大学のゼミやサークルで、塾の評判が広がる
――学習塾業界では講師の人材不足が問題となっているようです。採用活動の実情について教えてください。
学習塾業界では、1人の講師が1~3人の生徒を教える「個別指導型」の塾が増えています。集団授業と比べると大人数の講師が必要となるため、社員だけでは到底間に合いません。したがって、ほとんどの個人指導塾では、大学生のアルバイト講師に頼らざるをえない状況となっています。
アルバイトの時給は高めに設定されているため、条件面はそれほど悪くないでしょう。しかし、なかなか大学生を集めることができず、苦労している学習塾が多いのも事実です。
――塾講師のアルバイトは、なぜ大学生に不人気なのでしょうか?
気軽に休めない、無理やり授業を任されるなど、大学生にとって不都合な点が多いからです。塾の夏期講習や冬期講習を実施する期間は、大学でのテスト勉強期間やサークルの合宿等と重なることがあります。にもかかわらず、塾の仕事を優先させられるケースが多いのです。そういった悪い噂が地元の大学やサークルの中で広まると、塾講師に応募する学生が減ってしまいます。
かといって、求人情報に「大学のテスト前は自由に休めます」「大学生の都合を最優先します」と書くことはできません。アルバイト講師がいないと授業が成り立たなくなってしまいますから、そこはうまく調整する必要があるでしょう。結局のところ、大学での口コミや先輩からの紹介が採用活動において大きな要素となります。
――大学のゼミやサークルなどで、「あの塾のアルバイトは良い/悪い」といったうわさや口コミが広がるのですね。
採用がうまい個別指導塾は、特定のサークルやゼミから代々受け継いで大学生を雇い入れています。同じサークル内で先輩から後輩に「あの塾のアルバイトは良いよ」と勧めていく流れが続けば、毎年決まった数の大学生を採用することができるわけです。
Webを利用した求人は差別化が難しい
――Web媒体を利用した求人や、公式ホームページでのリクルーティングについてはいかがでしょうか?
塾講師専門の求人サイトがいくつかあり、ほとんどの塾が利用しています。ただ、「ここに求人を出しておけば安全」というわけではありません。
一方、公式ホームページを見ると、大手の学習塾中心に授業風景の写真や動画、インタビューなど様々なコンテンツを掲載しています。そこから応募が来るケースもありますが、どの塾も同じような内容が書かれているため、あまり差別化にはなっていません。どれだけ良いイメージを与えようとしても、業務内容自体はそれほど変わりませんから。
採用活動という意味では、Webで差別化を図るのは難しいでしょう。
――他の業界ではSNSやブログ、オウンドメディアを利用して情報をオープンにし、採用に繋げている企業が増えているようです。そういった施策を打ち出している例はありますか?
SNSやブログ等を活用している学習塾はあります。ただ、そのようなコンテンツを採用につなげるのは難しいかもしれません。
なぜかというと、塾で働く人たちの裏側を見せても、楽しそうに演出することができないからです。授業以外の業務は、事務処理やチラシをポストに投函する作業など、どうしても地味な内容になってしまいますからね。
――授業以外の実務や裏側をオープンにしても、求人のアピールには繋がらないわけですね。それはアルバイトだけでなく、正社員の採用についても同様でしょうか?
アルバイトも正社員も、Webを利用した求人はきちんと押さえておかなければなりません。ほとんどの塾では、広告を出したり、公式サイトのコンテンツを工夫したりと、Web を利用した施策に取り組んでいます。
しかし、Webでは他の塾となかなか差別化ができないため、オフラインでの採用活動を強化しているのです。
有効な施策は「ポスティング」「就職セミナー」「囲い込み」
――オフラインでの採用活動というのは、具体的にどのような施策なのでしょうか?
前半で説明した「大学のサークルやゼミを通じた紹介採用」のほか、下記のような施策が考えられます。
- 大学生が住むアパート・マンションへチラシをポスティング
- 就職ノウハウを教えるセミナーを開催する
- もともと塾に通っていた生徒をアルバイトで雇い、やがて正社員として採用する
募集計画をしっかり立てている塾は、時期を見て積極的に求人チラシをポスティングしています。大きな大学のまわりには、学生が住むアパート・マンションがたくさんありますよね。そこへ求人のチラシを配布するのです。
新入生はおおむね3月末あたりから入居するため、そのタイミングを見計らって求人チラシを配布するのがポイントです。大学生はWebでアルバイトを探しますが、新しい街へ来て最初に見た情報は、ある程度のインパクトがありますから。「とりあえず行ってみようか」という気持ちになるかもしれません。
――チラシ配布と聞くと古い手法のように思えますが、今でも効果があるのですね。2つ目の「就職ノウハウを教えるセミナー」というのは?
これはどちらかというと、福利厚生に近い施策です。大学生のアルバイト講師に対し、ビジネス研修や就職に役立つセミナーを開催するのです。そうすれば、仕事への意欲が高い大学生が集まりやすくなります。
まだ大手学習塾の一部で始めたばかりの施策ですが、「就職ノウハウセミナーを開催しているのは、うちの塾だけですよ」「単なるアルバイト以上のメリットがありますよ」とアピールすれば、間違いなく他の塾との差別化になるでしょう。
――たしかに、就職に役立つセミナーを受けられるとすれば、大学生にとって魅力的ですね。3つ目の「もともと塾に通っていた生徒をアルバイトで雇い、やがて正社員として採用する」のは、もはやエスカレーター式の採用活動ですよね。
そう、いわば囲い込みです。もし自塾で学んでいた生徒が数年後、地元で大学生になれば、アルバイト講師として誘いやすいでしょう。学生側も、カリキュラムの進め方や塾の事情を知っているため、働きやすいはずです。もちろん講師としての能力を見極める必要はありますが、アルバイトから正社員へ登用するルートも考えられます。
そこまで長期的な視点で採用活動をしている塾は、まだほとんどありません。しかし、もしこの手法がうまくいけば、講師不足が解消できるのではないでしょうか。
――なんとなくWebを活用した求人施策に注目しがちだったのですが、アナログな手法で差別化を図るというのは意外でした。
もちろん、Webでの採用活動は重要です。塾講師専門の求人サイトや自社のホームページなど、基本的なところはきちんと押さえておく必要があります。
しかし塾の講師は、仕事の内容にそれほど差があるわけではありません。Web上でさまざまな施策を打ち出したとしても、どこもみな似たり寄ったりでコンテンツの差別化が難しいのです。そのため、Web はしっかり押さえつつも、オフラインでの採用活動を強化して人材を集めるほうが、現状としては得策と言えるでしょう。
<取材先>
株式会社船井総合研究所 犬塚義人さん
船井総合研究所における、学習塾・専門学校・カルチャースクール・資格スクール業専門のコンサルタント。船井総研内のスクール・教育業分野のコンサルティングチーム「スクール高等教育グループ」のグループマネージャーをつとめている。
船井総合研究所/スクール経営コンサルティング
https://www.funaisoken.co.jp/smart_plan/school/
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TEXT:村中貴士
EDITING:Indeed Japan + ノオト