新規参入による施設の増加で、需要と供給のバランスが崩れている
――昨今、保育士の数が全然足りていないという話を見聞きします。なぜ保育業界では人手不足が続いているのでしょうか?
大きな理由の1つは、需要と供給のバランスが崩れていることです。いま急激に保育園の数が増えており、厚生労働省が発表した直近の数字では過去最高の約3万6,000施設となっています。これは2012年と比較すると約1.5倍です。
かつて保育事業はやや保守的な業界だったので、新規参入を促進する動きはそれほどありませんでした。ところが、待機児童問題および女性の雇用推進などによって、国の施策として保育事業の環境を整備する動きが出てきました。その一つが、2016年に始まった「企業主導型保育事業(※1)」です。
この施策により、事業所内に保育施設を持つ異業種の参入が急激に増えました。施設数が増えれば、当然ながら保育士の確保も必要です。これが保育業界における人手不足の大きな要因であると考えられています。
(※1)企業が従業員のために設置する保育施設や、地域の企業が共同で設置・利用する保育施設に対し、国から整備費や運営費を助成する制度。
――「企業主導型保育事業」によって、企業の中に保育施設を作る事例が増えているということでしょうか?
企業内に福利厚生施設として設置するパターンと、新規事業への参入という形で事業展開するパターンがあります。ただ保育事業は「有資格者ビジネス」なので、保育士の資格を持っている人が少ないと、必然的に人手不足となってしまうのです。
保育士の総数が少ないわけではないのですが、現実としては、資格を持っているにもかかわらず保育の仕事に就いていない人も一定数います。それを「潜在保育士」と呼んでいます。これから先、保育士の母数がそれほど増えないと仮定すると、今後は潜在保育士の掘り起こしに力を入れないといけません。
――資格を持っているにもかかわらず、なぜ保育の仕事に就かないのでしょうか?
やはり給料の問題が大きいのではないかと思います。たとえば、同じ国家資格である看護師と比較すると分かりやすいでしょう。都心部(関東)でのパート時給でみると、看護師は約1,600円なのに、保育士はやっと1,100円程度まで上がってきたくらいです。(船井総合研究所調べ)ただし、資格がいらない仕事と比較すると、それほど低いわけではありません。
ここでいう「給料が低い」は、「仕事内容に見合わない」という意味が含まれています。時間外勤務が長い、持ち帰り残業があるなど、いわゆるブラック気味な要素がまだ残っている業界でもあるので、そこに疲弊している人は少なくありません。
また、保育士は国家資格を有する専門職なのに、その専門性があまり認知されていません。「子育てという意味でいえば、誰でもできる仕事だ」といったように、職業の地位を低く見られる傾向があるのです。命を預かる仕事にしては、軽視されている面はあるのではないでしょうか。
話題となった「不正受給事件」と「保育士の一斉退職」
――保育士の給料は、国の制度によってどのように定められているのでしょうか?
保育事業は国の補助金によって成り立っているため、支払いできる上限が決まっています。保育士側はもっと給料が欲しいし、事業者側としても給料を上げたいと考えている。ただ、人件費率が高まっている中、保育事業はほかに削れるものがない。かといって、自分たちでプラスアルファの売上を上げる仕組みもありません。限られた財源の中でやりくりしなければならないのです。
この問題は国も把握しており、基本給とボーナスの他に「処遇改善加算」が付くようになりました。園や地域によってまちまちですが、1人あたり月額3万円強の手当を出せるくらい、改善されつつあります。このように、何らかの手立てでプラスアルファのお金を投入し、人件費として分配していくことを積み重ねていかないと、保育業界の給与水準は上がっていかないでしょう。
また、地域によっては家賃補助やお祝い金など、独自の取り組みで保育士を集めている自治体もあります。国よりも自治体単位で対策を強化する動きが活発になっていますね。ただ、隣接する自治体同士で保育士の取り合いになるケースもあり、かなり危機感を持って取り組んでいる市町村もあるようです。
――ここ数年、保育業界のさまざまな事件やニュースが話題になりました。先ほど話に挙がった「企業主導型保育事業」による影響が絡んでいるのでしょうか?
大きく取り上げられたのは、補助金の不正受給事件と、世田谷区で保育士が一斉退職したニュースですね。その2つはいずれも「企業主導型保育事業」によって新規参入した施設です。まず不正受給については、異業種から参入してきた企業が新しい制度の抜け道を利用したことで発覚しました。
もう1つ、職員の一斉退職で閉園に追い込まれた事件は、補助金の制度が絡んでいます。保育園の数があまりにも急増したため、補助金の支給が大幅に遅れる事態が起こってしまったのです。たとえば「4月に開園したのに、12月まで補助金が支払われない」となると、経営面に大きな影響を与えます。国も急いで精査してはいるものの、保育施設への支払いが遅れてしまうと、経営者は自らの資金を持ち出して給料を支払わなければなりません。その期間が3カ月~半年となると、どうしても給料の未払いが発生し、保育士も生活できず「お金がもらえないから辞めます」となり、一斉退職に繋がってしまったのです。
新制度自体は保育業界にとって良い話なのですが、半面、新規事業として参入してくる企業にとってはリスクが大きい。そこを理解しておかなければいけません。

給料アップだけでなく、誇りを持って働ける職場環境を
――保育業界の課題と、今後の展望についてお聞かせください。
もっとも大きな課題は、給料および地位の向上でしょう。未来ある子どもたちの命を見ているので、本来であれば非常に責任の重い仕事のはずです。しかしながら現状は、看護師など他の仕事と比べると給料も地位も低くなっています。
最近ではメディアやSNSにおいても、マイナス面ばかり強調されることが多いですよね。給料はもちろんのこと、自信や誇りを持って働ける職場環境の整備と、それを後押しする制度が必要となってくるでしょう。
――単に保育園や保育士を増やすだけでなく、そこで働く人の環境も整えていく必要があるということですね。では、採用する側の視点でみた場合、どんな人が保育士に向いているのでしょうか?
やはり「命を守る仕事」なので、子どものことを考えた発言ができない人は保育士に向いていないでしょう。自分のことばかり考えていたり、他人の目を気にしたりする発言が多い人は、基本的に難しいと思います。
保育士の本音としては、「責任が重い仕事なので、もっと給料を上げて欲しい」という要望がある一方、「子どもがかわいいから、給料が安くても頑張っている」という気持ちがあるのも事実です。ありきたりの答えにはなってしまいますが、やはり「子どもが好き」「一番に子どものことを考えられる人」が、保育士に向いているのではないでしょうか。
<取材先>
株式会社船井総合研究所 保育・教育支援部
マーケティングコンサルタント
伊藤沙穂理さん
「保育園・こども園経営.com」
https://hoiku-kodomoen.funaisoken.co.jp/
参考文献:
厚生労働省『保育所等関連状況取りまとめ(平成 31 年4月1日)』
https://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/0000176137_00009.html
TEXT:村中貴士
EDITING:Indeed Japan + ノオト



