給料が地域水準と比べて低いと、人が集まらない
――昨今は保育士の採用に苦労している保育事業者が多いと聞きます。一般的に、採用がうまくいかない理由とは?
まず、給与水準が地域相場と合っていない可能性があります。たとえば、隣接している東京都北区赤羽と埼玉県川口市では、川口で保育士を募集しても人が集まらず、隣の赤羽に人材が流れてしまう事例がありました。
――それは、赤羽の方が川口より給料が高かったから、でしょうか?
そうですね。東京都心では家賃補助が出るなど、待遇が改善されつつあります。周辺地域の給与水準が上がっていることに気づかず、昔からずっと同じ金額にしてしまっていると、より良い待遇をアピールしている求人に人材を持っていかれてしまうのです。
応募者を増やすためには、付近の保育園がどのぐらいの給与水準で求人を出しているのか、確認する必要があります。また最近では、病院や歯科医院が保育士を募集しているケースがあるので、保育園以外の求人も調べてみましょう。
――なぜ病院や歯科医院が保育士を募集するのでしょうか?
最近多いのは、「お母さんが診療や治療を受けている間、保育士がお子さんの面倒を見ます」というサービスです。しかも、病院や歯科医院が提示する月給は、保育園より高い傾向にあります。保育園だけでなく近隣の保育士求人をしっかり把握した上で、給料を設定しなければいけません。
また、年間休日は125日以上が理想です。なぜかというと、求人サイトによっては検索条件欄に「年休120日以上」という項目を設けているから。、119日以下だと求人検索の時点で埋もれてしまう可能性が高くなります。逆に125日以上だと、他と比較して目を引く求人になるでしょう。給料や勤務日数など、昔から何も変えず求人を出している場合は、細かく見直しをする必要があります。
内定までのスピードと、応募者とのコミュニケーションを大切に
――採用スケジュールは、どのように設定すればいいのでしょうか?
4月に新規開園する場合、前年の7月ごろから採用計画を開始する必要があります。遅くなればなるほど採用が難しくなるので、時期については十分注意してください。
採用方法については、これまで「仕事説明会を開催し、応募者を誘導しましょう」と提案していました。まずは広く人を集めるため、カジュアルな形式で説明会を開催し、そのあと正式な応募へ繋げるという流れです。しかし今は全体的に求人数が増えているので、応募から内定までのスピードをいかに速くするかが重要になってきています。
採用の体制づくりは、新卒か中途かで異なります。新卒の場合は、実務への不安や悩みを抱えていることがあるため、応募者に近い視点を持つ若手職員を中心とした「採用プロジェクトチーム」を作りましょう。
中途の場合は、応募者がこれまでの実務で培った価値観と園の方針に相違がないかを確かめる必要があります。1時間くらい面接をして終わりではなく、園としての教育方針や教育理念を伝えながら、共感を生むための時間を作る必要があります。応募者との接触回数を増やすとともに、スピーディーかつ濃密なコミュニケーションを取ることが大事ですね。
――濃密なコミュニケーションとは?
たとえば、10月に内定を出して開園が4月となると、途中で内定を辞退する人が出てきます。空いた期間内に研修を取り入れるなど、接触する機会を持つことで内定辞退が減るでしょう。開園中の補充採用の場合は、基本的には即日面接、即日内定を出して、1週間後から勤務するくらいのスケジュールが理想です。
名簿作成とアプローチ管理を徹底する
――保育士をうまく採用している保育園では、どのような施策を打っているのでしょうか?
新卒採用の場合は、写真や動画を使ったオリジナルの求人票で目立たせる必要があります。ただ定型文を書いているだけでは応募は来ない、と考えておいた方がいいでしょう。また「こんな保育園ですよ」と方針や雰囲気を伝えるべく、SNSやニュースレターなどのITツールを使った情報発信に力を入れている施設は応募者が増えています。
応募者を増やす施策とともに、名簿作成とアプローチ管理も大事です。しかし実際は、保育業務と兼任しながら採用活動を行っている施設が多いため、応募のメールを見落とすミスが発生しています。せっかくお金をかけて求人を出しても、管理を徹底しなければ意味がありません。応募者名簿を作成することの重要性を認識し、メールが来たらすぐパソコンで名簿シートに入力するなど、きちんと管理しましょう。ただし、応募者の情報は個人情報にあたりますので、取り扱いには十分に気をつけ、情報流出しないような仕組みを作る必要があります。
――アプローチ管理について、もう少し詳しく聞かせてください。
多くの保育園では、「Aさんという人から応募が来ました」だけで終わっていますが、それでは情報が足りません。「応募動機は?」「面接でどんな話をしたか」「なぜ内定を辞退されたのか」など、細かく記録して採用のプロセスを振り返ることは次の採用に繋がるはずです。
また面接の際、来園することを園長しか把握しておらず、他のスタッフから「この人は誰?」という視線を感じて嫌な気分になってしまう応募者が多いようです。「今日面接に来るAさんはこんな人です」と事前に全スタッフへ情報共有しておけば、対応が変わってくるでしょう。些細なことではあるものの、大切にすべき姿勢だと思います。
――応募者へのきめ細かい対応が、巡り巡って採用につながるのですね。
小規模な施設だと、園長が保育業務も採用も面接も、と掛け持ちしているケースが多々あります。また、パソコン操作やITシステムに慣れていない人が多く、事務作業に時間がかかってしまいます。本来であればツールを見直して、応募が来たら自動的にリスト化されるシステムを導入するなど、業務を効率化したいところです。
しかし、基本的には経験の長い人が園長になるため、決済者はどうしても50~60代が多い。そうすると、他の業界では当たり前になっているITシステムやITツールを使いこなせず、いまだに「受付は電話のみ」といった対応になってしまうのです。
――若い世代は電話に苦手意識を持っている人が多いので、応募しづらいかもしれませんね。
保育士をあっせんしている人材紹介会社では、「応募メールが来たら○分以内に返信する」「○分以内にショートメール送る」といったルールを決めています。かたや、昔ながらの保育園では、応募が来ても1週間くらい放置してしまう。1人応募が来るだけでも大変な時代なのに、連絡を怠ることで簡単に逃してしまうのです。そこをきちんと認識した上で、採用活動にあたるべきでしょう。
雰囲気が伝わる写真とともに、自分たちの強みをアピール
――応募者を増やすための求人の出し方・見せ方について、工夫すべき点があれば教えてください。
保育業界はもともと閉鎖的な傾向があるため、取り組んでいる内容や写真を外部にアピールしている施設がかなり少ない印象があります。ホームページをきちんと作り、「どんな人が働いているのか」「どんな風に子どもたちと過ごしているか」をオープンにすることが、応募者を増やす方策の1つといえるでしょう。
給料の提示方法にも工夫が必要です。たとえば「年収ベースで○万円です」と言われても、あまりピンと来ないかもしれません。であれば、「42歳の子持ち主婦で、復帰して2年の場合、月給○万円」と具体例を載せた方が、自分に当てはめてイメージしやすいでしょう。
給与体系や保育方針、施設の内部など、園児や一緒に働く保育スタッフの顔を見せながら紹介し、働く場面をイメージしやすい求人内容にすることが大事です。
――子どもたちの写真を外部へ出す場合、保護者に協力を得ることが難しいケースもあるのでは?
たしかに難色を示す保護者はいますが、一方で「自分のかわいい子どもを多くの人に見てほしい」と協力的な人もたくさんいるので、それほど心配する必要はないと思います。ただし、帽子や衣服に書いてある名前が出ないようにするなど、個人情報には十分配慮しなければいけません。写真掲載の可否は、普段から保護者に協力を得られる関係性をつくれているかどうかによって変わってくるでしょう。
また、保育士の中には「外に顔を出したくない」と拒否する方もいます。その場合はもちろん、本人の意思を尊重しなければいけません。ただ一方で、経営者は自らが「誇りを持って外部にアピールできる施設である」ことを、保育士にきちんと伝えてあげる必要があるでしょう。
保育園業界全体に言えることとして、意外と「自分たちの強み」を認識している人が少ない傾向があります。みんなで話し合いをした上で、「誰にも気兼ねなく休みが申請できる」「事務作業の効率化が進んでいる」など、保育士自身が感じている強みをピックアップしてみましょう。そこで挙がったアピールポイントを求人に出せるかどうかによって、採用活動に大きな差が出てくるはずです。
<取材先>
株式会社船井総合研究所 保育・教育支援部
マーケティングコンサルタント
伊藤沙穂理さん
「保育園・こども園経営.com」
https://hoiku-kodomoen.funaisoken.co.jp/
TEXT:村中貴士
EDITING:Indeed Japan + ノオト