自社の環境・風土に合わせて採用基準をつくる
――介護業界は「人が集まらない」「離職率が高い」というイメージがあります。最近の離職率の傾向について教えてください。
下記のグラフは訪問介護員、介護職員の採用率と離職率の推移です。平成30年の採用率は 18.7%、離職率は15.4%で、いずれも前年より改善傾向となっています。なかには離職率10%を切るくらい安定している介護事業所も増えているようです。
平成30年度 「介護労働実態調査」の結果(公益財団法人 介護労働安定センター)より抜粋
――離職率を下げるためには、長く働いてくれる人を見つけることが重要になりますよね。どんな性格の人が、介護職に向いているのでしょうか?
介護業界が合わないのは、物事を白か黒かはっきり分けたがる人ではないかと思います。私は「介護=答えがない仕事」だと考えているんです。正解はないけど合意形成をして、みんなが納得できる解を導き出す場面が多いので。
たとえば、利用者の要望と介護医療面の視点がズレることが多々あります。でも、「あなたの主張は間違っています。私たちが正しいんです」という対応はよくない。お互いの意見を擦り合わせて、みんなが納得できる中間点を見つけなければいけない事象がとても多いのです。それは利用者だけでなく、看護師や他のチームとの関わりの中でも発生します。
白黒はっきりつけることが悪いわけではありませんが、そうしないと気持ち悪いし嫌だという人は、他の職種のほうがよいかもしれません。介護職には、少し曖昧なまま物事を考えていけるような「曖昧力」が必要だと思います。
――利用者の要望と介護士の意向が食い違うというのは、具体的にどんな事象なのでしょうか?
たとえば、歩行が不安定で転倒のリスクがある、でも本人は歩きたいというケース。リハビリをしたり補助器具を使ったりして歩くことを目指すけれど、自由に歩くことは止めたほうがいい場合は、慎重に考えなければいけません。あるいは、介護士としては歩きたい意思を尊重したいけれども、ご家族は「危ないから母を歩かせないでください」と言われることもあります。どちらも間違っているわけではないんですよね。
お酒を飲める施設だと、本人は飲みたいと言うけど、ご家族は「絶対に飲ませないでください」と止めるケースもあります。本人の意思とご家族の希望、介護士の意見をすり合わせて、お互いがある程度納得できる着地点をつくっていかなければいけません。介護って、発生するほとんどの事象がグラデーションなんです。
――良い意味での「曖昧さ」が必要なのですね。介護職に適している人を見極めるためには、面接でどのような質問をすればいいのでしょうか?
経験者の場合は、利用者やスタッフとの関わりから具体的なシーンを引き出してください。たとえば、特別養護老人ホームでの職務経験がある人には、「重度の方と向き合うことはありましたか?」「その中で意識していたこと、印象が残っている経験はありますか?」と聞いていきます。「それは大変でしたね。なぜ頑張れたのでしょうか?」「そのとき○○さんはどう感じられたんですか?」と深堀りしていくことで、その人の本質を見極めます。
未経験者の場合は、対顧客、もしくはチームの中で、他者に対してどういうアプローチをしたのか、いくつか質問をして掘り下げていきます。経験の中から、特に「他者へのまなざし」を引き出していってください。
――質問以外でチェックすべき点や、採用・不採用の基準についてはいかがでしょうか?
ありがちなのは、なんとなく面接して、特に悪いところがなければ採用するケースです。自分たちの組織に合う・合わないをチェックしていないと、失敗してしまうかもしれません。たとえば、「おせっかい気質な人が多いほうがいい」と感じる人がいる一方、「ややドライな組織だけど、それぐらいの距離感がいい」と感じる人もいるでしょう。
手厚くサポートするけど成長を求める会社、指導は緩いけどその分ゆっくり見守る会社など、組織にはそれぞれいろんな特性があるはずです。自分たちの組織に合うのはどんな人なのか、事前にポイントを整理しておかないと、面接でチェックする項目がブレてしまいます。「転職回数○回以上はNG」「履歴書にこんな内容が書いてある人はダメ」といった一般的な項目を見るのではなく、自社の環境・風土に合わせて基準をつくることが大事です。
スタッフの不安を察知してケアすることが、定着率アップに繋がる
――介護職をすぐ辞めてしまう場合、どのような原因・理由が考えられますか?
介護職全体に言えることとして、「自分にできるのか?」「いま行っている手法が正しいのだろうか?」と不安を漏らす方が非常に多いんです。そういう人は適切にケアしないと、「自信がないので辞めます」となってしまいます。不安を早めにキャッチして、適切にアプローチしていくことが大事です。すぐ辞めてしまう理由の多くは、不安が解消されないから。きちんと寄り添ってあげてください。
――具体的には、どういう不安が多いのですか?
利用者に対してどんな声かけ、働きかけをすればいいのか分からないという不安です。新人からは「これでいいんだろうか」という葛藤をよく聞きますね。
老人ホームやデイサービスは近くに先輩がいるので、わりと聞きやすい環境です。でも訪問介護の場合は、社内の教育研修が終わると、そのあとはずっと1人で介護サービスの利用者宅を訪問し続けなければなりません。相談できる人がいない中でそれを続けるのは、不安も大きくなるでしょう。
ただ、「新しい環境に対して不安が強い人は、面接で落としたほうがいい」ということではありません。そういう傾向がある人を周りがキャッチして、きちんとケアしていけば、定着率アップにつながると思います。
面接官の態度をスマホで撮影
――面接の前後で注意すべき点はありますか?
面接の前は、まずスピード感を持って対応することが大事です。中小事業者の課題とも言えますが、採用担当は専任ではなく、通常の業務と兼任している場合が多いでしょう。そのため、応募から合否通知までの流れが遅くなる傾向があります。応募があればすぐに連絡をとり、早めに結果を伝えるオペレーションを整備しておくべきです。
面接の後は、合格者に連絡する際、どこを評価したのかフィードバックしてください。面接でのコミュニケーションを通して相互理解が深まった上での合格である、という納得感が重要です。当たり障りのない、表面的な質問だけの面接で合格しても、応募者は「本当に自分を見てくれたのかな?」と思う人が多いでしょう。
――応募する側としても、「誰でもいいから採用になったのでは?」という不信感が生まれてしまいますよね。
「緊張もあってうまく話せなかったかもしれませんが、○○の話は私たちの思いと重なる部分がありました」「○○が苦手な部分もあるかもしれませんが、お手伝いするので一緒に改善していきましょう」と伝えることで、入社後のモチベーションが変わってくるはずです。
仲間として迎えるにあたって、思いをちゃんと伝えていく。「誰でもいいわけではなく、あなたに来て欲しい」という思いを届けることが、定着率にもつながっていきます。
――野沢さんはこれまで数多くの面接をされてきたかと思います。面接官が心得ておくべきポイントを教えてください。
面接はどうしても強者と弱者の力学が働いてしまいます。社会人と学生、年配者と若者という形で、面接官は何もしていなくても力関係が生まれてしまうもの。面接する側はまったく意識していなくても、受ける側からは強く見えたり、上から目線に感じたりするでしょう。
私が面接官トレーニングをする際は、3人1組で模擬面接を行い、その様子をスマホで撮影するワークを行うことがあります。あとで見返すと、面接官が偉そうな態度や無表情になっているなど、思いもよらない課題が浮かび上がります。そういった気づきを得ると、面接での立ち振る舞いが変わってくるでしょう。
ちなみに私は、面接時にすごく頷きが多くて、前のめりになってしまう傾向があるんです。なので、人によっては引いてしまう危険性があることを自覚しながら面接するようにしています。良い悪いの話ではなく、面接における自分のスタイルをきちんと知っておくことが重要です。
「面接で良いコミュニケーションが取れた」と求職者に感じてもらうことは、合格でも不合格でも大事なことです。転職って、求職者にとってはすごく大きな決断なのに、面接官にとっては日常業務になってしまう。そこにギャップが生じるのです。「この人はちょっと合わないな」と思っても、おざなりな対応をしてはいけません。面接時の対応が、回りまわって施設の評価やブランディングにも繋がっていくはずですから。
<取材先>
株式会社Join for Kaigo 取締役
野沢 悠介(のざわ ゆうすけ)さん
https://kaigohr.com
TEXT:村中貴士
EDITING:Indeed Japan + ノオト