豊富な経験と知識で、即戦力になり得るシニア人材
――まずは、シニア採用の現状について教えてください。
日本では一般的に60歳を定年としていましたが、今では高年齢者雇用安定法のおかげで、多くの企業では65歳までの再雇用が行われています。しかし、実態をみると、再雇用で満足している人は多くありません。現役時代とは処遇も仕事も異なり、自分の今までの経験やスキルを生かす道はないものかと悩んでいる高年齢者が多数います。
――働き手としての「シニア世代」の特徴はなんでしょうか。
これまでの実務で培った、豊富な経験や技術を持っていることです。それらの知見を、即戦力として会社の成長に大きく役立てることが必要でしょう。
to B(取引先企業)の仕事に関していえば、今までの経験からくる判断力と対応力が生きます。トラブルがあってもいたずらに慌てることなく、冷静に最善の対応をとることができるでしょう。落ち着いた物腰が取引先に安心感と信頼感を与えます。
――なるほど。to C(店舗の利用客、サービスの顧客など)の仕事では、どのような特徴が生きるのでしょうか。
利用客や顧客に対しての安心感や親しみやすさですね。特に現代では、お客様も多くはシニア世代なのですから、同世代であれば、遠慮なく質問したり、頼んだりしやすいでしょう。
また、子ども連れや障害者などの社会的弱者に対し、これまでの人生経験から相手に合わせた対応を期待できるのもシニア世代の特徴です。コンビニやファストフード、飲食店などは、モノの売り買いだけでなく、休憩時間などにホッと安らげる店舗の雰囲気が求められています。シニアには経験からくる知識も豊富です。取り扱うものによりますが、お客様へのアドバイスなどでリピート顧客獲得に一役買ってくれることもあるでしょう。
シニア人材の採用における課題
――これからシニア採用を始める企業は増えそうな気配です。自社に合うシニア人材を雇用するには、どのような採用計画を立てればよいのでしょうか。
マーケティングでターゲットとなる顧客がどこにいるかを調査するように、求人をする前に必要な人材がどこにいるかを知っておきましょう。まずは働く意欲と生活資金を軸に、シニア世代を4つに分類してみます。
著書『定年後も働きたい。人生100年時代の仕事の考え方と見つけ方』より
この中で最も人材が埋もれているのは、働く意欲はあるけれど、希望する仕事が見つからない第3グループです。しかし、どのグループにアプローチするかは、業種や職種にもよります。第3グループは仕事なら何でもいいわけではなく、仕事の内容にこだわる人たちですので、それを生かせる職場を提供できるなら、かなりいい人材を確保できるでしょう。
――働く意欲がある第3グループのシニア層が、希望する仕事を見つけられない原因はどこにあるのでしょうか。
求人側と求職側のマッチングシステムがうまく機能していないというのが、私の考えです。これまで私が関わってきたシニア世代の求職者は、希望する求人がないことを理由にハローワークをあまり活用していませんでした。ハローワーク側も、ホワイトカラーなどの「中核人材(定年後に自分の資格とスキルを活かして企業で活躍したい人)」には、民間の転職・求人サイトを当たるようにアドバイスしているようです。
一方で、民間の転職・求人サービスによる仕事探しは、インターネットに不慣れなシニア層にとってはなかなか気が重く、あまり積極的に動いていません。ですから、シニア人材を確保するためには、ネット上だけでなく自治体や新聞社などが開催する合同説明会など、リアルな場を使った求人方法も大いに活用すべきです。
シニア人材の採用で意識するべきこと
――シニアライフアドバイザーの松本さんから見て、シニア採用に取り組む民間企業の計画や本気度は十分だと思われますか。
多くの中小企業はシニア採用に積極的になっています。それだけ人材不足が深刻なのです。中小企業では定年で辞める人は少なく、その後も働き続けるケースが多いので、シニアだからという偏見はあまりありません。むしろ、能力さえあれば採用するという実力本位です。ただ、求人は人手不足の数合わせという感じで、給与や待遇の面での対応は不十分に感じられます。
――シニア世代を採用する上で、採用側が最も意識するべき点はなんでしょうか。
シニア世代と接する機会を積極的に作ることです。シニア世代に対し、「仕事の物覚え」や「指導時に気を遣う」といった項目でマイナスイメージを持つ人もいます。そうしたアンコンシャス・バイアス(無意識の偏見)は、シニア世代に接する機会の少ない人が陥りやすい考え方です。
社内の意識を変えるには、実際に社員とシニア世代が触れ合える時間を設けるのが効果的です。まずは、短期雇用できる人材サービスでお試し採用を実施し、シニア世代には自分たちにはない良いところがあること、思っていたほど年齢は関係ないのだということを社員に知ってもらいます。意欲的に働くシニア人材の姿は、他の社員にいい影響を与えるでしょう。
――シニア採用を考える際、具体的にどのくらいの年齢層を対象として考えるべきでしょうか。
50代からターゲットにすべきだと思います。中小企業は、シニア世代に「自社で今までの経験やスキルを生かせる」ことをアピールして、有能なシニア人材に早めに理解してもらう努力をしましょう。定年を待たずに、あるいは定年と同時に転職して、長く活躍できる道があることを知ってもらうことが、シニア採用の成功のカギといえます。
――中小企業がシニア世代の採用に即した新しい雇用の仕組みを社内に設けるなら、具体的にどのような施策がおすすめですか。
シニア世代の体力に応じた、働き方の多様性を提示する必要があります。現役時代と同じような働き方を求めるのは、やはり年齢的にも難しいでしょう。家族の介護をしていたり、病気を抱えていたりする人もいます。そうした事情を抱えながらも能力のある人材を確保するためには、リモートワークや在宅勤務、勤務時間の調整などを図り、柔軟に働ける制度を導入することがポイントです。
65歳以上の人材でも、職場で活躍する可能性は十分にあります。年齢だけで判断され、生かされないまま眠っている優秀な人材やスキルを、人手不足の中小企業にはぜひ活用していただきたいですね。
※記事内で取り上げた法令は2019年12月時点のものです。
<取材先>
松本すみ子さん
有限会社アリア代表、NPO法人シニアわーくすRyoma21理事長、シニアライフアドバイザー、キャリアコンサルタント。シニア市場に関するアドバイスやコンサル、行政などのシニア向け講座の企画・運営・講師、シニア世代の取材や執筆活動を行う。著書に『55歳からのリアル仕事ガイド』(朝日新聞出版)、『定年後も働きたい。人生100年時代の仕事の考え方と見つけ方』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)などがある。