保育士の有効求人倍率は、東京都で6.4倍に
――いま保育士はどれくらい不足しているのでしょうか?
下記の図は、保育士の有効求人倍率の推移を示したグラフです。2018年11月の保育士の有効求人倍率は3.2倍となっており、高い水準で推移しています。
保育士の有効求人倍率の推移 (厚生労働省“「保育士確保集中取組キャンペーン」について(全体版)”より抜粋)
特に都心部での倍率が上がっており、直近の数字でみると東京都で6.4倍となっています。やはり東京は保育園の数が圧倒的に多いので、どうしても有効求人倍率が高くなってしまう傾向にありますね。
――有効求人倍率は、保育士の定着率の低さも影響しているのでしょうか?
そういった側面もあるかもしれません。ただ一昔前は、定着率の高さは必ずしもプラスに捉えられていませんでした。なぜなら、経験年数が高い人ほど給料が上がるので、園の経営を圧迫するデメリットの一つとしても考えられていたからです。
しかし、ここ数年は人手不足が深刻化しているので、「定着率を上げなければいけない」という機運がようやく高まってきました。女性は結婚・出産により、どうしても30代が手薄になってしまうので、「産休・育休後に戻ってきて欲しい」と声をかけている園もあります。
他にも、「新卒採用しても辞めていく人が多いのは、きちんと教育ができていないからじゃないか」といった課題も現場から出始めました。
――定着率が低いのは、教育体制に問題があるということでしょうか?
そうですね。保育業界は「先輩の背中を見て学んでいく」といった、職人気質の体制がまだ残っており、きちんとした教育体制を構築しようと考える施設がまだ少ないのです。
また新卒の場合は、大学や専門学校で資格を取って3月に卒業し、その後4月にすぐ入職なので、研修期間がかなり短いという問題もあります。一般的な職種だと、仕事しながらも研修期間が設けられているケースが多いですよね。ところが、保育園や幼稚園はほとんどが担任制なので、入ってすぐ子どもたちと密に接しなければいけないのです。
学校で習ってきた保育しか知らない状態で、「ベテランの先生たちを見て学びなさい」となる。その結果、仕事に悩んだり不安が募ったりしてすぐに辞める、といった悪循環に陥ってしまうのです。
保育にも取り入れるべき「働き方改革」
――保育士の定着率を高めるためには、どのような体制を作ればよいのでしょうか?
しっかり研修期間を設けるとともに、メンター制度を整える必要があります。つまり「教えてあげる文化」と、「分からないことを気軽に聞ける文化」を作ることですね。
現場の保育士から理事長などトップに対して、「こんな課題があります」「ここを改善したい」など、声を届ける仕組みを導入している施設もあります。職場の人間関係をうまく整理しながら改善につなげる施策を取り入れている保育園は、保育士の定着率が上がっていますね。
一方で、仕事量と労働時間については、働き方改革で新たな制度を検討しなければいけません。とくに問題となっているのは、事務作業に取られる時間です。保育士は勤務中ほとんどの時間、子どもと接することになります。連絡帳や子どもの記録を書くといった事務作業のタイミングは、せいぜいお昼寝の時間しかありません。そうすると、残った仕事はどうしても勤務時間外に対応することになってしまうのです。
今日子どもたちに伝えたことが、明日の発育につながる。それが保育の仕事なので、引継ぎメモや生活記録などの事務仕事は大事な作業です。ただ、手書きの文化がまだ残っている業界なので、作業に時間が取られている部分は大きいですね。
――そもそも、手書きじゃないとダメなのでしょうか?
保護者との連絡帳などにおいては、保育士自身が「手書きじゃないと伝わらない」と思い込んでしまっているケースが多いのかもしれません。一方で、いま行政で問題になっているのが、提出する書類のフォーマットがバラバラなことです。「クラウド管理でもOK」という自治体が増えつつあるものの、監査の際に「データではなく紙で○年間は保管をお願いします」と言われたり、PDFファイルのデータしか入手できなかったりして、結局は手書きで記入しなければならない帳票類がまだまだ多いのです。
最近では、ICT(情報通信技術)ツールを使って事務作業の時間を減らす取り組みが広がりつつあります。国も補助金を出すことでICT化を後押ししていますが、パソコンに慣れていない保育士も多く、効果が出るまで時間がかかってしまっているのが実情です。
――働き方改革によって、定着率が上がった具体例はありますか?
保育園は発表会や運動会など、行事がすごく多いんです。しかも保育士たちが全部準備しなければならず、その結果、サービス残業が増えてしまいます。そこで、「そのイベントって、本当に必要なの?」と抜本的に見直しをして、行事を減らす改革を行っている園がありました。
恒例行事の見直しは、年間の残業時間を軽減することに大きく貢献します。発表会を止める代わりに、日々の様子を撮影して保護者へ送るなど、別の施策を考える。そういった取り組みで保育士の負担を軽減し、定着率を高めている施設もあります。
あとは、3年目、5年目で研修を実施したり、基準より多めにサポート要員を配置したりすることで、保育士の定着率はアップしています。やはり、昔からの仕組みを抜本的に変えていくのが有効なのではないでしょうか。
「教育体制」と「保育方針の徹底」で定着率アップを
――保育士に長く働いてもらうことは、施設側にとってどのようなメリットがありますか?
保育方針を理解して現場に生かせる人が増えるのは、すごく幸せなことです。細かく指示しなくても意思疎通ができたり、保護者と良い関係性を築けたりするなど、メリットは大きいでしょう。
ただ現実問題としては、新卒が1人入ってくると教育の仕方が分からず、うまくいかないこともあります。子どもを育てることはできても、大人を育てることに慣れていない人が多いのです。そうすると、新卒はなかなか仕事が覚えられなかったり、先輩とのコミュニケーションがうまくいかなかったりして、すぐに辞めてしまう。地方ではそういった悪循環が起きているケースもあります。
長く働いてもらえば、施設側も保護者も安心感が増すでしょう。ただ一方で、誰も辞めない環境がずっと続くわけではないことは認識しなければいけません。採用と教育体制、職場の環境改善はセットで考える必要があります。
――少し話は変わりますが、メディアなどで「保育士による虐待」が取り上げられることってありますよね。これも職場環境が影響しているのでしょうか?
ケースバイケースですが、保育方針の違いがトラブルに発展することもあります。たとえば、新規開園で中途採用の募集をすると、異なる考え方を持った人が集まります。誰かが「うちの園はこういう保育方針です」と指し示す必要がありますが、束ねる人がいないと各自が考える保育方針でそれぞれが仕事をしてしまう。そこで、「これは虐待か否か」の議論が起こります。本人は虐待だと思っていない行為も他の人には虐待だと感じたり、さまざまなすれ違いが発生したりしてしまうので。
――そもそもの話になりますが、保育園によってそんなに保育方針が異なるものなのでしょうか?
食育を例に挙げると、「好き嫌いをなくすため、嫌いなものでも無理やり食べさせる施設」と「嫌いなものは無理やり食べさせず、みんなと遊ばせることを大事にする施設」があります。これは保育観の違いなので、どちらが正解というわけではありません。ただ、無理やり食べさせると、見方によっては虐待に捉えられる可能性もあるでしょう。そこは難しいところです。
長く働いているベテランの保育士が、「これは良い」「これはダメ」と保育基準をしっかり示しながら教えていく。そういった体制を作っていけば、自然と定着率も上がっていくのではないでしょうか。
<取材先>
株式会社船井総合研究所 保育・教育支援部
マーケティングコンサルタント
伊藤 沙穂理さん
「保育園・こども園経営.com」
https://hoiku-kodomoen.funaisoken.co.jp/
参考文献:
厚生労働省『保育士確保集中取組キャンペーンについて』
https://www.mhlw.go.jp/content/11907000/000470882.pdf
TEXT:村中貴士
EDITING:Indeed Japan + ノオト