THE BATON』など、独自の価値観が光る事業展開で知られる。同社のブランドは、市場にこれまでなかった新しい価値を提供し、ファンを増やし続けている。
唯一無二のブランドは、どうやってつくられているのか。そして採用はどのようにデザインされているのか。スマイルズの代表 遠山正道氏に話を聞いた。
思い描いた理想を絵にすることから、すべては始まった

-『「デザイン経営」宣言』において、「デザインは、企業が⼤切にしている価値、それを実現しようとする意志を表現する営み」と定義されています。御社は特にその点を社内外に対して丁寧に行われている印象があります。『デザイン経営」を実践する企業として注目されていることを、どう感じていらっしゃいますか。
そうですね。こういう言い方が正しいかわからないですが、デザインというのは大事なものですが、私たちにとっては昔から当たり前なもの。社内で特別にデザインを意識していることはないんですよ。
私は「ビジネスの世界に『自分ゴト』を取り戻したい」と考えていて、アートとビジネスの関係をお話することがよくあります。「自分たちが何をしたくてどうするか」というところが一番大事で、それがアートだとすれば、そのような理念を見つめ直し、可視化・共有化をするのがデザインということになるかもしれませんね。
-遠山さんご自身、企業理念の『生活価値の拡充』を、『スマイルズのある1日』というビジュアルで表現されていますが、その背景を聞かせてください。
メンバーに向けて描いたというよりは、自分自身に向けて目指す方向を整理したかったんです。会社をつくって5年、経営が苦しかった頃でもあったんですね。その時コーチングの方に「遠山さんがスマイルズを始める時に思い描いていた理想の姿ってどんなものですか?」と聞かれました。そしてそれを「今、実現できていますか?」と。

正直、全然できていなくて、涙が出てくるような状態でした。それで描いたのがこのビジュアルだったんですよ。目指す姿を描いているのに、右肩上がりに上昇して、拡大して、というものでもなくて、スパイラルになっている。この意味は未だに自分でもわかっていないんですけど(笑)、でも今見ても、目指すところはこういうイメージだと思います。
ぐるりと矢印が辿る最後には、鶏が一匹いるだけなんです。これは、『スマイルズの3つの大切なことの中のひとつ、スマイルズらしさをまとめた『5感』でも表現していることです。例えば「100よりも1000の方が偉い」「質より量」と言った価値観は、スマイルズにはない。資本主義の中にあると、価値の最大化と言って、とにかく拡大することが求められ評価される傾向にあります。その考え方に対して、アンチテーゼを掲げたいという気持ちの表れです。
矢印が見る人の側に向いているのは、「次の一周は、見ているあなたが回してね」というメッセージを込めています。私がまずやってみるから、一人ひとり、みんなもやってねという感じでしょうか。
敢えて「お客様のために」とは言わない。『自分ゴト』を大切に

-これは、ご自身の気持ちをビジュアル化したということですが、今やスマイルズに集う皆さんにとっての共通の旗印になっていると伺っています。では、その旗の思いを実現できるのは、どういう人材だとお考えでしょうか。
『自分ゴト』で物事を考え、進めていける人材でしょうか。あまりに『自分ゴト』と言うと、「お客さまは無視でいいの?」なんてことも言われかねませんが、その認識は違います。現場に立てばわかることですが、どんなに大変な一日だったとしても、お客さまに「美味しかったよ」「ありがとう」とひと言、声をかけていただくだけで、疲れなんて吹き飛んでしまう。それはみんな体感し、知っています。「お客さまのために」ということは言わなくても当たり前のことなんです。だから、敢えて打ち出さない。ただし、お客さまを大切にするためにも、自分たちに責任を持ち続けなければいけないと思います。
『自分ゴト』ということはつまり、他人のせいにはできないということ。「お客さまのために」とか「世の中のために」といった言葉は、聞こえはいい。でも、上手くいかなくなった時に、相手のせいにしてしまいがちです。「自分がどうしたいのか」自分の発意を持ち、リスクをとってでも前に進む組織でありたいと考えています。
『自分にエンジンがついている人』『私よりも魅力的な人』を採用する

-『自分ゴト』化できる人材を採用するために、採用時に見極めているポイントはありますか?
そうですね、2つあるんですが、ひとつが『自分にエンジンがついている人』、そしてもうひとつが『私よりも魅力的な人』を採用するということです。
『自分にエンジンがついている人』というのは、汽車でいうところの先頭車両。燃料となる石炭を自分でくべて、自分でハンドルを切って前に進んで行くイメージです。後ろに続く車両だけがあっても、汽車は動かないじゃないですか。もちろん車両がなければ荷物は載せられないので、車両も必要。でも、10人いたら10人が、先頭車両のように自分で自分を前に進めていける存在であって欲しいんです。
その上で、役割やプロジェクトの状況に応じて、荷物を載せて先頭車両に追随する車両に変身しながら、目的地に進んでいって欲しいんですよ。
それから『私よりも魅力的な人』については、ここ4~5年ずっと言っていることかもしれません。総合的にでなくても、局所的にでもいい。「めちゃくちゃ愛らしい」でもいいし「語学に長けている」でもいい、「超オタク」も大歓迎です。どこにでも一緒に連れ回したくなるような魅力的な人であって欲しい。
そもそもスマイルズは小さなチームという感覚でやっているから、やっぱりいいチームでありたいんです。ルパン三世のようなイメージ。たとえば五右衛門は寡黙で一見とっつきにくいかもしれないけれど、冷静な判断ができ、ずば抜けた身体能力を持っている。だからこそルパンがリスペクトするわけじゃないですか。
「素敵」は当たり前。会社として大切にしていることが表現できているかどうか

-確かに、スマイルズの社員の皆さんは能動的で魅力的な方が多い印象です。どうやったらそんな人材を集めることができるのでしょうか。例えば最近では、2019年の第二新卒採用のキャッチコピーが印象的ですね。
『キミの可能性とその目のキラメキにかけてみたいと思ったんだ採用』ですね。これはクリエイティブのメンバーが作ったコピーですけど、すごくいいですよね。スマイルズは言葉を大事にしているんです。会社やブランドを無機質な物体とは捉えていなくて、人格を持った存在と受け止めています。

例えば『スマイルズさん』は穏やかで、ユニークさも持った楽しいキャラクターだけどチャレンジャーでもある。スマイルズさんが発信する言葉なのだから、そのキャラクターにもとづいた内容であるはずだし、例えば乱暴で人を傷つけるような言葉は出てこないはずです。
様々あるスマイルズの事業に共通するのは『世の中の体温をあげる』事業であること。そんな事業を引っ張っていってくれる、乱暴に言えば、可能性とキラメキだけに満ちた第二新卒者を採用するにあたっての思いがしっかり伝わるコピーだと思っています。
-自分たちが大切にされていることを絵や言葉、そして社員一人ひとりの存在を通じて、当たり前のように表現されている。それは遠山さんだけではなく社員の方にも浸透しているということですね。
クリエイティブをつくるメンバーをはじめ、みんながこだわってくれていますね。かっこいい・素敵ということは大前提で当たり前。スマイルズが発信することは、先ほどもお話しした、スマイルズさんという人格が発信することとイコールです。
新規事業の内容しかり、採用広告しかり、お店のロゴやお店に置かれているリーフレットしかり、すべてにおいて、『世の中の体温をあげる』というメッセージ、『生活価値の拡充』という企業理念、そして『5感』というスマイルズらしさ。この3つが伝わるものになっていると思っています。
一人ひとりが自分の人生をデザインして進んでいける集団になりたい
最後に一つだけ。私自身、最近大きなチャレンジをしていまして、『The Chain Museum』という新たな事業をリリースしました。アートの次のあり方を創ろうと始めたことですが、まさに自分の発意で、私財を投げ打ってリスクも背負って(笑)、前に進んでいます。つまり、トップも『自分ゴト』で取り組んでいるんです。こういう姿を、経営陣はもちろん社員のみんなも見ていてくれる。私も含めてスマイルズ全員が、そうやって自分の思う方向に進んで歩いていければいい。
スマイルズは、自分の人生を自分で作っていく可能性・機会を持っている会社だと思っています。自分で自分の機会を創出できる、そんな状態でありたい。つまりは、一人ひとりが自分の人生をデザインして進んでいける集団になれればと。そんな風に思います。