◆70:20:10の法則
人が成長する際に役立つとされる要素に「70:20:10の法則」があります。この法則の内訳は、70が「経験」(=自分自身の行動で身につけた知識や技術)、20が「薫陶(くんとう)」(=周囲の人から受けた影響やアドバイス)、そして10が「研修」(=書籍や研修などから得る知識)で構成されています。つまり「研修」は100のうちわずか10しか担っていないのです。
◆成長機会の提供として研修を活用する
従業員に日々の成長意欲がない状態で、研修だけを設けても効果は期待できません。あくまで常日頃から企業側が人材育成の重要さを意識して従業員の成長意欲を育て、各々が「自分の人生における仕事とは何だろう」「この仕事にはどんな意味があるんだろう」と自発的に考える環境を作り、その上で研修を行うのが理想的です。
新入社員の人材育成の目的とポイント
◆新入社員研修は入社1年後を見据えて行う
新入社員の入社時に行われる新入社員研修は、組織の文化に適応してもらうことを目的として行います。即戦力を育てるのではなく、1年後を見据えて研修内容を企画するのがポイントです。
◆現場とのギャップで離職率が上がる?
新入社員研修でよくある失敗に「リアリティショック」があります。たとえば、熱意ある研修の企画者が、志高く意義深い研修を作り上げたものの、新入社員が研修によって抱いた理想と、現場とのギャップにショックを受け、すぐに辞めてしまうという事態を招くことも少なくありません。
こうしたリスクを避けるためにも、研修の企画者はOJTの担当者などと連携しながら、現場での新入社員の受け入れ体制を整える、良い話ばかりではなく現時点での課題も伝えるなど、ギャップが生まれにくい研修内容が求められます。
中堅社員の人材育成の目的とポイント
◆「自分への思い」と「他者への思い」の融合
入社2年目から管理職手前に該当する中堅社員に向けた研修では、「自分への思い」と「他者への思い」が融合する「精神的成熟」を目的とすると有意義なものになります。
誰しもが「自分はこうしたい」「この商品を売りたい」などの「自分への思い」と、「周囲の期待に応えたい」「お客さまに喜んでいただきたい」などの「他者への思い」を持っています。
どちらが強いかは個性ですが、どちらかに偏って仕事をしていると、周囲から孤立したり、あるいは自分を押し殺して苦しくなったりと問題が起こるため、両方の思いがバランス良く両立し、融合していくことが理想的です。
◆融合が進んだ状態で管理職へ進む
この2つの思いを突き詰めながら目の前の仕事に臨むことで、たとえば顧客の要望に耳を傾けながら自分の意見をうまく伝えるなど、レベルの高い提案が実現できるようになっていきます。こうした精神的成熟の段階に達した従業員は、管理職に進んだ後も、チーム、課、部、全社と融合を見いだせる範囲が拡大していきます。
具体的な技術を習得できる研修も大切ですが、このように精神的成熟を促進する自己の振り返り、自分の仕事の捉え方への内省などが研修内容に組み込まれているかが大事なポイントです。
管理職の人材育成の目的とポイント
◆プレイヤーと管理職の違いを知る
管理職を対象とした研修の目的は、プレイヤー(中堅社員までの従業員)と管理職の違いを理解することです。具体的には「目標を引き受ける人」から「組織の一部をまるごと引き受ける人」へ役割転換を行い、雇われる側から雇う側の視座で物事を見られるように意識を変えていくことです。
◆組織に必要なことを判断し実践する
管理職は、プレイヤーだった頃の「与えられた目標を達成すること」に加えて、上司が気に留めていないことや、目標として課せられていないことにも着目する必要があります。中長期の目線を持ち、組織の継続的な発展に必要だと判断したことを実践する意識と行動力が求められるのです。
◆可能なら毎年の研修を
管理職の研修は新任管理職のみ実施、という企業が多いですが、可能であれば毎年、同等の役職の管理職が集まることが、高い視座をもつ管理職を育てるポイントです。一年を振り返って成長したことや課題、今後の取り組みについて考え、言語化する場を設けることが、人と会社が共に成長し続ける環境づくりにつながります。
リモートワークで社員研修を成功させるには
◆withコロナ時代の研修を考える
従来、大半の研修が教室の対面によるもので行われていましたが、コロナ禍でリモートワークが導入され、オンラインでの研修が増えてきました。
withコロナ時代の研修においては、単純に教室の代わりにWebを用いるのではなく、オンライン研修・eラーニング・教室研修の3つの手法を適切に使い分けることが成功の鍵です。扱う課題によって適しているものが異なるため、それぞれの特性を踏まえて実施しましょう。
◆技術的課題と適応課題
研修で扱う課題には「技術的課題」と「適応課題」があります。
技術的課題とは、現在保有する技術や知識では解決ができないものの、解決に必要な技術や知識が存在し、それを用いることで解決できる課題を指します。
適応課題とは、既存の思考では解決することが難しく、従来の価値観や信念の一部を変更、もしくは手放すことが求められるような課題のことです。先述した新入社員の組織適応や、中堅社員の「自分の思い」と「他者への思い」の両立、管理職の「役割の転換」などは適応課題に分類されます。
◆技術的課題はオンライン研修とeラーニングを併用
技術的課題には、専門用語などを学習して習得する「知識」や、思考方法など反復練習をして身につける必要がある「スキル」があります。「知識」の習得にはeラーニングの活用がもっとも適しており、「スキル」はオンライン研修を用いて反復的にトレーニングするとより習得しやすくなります。
また従来の研修は1日がかりのものが多かったですが、オンラインを活用することで、在宅で1、2時間だけなど、ちょっとした時間でも研修を行えるのがメリットです。
◆適応課題は教室研修がベター
適応課題は、自身が無自覚に思い込んでいた前提や、これまでの経験から来る価値観の相対化が必要です。そのため、表情や空気感などの非言語情報も含め、他受講者からの情報も入ってくる教室で実施することがベターです。
対面での実施が難しい場合は、オンラインでも可能ですが、互いが別々の場所にいて行われるため集中力を欠きやすく、言語情報と視覚情報以外の情報が得づらくなります。
◆課題によって、研修手法を組み合わせよう
以上を踏まえて、研修の事前学習はeラーニング、研修初日はコロナ対策の上教室で適応課題を取り上げ、その後の個別指導はオンラインを使うなど、課題によって研修の手法を柔軟に組み合わせると、質の高い研修が実現できます。
また、どの成長課題も技術的課題と適応課題の側面があるため、ケースごとにどちらに分類されるのかを考える、両面からアプローチをするなどの姿勢が重要です。
<取材先>
アルー株式会社 企画広報グループ 中村俊介さん
東京大学文学部行動文化学科社会心理学専修課程卒。損害保険会社を経て、創業間もないアルー株式会社に参画。多くの大手企業の育成体系の構築や組織変革プロジェクトを手掛ける。納品責任者として東証マザーズ上場を迎えた後、現在はエグゼクティブコンサルタントとしてビジネスリーダーの育成やプログラム開発に携わる。
TEXT:宮永加奈子
EDITING:Indeed Japan + 南澤悠佳 + ノオト