
2020年以降のコロナ禍では、リモートワークが浸透し、採用のオンライン化も進んだことで、地方採用を取り巻く環境が大きく変化している。地方に本社を置く企業にとっては、大都市圏のウイルス感染者が増加したことで地方に移住する人が増え、また、リモートワークが可能になったことで、首都圏に住みながら地方企業に貢献したいという動きもある。大都市圏の企業にとっても、リモートワークが進んで地方に在住しながら大都市圏の企業で働くことが可能になり、また、採用のオンライン化が進んでからは、地方在住の求職者が大都市圏の企業の面接を受けるハードルが下がっている。
変化にいち早く適応すれば、厳しさが増す採用環境のなかで自社の状況を大きく改善できる。一方、これまでの採用施策をアップデートできなければ、さらに厳しい状況になる可能性が高まっている。
この鼎談では、以前からオンライン採用を取り入れ、先進的な施策を行ってきたサイバーエージェント 専務執行役員 人事管轄採用戦略本部長の石田裕子氏と、長野県に本社を置き、地元の魅力を発信することで採用を促進してきたヤッホーブルーイング 代表取締役社長の井手直行氏をお招きした。採用をテーマに幅広く研究を行う連合総合生活開発研究所 主幹研究員の中村天江氏がファシリテーターを務め、地方採用の新たな変化と求められる打ち手を、おふたりに経営の視点で語っていただいた。
前編は、コロナ禍によって地方採用をめぐる環境がどう変わったのかに焦点を当て、現状を分析していく。
サイバーエージェント石田裕子氏(左)。専務執行役員 人事管轄採用戦略本部長。2004年新卒でサイバーエージェントに入社。広告事業部門で営業局長・営業統括に就任後、Amebaプロデューサーを経て、2013年および2014年に2社の100%子会社代表取締役社長に就任。2016年より執行役員、2020年10月より専務執行役員に就任。採用戦略本部長兼任。
ヤッホーブルーイング井手直行氏(中)。代表取締役社長。1967年福岡県出身。大手電気機器メーカー、広告代理店勤務などを経て、97年のヤッホーブルーイング創業時に営業担当として入社。地ビールブームの衰退で赤字が続くなか、ネット通販業務を推進して2004年に業績をV字回復させる。08年、社長に就任。社内でのニックネームは「てんちょ」。
中村天江氏(右)。連合総合生活開発研究所主幹研究員。商学博士(一橋大学)、専門は人的資源管理論。「労働市場の高度化」と「働き方の未来」をテーマに調査研究や政策提言を行う。2017年より、中央大学戦略経営研究科客員教授。政府の同一労働同一賃金や東京一極集中の委員を務めた。近著は『採用のストラテジー』慶応義塾大学出版会。
サイバーエージェントはオンライン採用で、物理的な距離に関係なく応募数が増加
中村天江(以下、中村):コロナ禍によりリモートワークが進むなか、先進的な企業は採用でも変革を起こしています。今日、おふたりに伺いたいことは大きく3つあります。1点目は、この環境変化のなかでどんな取り組みをしてきたのか。2点目は、御社ならではの採用の特徴や秘訣。そして3点目は、今後の採用に関してどんな青写真を描いていらっしゃるのかです。
サイバーエージェントでは、コロナ禍前から採用のオンライン化を進め、地方にいる人材の採用にも積極的に取り組まれてきていますね。地方にいる人材の採用は、コロナ禍の影響を受けましたか。
石田裕子(以下、石田):サイバーエージェントでは2016年から「地方就活生コミュニティ FLATOP(フラットップ)」を導入し、全国各地、海外も含めて居住地に関係なくサイバーエージェントのカルチャーに合った人を採用しようということで、積極的に採用活動を行っています。
これまでのスタイルは、我々が現地に出向き、新卒を対象とした説明会を開催し、その場で選考を行っていくものでした。しかしコロナ禍を経て、「居住地の壁」は完全に突破した印象があります。地方からのエントリー数は、20年度、つまりコロナ前と比べて、21年度は250%から300%と増加になりました。求人への応募、インターンシップ、採用イベントなど、すべてにおいて地方人材の参加が非常に増えた2年でした。
中村:3倍の増加となると、状況がまったく変わりますね。
石田:そのとおりです。たとえばインターンシップの選考会を開催していたときは、首都圏在住の学生が8割から9割でした。しかし今はすべてがオンライン化したことで、全国各地から学生が参加してくださる状況が生まれています。
中村:地方の学生が増えたことで、どんな変化がありましたか。
石田:視点が面白いというか、それぞれ独特のバックグラウンドがあるところでしょうか。考え方や価値観が多様化している今、住んでいる場所により、経験していること、学んでいること、力を入れてきたことが異なるのはメリットです。それぞれの視点が、インターンシップのグループのなかでシナジーを生み、良いアウトプットにつながっています。
中村:「多様性」は企業が発展していくためのキーワードですよね。地方からもアクセスが増え、採用人数に占める地方と首都圏出身者の比率も変わりましたか。
石田:ざっくり言うと、コロナ前は首都圏8:地方2でした。それが7:3とか、場合によっては6:4ぐらいまで地方出身の方が増えています。
中村:オンラインによって、採用する企業も、地方在住の学生も、チャンスが広がりますね。
井手さんはいかがでしょうか。ヤッホーブルーイングは、「クラフトビールを通じて 日本のビール文化を変えたい」というミッションが示すように、長野県に拠点があることが企業の魅力に結びついています。コロナ禍によって採用にはどのような変化がありましたか。
井手直行(以下、井手):石田さんのお話を伺って、サイバーエージェントさんが現地で説明会などの対応をされていたのはさすがだと思いました。我々はそこまではできないので、コロナの直前までは東京で説明会や面接を行っていました。以前は長野でも開催していたのですが、地元出身者以外はアクセスが不便なので、東京に絞ったほうがスムーズだろうと。それがコロナによりできなくなり、説明会も面接もすべてオンライン化しました。採用までは直接会うこともない状況が2年続いています。
その結果、今までは東京に行かないと説明会に出席できなかったのが、気軽にオンラインで受けられるので、応募の数が格段と増えています。オンライン面接も、遠方の求職者からは「受けやすくなった」と好評です。
リアルで会えれば一番ですが、オンラインでも代替はできるとわかったことは大きな変化でした。説明会も面接もお互いに長距離の移動がなく、求職者は気軽に応募できる。応募数も増えるなど、オンラインのメリットは非常に大きい。今後コロナが落ち着いたとしても、採用はリアルとオンラインの併用で行っていくつもりです。
ヤッホーブルーイングではオンライン化で応募数が増え、より厳選な採用が可能に
中村:オンライン化によって応募数や接点が増えるというのは、石田さんのお話とも共通しますね。応募者数が増えると、やりとりの手間が増えるなど、嬉しい悲鳴もあったのでしょうか。
井手:もちろん問い合わせは増えましたが、我々の場合は移動がなくなったことと、書類選考でかなり線引きをするので、オンライン化で大変になったというより、効率的になった部分が大きいですね。
中村:学生にとっては、応募者数が増えたことで、書類選考の関門がより高くなっているかもしれませんね。そんななかで、ヤッホーブルーイングに採用されるのはどんな人材なのでしょうか。
井手:我々には評価軸が2つあって、1つ目はカルチャーフィット。2つ目が“うちの評価の基準での優秀さ”です。ヤッホーブルーイングには経営理念として定めている重要な指標がいくつかあり、そこに共感する社員が集まっています。
そこを軸に社員の評価も行いますし、面接でも社員と同じ軸で求職者を判断しています。あくまでも“うちの評価の基準”ですが、そこで一定以上の優秀さがないと採用しません。この2軸で素晴らしい人しか残らないので、まだ小さな会社ではありますが、新卒採用も中途採用も通過率は100倍くらいです。
中村:100人に1人とは狭き門ですね。「よなよなエール」をはじめとする製品が全国ブランドになり、その独自性に魅力を感じ、我こそはという人が集まってくるのですね。
井手:製品に魅力を感じてくれる層は一定数います。あとは製品から当社を知り、会社そのものに興味を持った層です。調べてみたら、いろいろチャレンジングなことをやっていて働きがいがありそうだと。自分の力を発揮しながら働ける、チームワークがある、風通しの良い会社、そういったことがフックとなって応募してくれる方たちが、近年では圧倒的に増えてきました。
中村:そうなると本当に素晴らしい人材やポテンシャルがある人材が集まるでしょうね。
井手:本当にそうです。今の時代に私が入社面接を受けたら、必ず書類選考で落ちるだろうなと。信じられないような優秀な方が中途で入ってきてくれています。
中村:採用に成功している会社は、サイバーエージェントもそうですが、社員が自分よりも優秀な人を獲ることに力を入れています。採用が会社をより強く、魅力的にしていく、その繰り返しです。ヤッホーブルーイングも、その階段を急激に上がっていらっしゃる気がします。
井手:ほんの10年ぐらい前は、広告を出しても誰も応募してくれなかったのですが。今も門戸を開けて中途採用をひっきりなしにしていますが、会社の成長を考えるとまだまだ人が足りない。たくさんの応募のなかから、本当に欲しい人材を厳選採用できるいい循環になっています。
地方採用でも、地方で働くことのリアルを伝えてミスマッチを防ぐ
中村:ヤッホーブルーイングには全国から応募が集まるということですね。一方で地方企業からは、有名な大企業であっても、非常に魅力的な仕事であっても、地方への引越しがネックになり最終的に選ばれないという話をよく聞きます。そういったことは起きていないのでしょうか。
井手:長野へ引っ越しする方の割合が年々増えてきていますが、居住地の問題はあり、一定数は地元を離れたくない、東京がいいという方がいらっしゃいます。
そこを解消するためにも、採用の情報発信では長野の魅力をしっかり伝えるようにしています。都会で生活している人は、自然豊かな場所で働いたり、暮らしたりするイメージがない。そういった声をたくさん聞いていたので、長野県のコンテンツ集のようなものをまとめてお渡ししたりしています。長野の暮らしのメリット・デメリットを率直に伝えながら、ありのままの魅力をきちんと伝えていきたい。それによって移住のハードルがぐっと下がったという人もかなり増えていますね。
中村:「ありのまま」は大事なキーワードです。求職者側からすると、キラキラした社員像や、働き方のメリットばかりではなく、入社後の難しさや超えなければいけない壁など、本当のところを知りたいですものね。
サイバーエージェントは「どこまでをリアルに伝えるか」という問題に関して、何か工夫をなさっているのでしょうか。
石田:弊社では採用に特化した広報チームを設立し、「採用広報」を強化しています。オウンドメディアやSNSを通じて会社の魅力をアピールする場をたくさん作っていますが、「きれいに見せようとしていない」というのが実態です。
今は上辺だけのキレイごとを言っても、実態が伴っていなければ嘘だとばれてしまう時代です。お互いにミスマッチも生まれやすくなります。井手さんがおっしゃったとおり、こういう大変さはあるけれど、こんな楽しさもあるというように、社員の声を通じてありのままを発信することを心がけています。
中村:そうなんですね。そこまでしても起きてしまうミスマッチはありますか。
石田:どうしても華やかな業界と捉えられがちなところはありますね。これはどんな業界やどんな企業も同じだと思いますが、楽で華やかで、キラキラしているだけの仕事はありません。その認識のずれが生じないように、選考フローの過程でちゃんと伝えるようにしています。
中村:サイバーエージェントは、時代の先端を行くイメージがありますし、「キラキラ企業」としてよく名前も挙がります。そこを見過ごさず、ありのままの現実を伝えるのは、必要なプロセスなのかなと感じました。
後半では、地方人材を採用するに当たり、どのように採用施策をアップデートしているのか、具体策を伺っていきたいと思います。
この連載の記事一覧
- サイバーエージェントとヤッホーブルーイングが経営視点で語る、コロナ禍の採用オンライン化で激変した地方人材の採用――地方採用鼎談前編
- サイバーエージェントとヤッホーブルーイングが考えた、社会が変化するなかで地方採用を成功させるための打ち手――地方採用鼎談後編