人材確保への危機感からD&Iに着手
――D&Iに取り組むようになったきっかけを教えてください。
運輸業界では、1990年に規制緩和が行われ、運輸業が免許制から許可制となったことで事業者が一気に増加しました。一方で、輸送量自体は2000年をピークに減少傾向となったため激しい価格競争が起こり、労働環境が悪化しました。この状況に「将来、採用が経営課題の上位になる」と強い危機感を持ちました。
まずは、従業員が満足できるような労働環境でなければ、新たな人材を確保することはできないと考え、従業員満足度(ES)の充実のために男性中心だった職場環境に女性の視点を取り入れることにしました。大手企業での勤務経験があり、子育てなどで仕事ができていない女性をターゲットに、2010年にES担当者を募集しました。週3日、1日4時間から、勤務時間帯を午前/午後から選べるという条件で募集したので、多くの希望者が集まりました。ただ条件に合うという点だけではなく、あくまで仕事内容に関心がある人に入社してほしいという思いから、ESに対する捉え方の課題を出しました。これによって採用のミスマッチが防げたと感じています。
これを契機に、女性従業員の割合は2006年の5%から2018年には20%に高まり、経営陣にダイバーシティ経営の意識が共有されて、今では女性管理職数が管理職全体の約半数を占めるまでになっています。
外国籍、LGBTQ、障害者の従業員を幅広く採用
――女性活躍という観点から始まって、今やD&Iの取り組みは多岐にわたります。具体的な取り組み内容を教えてください。
女性をはじめ、子育てや家族の介護をする従業員など、様々な事情を抱えるひとが働きやすいように、繁忙期の部署間連携を可能にするジョブローテーション制度や短時間勤務制度を実施しています。正社員やパートタイムの不平等感をなくすため、賞与や福利厚生などの待遇は一律で労働時間に応じた賃金を設定しています。
2014年からは海外出身者の正社員採用も行っています。海外で採用活用をし、日本で働いてもらいます。新規事業の拡張をフィリピンで行ったことをきっかけに、現地の4年制大学卒業者を対象に募集しました。しかし、フィリピンで大学を卒業した学歴の人が運輸業に携わることは少なく、初めは応募者がありませんでした。
そこで「私たちの会社は地域課題の解決に取り組んでいる」という内容を要項に加えたところ、一気に応募者が増加しました。当時フィリピンでは、社会貢献に取り組んでいるのは国営企業がほとんどだったため、大橋運輸に対する見方が変わったのが大きかったと思います。現在、外国籍の従業員は9人(5カ国)。年1回、帰国する際の旅費の補助や、スムーズな意思疎通ができるよう通訳者を付けるなどのサポート体制を整えています。
また、障害者雇用も行っていて、多いときは従業員のうち5~10%は障害のある人でした。採用時には、家族も含めた面談を行い、障害の内容を細かくヒアリングして無理なく行える業務内容を慎重に決定しています。できないことよりもできることに目を向けて、状況によって柔軟に業務の配置転換を行っています。
性的少数者(LGBTQ)の従業員も在籍しており、性別問わず利用できる「誰でもトイレ」の設置や、履歴書の性別欄廃止、制服を選択制にするなどの取り組みを行っています。さらにLGBTQへの理解を深める研修も実施しています。これらの活動を通じて、今では社内でLGBTQが当たり前のこととして認識されるようになりました。また、LGBTQの当事者に限らず、社内の取り組みに共感する人も含めて採用希望者が増加していると感じます。
説明を積み重ねていくことで従業員の理解を得る
――非常に幅広いD&Iの取り組みですが、難しさを感じる点はありませんでしたか?
導入時には反対の声が上がるなど、すべてがスムーズに進んだわけではなりません。たとえば、外国籍の社員を採用する際に「時間にルーズなのでは?」という懸念の声が出ましたが、それは勝手な偏見であって日本人にもルーズな人はいます。実際、採用して一緒に働いてみると、周囲の社員にもきちんと仕事に取り組める人だと伝わって信頼が高まり、その後の外国籍従業員の採用につながる好循環が生まれたと感じています。
新しいことを始めるとマイナスの意見が出るのですが、それに対して「なぜ必要か」ということを少しずつ説明して、社員一人一人に納得してもらえば壁を乗り越えることができると実感しています。
――D&Iに取り組むメリットをどう感じていますか?
D&Iに取り組むことで人材の採用や企業の認知度向上につながっています。さらに、障害のある人を採用し、できないことよりできることに目を向けることによって、どの社員に対してもできないことよりできることに着目し、チームでお互いにカバーし合う文化が根付いてきました。チームワークや結束力が強まることで、生産性の向上にも結びついています。
また、LGBTQへの理解が深まることで、「こんな言い方をしたら相手が傷つくかもしれない」と相手の気持ちを思いやる習慣ができるといった効果ももたらすなど、様々なメリットも生まれています。
――中小企業がD&Iに取り組むことについて、どう感じていますか?
D&Iというと「大企業にしかできないこと」と考えている中小企業の経営者が多いように感じますが、私は中小企業こそD&Iに取り組むべきだと考えています。というのも、大手企業が取り組んでいることや他の中小企業が手を付けられていないことに取り組んでこそ差別化につながり、広域から多様な人材を確保できるからです。
D&Iとは健康管理と同じようなもので、知識が高まるほどに行動や習慣が変わります。従業員に情報を発信し続けて知識を高め、少しずつ意識を変えていくと、中小企業であってもD&Iは進められると思います。
従業員は、「経営者が本気かどうか」をしっかり見ているので、経営者自身の姿勢と本気度を示しながら、じっくり丁寧に情報発信を続けてください。その先には必ず大きな成果が待っているはずです。
※記事内で取り上げた法令は2022年2月時点のものです。
<取材先>
大橋運輸 代表取締役 鍋嶋洋行さん
1954年創業。愛知県瀬戸市に本社を構え、従業員数は99人(2022年現在)の中小企業。法人を対象に陶器や自動車パーツなどの輸送を請け負うほか、街づくりに貢献するための地域の環境活動やSDGs、D&Iのセミナーなど社会課題の解決を目指した取り組みを継続している。
TEXT:岡崎彩子
EDITING:Indeed Japan +笹田理恵+ ノオト