ハラスメントの防止措置とは
職場のハラスメント対策として、国は2020年6月に「労働施策総合推進法」の改正を行い、パワーハラスメントの防止措置を事業主に義務付けました。大企業にはすでに適用され、中小企業の事業主も2022年4月1日から義務化されます。
この法改正により、事業主は以下の措置をとる必要があります。
- 事業主の方針の明確化及びその周知、啓発
- ハラスメントに関する相談窓口の設置と対応するための体制の整備
- 職場のパワーハラスメントへの事後の迅速かつ適切な対応、など
職場で起こりやすいハラスメントについて
職場で起こる代表的な3つのハラスメントについて、厚生労働省は次のように記載しています。
◆パワーハラスメント
職場で働く者に対して、職務上の地位や人間関係などの職場内での優位性(※)を背景に、業務の適正な範囲を超えて、精神的・身体的苦痛を与えるまたは職場環境を悪化させる行為
※上司から部下に行われるものだけでなく、先輩・後輩間や同僚間などの様々な優位性を背景に行われるものも含まれる。
(平成24年1月 職場のいじめ・嫌がらせ問題に関する円卓会議ワーキング・グループ報告より)
◆セクシュアルハラスメント
「職場」において行われる、「労働者」の意に反する「性的な言動」に対する労働者の対応により労働条件について不利益を受けたり、「性的な言動」により就業環境が害されることです。(『職場におけるパワーハラスメント対策が 事業主の義務になりました︕ ~ ~ セクシュアルハラスメント対策や 妊娠・出産・育児休業等に関するハラスメント対策 とともに対応をお願いします ~ ~』)
性的な内容の発言や行動、性自認や性的指向に対する差別的な言動などが含まれます。この場合、被害を受ける従業員の性自認や性別は関係なく「性的な言動」であればセクハラとみなされます。なお、職場におけるセクシュアルハラスメントには、同性に対するものも含まれます。
◆マタニティハラスメント
「職場」において行われる上司・同僚からの言動(妊娠・出産したこと、育児休業等の利用に関する言動)により、妊娠・出産した「女性労働者」や育児休業等を申出・取得した「男女労働者」等の就業環境が害されることです。
(『職場におけるパワーハラスメント対策が 事業主の義務になりました︕ ~ ~ セクシュアルハラスメント対策や 妊娠・出産・育児休業等に関するハラスメント対策 とともに対応をお願いします ~ ~』)
出産、育児、介護を含めた制度を利用させない、制度利用に関する嫌がらせをするなども該当します。
ハラスメント研修が求められる背景
ハラスメント研修が求められる背景には、下記が挙げられます。
・法律による義務化
前述した「労働施策総合推進法」の改正と同時に「男女雇用機会均等法」「育児・介護休業法」の一部改正も行われました。パワーハラスメント(以下、パワハラ)に加え、セクシュアルハラスメント(以下、セクハラ)やマタニティハラスメント(以下、マタハラ)の防止措置の強化も義務付けられたため(中小企業は2022年4月1日から)、組織のリテラシーを高める必要が生じていると考えられます。
・職場のハラスメントの深刻化
厚生労働省が毎年発表する「過労死等の労災補償状況」の「精神障害に関する労災補償状況」によると、近年はいじめや嫌がらせなど、いわゆるパワハラによる労災認定が上位を占めています。
さらに、セクハラの被害を含めると、毎年100人を超える労働者が労災補償の認定を受けています。このような現状を踏まえ、ハラスメント研修の必要性が高まっていると考えられます。
ハラスメント研修の目的と内容
◆ハラスメント研修の目的
それぞれのハラスメントについての理解を深め、予防について学ぶことで、従業員のリテラシーを強化し、組織としてハラスメントを起こさない風土を醸成することです。
◆ハラスメント研修の種類
ハラスメント研修では、主にパワハラを中心に扱われるケースが増えています。セクハラやマタハラは企業側でも白黒の判断や線引きがしやすい面がありますが、パワハラは指導とハラスメントの線引きがしづらく、発生した場合の影響も大きいと考えられているためです。
セクハラやマタハラについては、個々に研修を実施するよりも、自社の状況に合わせるなど必要に応じてパワハラ研修の内容に加える傾向があります。
ハラスメントには、専門性や最新の知見に加え、法的な問題が絡むなど判断が難しい事案もあります。自社で行うにはハードルが高いことから、外部機関に委託するケースが多いです。
◆ハラスメント研修の内容
一例として、パワハラとセクハラを対象としたハラスメント研修を紹介します。企業が抱える課題や状況などにより、研修内容やカリキュラムは異なります。
参加想定人数:6〜24名
所要時間:180分〜360分(休憩時間を含む)
対象者:一般社員、管理監督者
研修は、ミニ講義とグループワーク、演習を組み合わせて行います。
1.ハラスメントとは
パワハラやセクハラの定義を学び、理解を深めます。
2.パワハラの現状
パワハラの起きやすい組織風土や管理監督者像や実例と被害、リスクについて学びます。
3.パワハラの背景
職場環境の悪化と雇用不安の助長など、パワハラが起こる背景について学びます。
4.セクハラの現状
「男女雇用機会均等法」第11条のセクハラに対する規定の理解を深めるとともに、セクハラが起きる原因と背景などを学びます。
5.ハラスメントの影響
職場でハラスメント事案が生じることで、どのような影響があるのかを学びます。
6.企業が配慮すべき3つの対策と実務
次の3つの観点から、企業が実施すべき内容について学びます。
- 一般防止策
ハラスメントに対する認識を社内で共有するための対策です。
例)定期的な教育研修の実施、など - 未然防止策
ハラスメントの芽を摘むための対策です。
例)相談体制の整備と相談に対する適切な対応、行為者(加害者)への対処方針の規定・周知、など - 再発防止策
ハラスメントの再発を防ぐための対策です。
例)事実関係の調査結果や行為者に対する処分の開示方法の規定、行為者へのカウンセリングの導入、など
7.相談対応とふりかえり
実際のハラスメント事例の検討と、1〜6までに学んだ内容を身につけるための演習を実施します。相談者と相談対応者に分かれ、与えられた指示を元に相談対応のロールプレイングをします。
特にハラスメント研修を行った方がいい企業とは
業種や規模に関わらず、組織として活動している団体であれば、ハラスメントが起こる可能性があります。職場でハラスメント問題が発生すると、被害者や行為者(加害者)はもちろん、周囲の社員や組織など多方面に影響を及ぼします。
中でも組織が受ける影響は多大で、下記のような負担を強いられることとなります。
- 職場のモラル低下
- 企業のイメージダウン
- 生産性の低下
- 人材の流出
- 労災事案や訴訟対応
- 賠償償責任の発生
ハラスメントを未然に防ぐには、誰もが当事者になり得ると認識し、社員一人ひとりがハラスメントに関する理解を深めることが重要です。このような観点から、ハラスメント研修はすべての企業に必要といえます。
ハラスメント研修を行うポイント
◆ハラスメントを組織全体の問題として捉える
ハラスメント事案が生じた際に個人の問題としてではなく、組織の問題として捉えることが大切です。元々あった組織の問題がパワハラという現象で表れることが多いからです。行為者(加害者)に事前ヒアリングを行うと、周囲からかけられた様々な圧力からそうせざるをえなかった事情が語られることもあります。
◆ハラスメントを許さない組織風土を醸成する
対象となる従業員に当事者意識を持って研修に臨んでもらうためには、「ハラスメントを許さない」組織風土を育てることが重要です。
経営者は、以下のような行動をとるといいでしょう。
- 明確な意思表示をする
- ハラスメント防止に向けた行動を率先して行う
たとえば、経営者が従業員に混ざってハラスメント防止研修を受けることは、従業員への強力なメッセージとなります。
◆「ハラスメントにならない指導」について具体的に説明する
パワハラ研修では、「やってはいけないこと」だけを羅列しても理解を深めることにはなりません。受講者に研修で学んだことを業務に生かしてもらうためには、指導とハラスメントの違いを説明し、ハラスメントにならない指導について、詳しく伝えることが肝心です。
たとえば、ハラスメントにならない指導には、「しっかり」「きちんと」などの程度言葉を使わず、具体的に指示を出す方法があります。「後でしっかり確認しておくように」のような程度言葉を使ったあいまいな指示は、人によって判断が異なります。指示を出した上司の要求レベルが高ければ、部下がしっかり確認しても「不十分」とみなされてしまう可能性があります。注意を受けた部下が不満やストレスを抱えるなど、パワハラにつながりかねません。
このような事態を防ぐためには、「この部分とこの部分を確認しておくように」と具体的に伝えましょう。また、指示を出す際に仕事の目的や理由を説明するとミスの軽減につなげられるため、ハラスメントにならない指導として有効です。
ハラスメント研修で得たことを生かすために必要なこと
研修でハラスメントについて学んでも、具体的な行動に落とし込まないと効果はありません研修の最後には下記の項目を入れて、学びをどう生かすか明確にしましょう。
- 管理監督者としてどのように行動するのか意見交換をする
- 自分の行動目標を宣言する
また、研修終了後にパワハラ防止の実践期間や実践を振り返るためのフォローアップ研修を設けるのも効果的です。研修を実施することを目標とせず、ハラスメントを起こさせない組織の育成に向けた取り組みが必要です。
※記事内で取り上げた法令は2021年12月時点のものです。
<取材先>
一般社団法人 日本産業カウンセラー協会 執行理事 清水達也さん
TEXT:畑菜穂子
EDITING:Indeed Japan + 南澤悠佳 + ノオト