在籍出向とは? 要件や助成制度、注意点

在籍出向は、出向元や出向先の合意だけではなく、対象となる労働者の個別的または包括的な同意が必要です。在籍出向の概要や企業側が気をつけるポイントを社労士法人ビルドゥミー・コンサルティング 代表で特定社会保険労務士の望月建吾さんに聞きました。

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出向とは

出向には「在籍出向」と「転籍(移籍出向)」の 2 種類があります。
 
・在籍出向
会社(出向元)と従業員が労働契約を結んだまま別の会社(出向先)との間にも労働契約を締結させ、出向先の指揮命令下で就労させること
 
・転籍(移籍出向)
会社(転籍元)と従業員が雇用契約を合意解約し、別の会社(転籍先)と新たに労働契約を締結した上で転籍先の指揮命令下で就労させること
 
単に「出向」という場合は「在籍出向」を指すことが一般的です。

 

◆在籍出向の目的

企業が出向を行う目的は、以下の5つに分けられます。
 
1.人材援助
従業員を関連会社や取引先企業などに出向させて、出向先の技術や経営戦略上の指導などの人材援助を目的に行われる場合などがあります。
 
2.人材育成
役員経験や、出向元にはない業務など、出向元では得難い経験を従業員のキャリア形成の一環として行う場合などがあります。
 
3.雇用調整
経営状況の悪化など自社での雇用継続が難しい場合に、従業員の解雇を回避して雇用ニーズのある出向先で就業させる場合があります。また、自社ではポストが不足している場合などに従業員を出向させることで出向先でのポストに就かせる場合などがあります。
 
4.人材交流
前述の「人材育成」での活用ケースに加え、関連会社・取引先企業同士での人事交流や職場環境の活性化、取引の円滑化などを目的に行う場合もあります。関連会社・取引先企業だけではなく、業界団体や大学など学術機関へ出向する場合もあります。

 
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在籍出向のメリット、デメリット

◆在籍出向のメリット

・組織の風通しが良くなる
通常の人事異動と同様の効用です。在籍出向はいわば人事異動を社外に向けて行うため、より一層この効用を享受できる可能性があります。
 
・従業員の人材育成につながる
前述の「人材育成」「人材交流」を目的とした在籍出向による効用です。
 
・解雇回避措置として活用できる
在籍出向の場合、対象社員の給与は出向元が全額支払うことも、出向先が全額支払うことも、双方での業務従事割合などで按分して双方から支払うこともできます。
 
したがって、出向元での雇用継続は難しく整理解雇を選択せざるを得ない状況で雇用調整を目的として在籍出向を行う際に、従業員が出向先での業務に100%従事する場合は、出向従業員の給与の全額を出向先企業で支払うことも可能です。
 
上記のような形態を取ることで、出向元での解雇を回避するだけではなく、出向元での人件費支出を最大限に抑え、なおかつ、社員の給与水準を維持することも可能になります。ただし、給与の支払いに関する取り決めなどは事前の「出向協定書(契約書)」などで明確にしておく必要があります。

 

◆在籍出向のデメリット

・稼働可能な従業員の数が減る
出向先での業務従事の割合が100%となる場合、理論上は出向元での稼働可能な従業員数が1人減ることになります。これは出向契約を「クロスアポイントメント(※1)」にして、出向元・出向先双方での業務従事割合を事前に取り決めておくことで、出向元での稼働可能な従業員数が1人減ることを回避できます。このとき、いずれかの業務従事の割合が100%にならないようにします。
 
※1…出向元機関と出向先機関の間で、出向に係る取り決め(協定等)のもと、その取り決めに基づき労働者が二つ以上の機関と労働契約を締結し、双方の業務について各機関において求められる役割に応じて従事比率に基づき就労することを可能にする制度
 
・従業員が職場環境の変化によってパフォーマンスを発揮できないなど、出向先に適応できない場合がある
これは通常の人事異動と同様のデメリットです。この人事異動を社外に向けて行うのが在籍出向ですから、より一層このデメリットが際立ちます。

在籍出向を行うために満たすべき要件

◆従業員からの同意(個別的同意または包括的同意)を得ること

・就業規則に出向について明記されていない場合
出向が決まったら、会社は従業員に出向の内容や労働条件などについて説明し、従業員の個別の同意を得る必要があります。これを個別的同意といいます。
 
・就業規則に出向について明記されている場合
就業規則が合理的に作成され、そこに出向に関する具体的な規定が明記され、法に則って意見聴取・届け出・周知が行われている場合には、従業員の個別的同意がなくとも従業員が包括的に同意していると解釈されます。
 
この場合、通常の人事異動と同様に従業員には応諾義務が発生するため、個別的同意は必要ありません。これを包括的同意といいます。
 
ただし、就業規則で定められた場合は個別的同意が必要ないとはいえ、従業員には余裕を持って内示をし、納得してもらったうえで出向させるなどの配慮が大切なのは通常の人事異動と同様です。

 

◆出向協定書の作成

「出向協定書」とは、出向先での労働条件や出向に関して留意する事柄などについて、出向元・出向先・出向労働者の三者間で締結する書面です。出向協定書を作成する際におさえておくべきポイントは以下のとおりです。
 
・出向先での労働条件のすり合わせ
出向元と出向先では、労働条件が異なる可能性があります。給与は重要な労働条件の一つなので、出向先でも出向元での給与水準が維持される傾向が強いです。しかし、労働条件は給与だけではありません。所定労働日数・所定労働時間数・所定休日・年次有給休暇など多岐にわたります。
 
たとえば、出向元が大企業で完全週休2日制・1日の所定労働時間が7時間、出向先が中小企業で隔週週休2日制・1日の所定労働時間が8時間であるケースです。仮に給与水準が維持されたとしても、出向元と出向先では所定労働時間が違うため実質的な給与減額状態になっているといえます。
 
これはあくまで一例であって、それ以外に年次有給休暇は大企業では法定以上の制度が充実していることが多い一方で、中小企業は法定通りであることが多いなど給与以外の差異は多岐にわたる可能性があります。
 
したがって、出向協定書では、まずは双方の会社同士で労働条件の差異を洗い出し、出向元に合わせることが可能な内容はなるべく合わせる必要があります。そのうえで、不可能なものは別途代償措置を考えていくことになります。
 
・「代償措置」の検討
前述の出向元に合わせることが不可能な労働条件については、別途代償措置を検討することになります。以下の例をもとに説明します。
 
例)出向元:完全週休2日制・1日の所定労働時間が7時間
出向先:隔週週休2日制・1日の所定労働時間が8時間
 
出向先でも出向元同様に完全週休2日制・1日の所定労働時間が7時間で就業可能であればいいですが、出向社員が出向先の一員として就業するときに、ほかの社員が隔週週休2日制・1日の所定労働時間8時間で就業している中、一人だけ完全週休2日制・1日の所定労働時間7時間で就業するのは「波風を立てる」「ほかの社員の士気に影響する」ことになるでしょう。
こうしたケースでは、出向先でも出向元同様労働条件で就業させるのは得策ではなく、実質給与減額となる金額についての代償措置として別途手当を支給するなどの方策を取るべきといえます。

 
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出向元・出向先に対する助成制度

一定の条件を満たせば、出向元・出向先の事業主が助成金を受けられる制度があります。申請は、事業所を管轄する都道府県労働局などで受け付けています。

 

◆雇用調整助成金

経済上の理由により事業活動の縮小を余儀なくされた事業主が、休業や出向などの雇用調整を実施することで雇用を維持した場合に助成されます。
 
<助成内容と受給できる金額>

受給額は、休業を実施した場合に事業主が支払った休業手当負担額、教育訓練を行なった場合は、後述する2の金額が加算されます。なお、支援限度日数は1年間で100日、3年間で150日です。 1 休業を実施した場合の休業手当または教育訓練を実施した場合の賃金相当額、出向を行なった場合の出向元事業主の負担額に対する助成(率)は、大企業は2分の1。中小企業は3分の2。 ※2021年8月1日現在、対象労働者一人あたり8,265円が上限 2 教育訓練を実施したときの加算(額)は、中小企業・中小企業以外ともに、1日一人あたり1,200円。雇用調整助成金」(厚生労働省)より引用


通常の雇用調整助成金に加え、事業主が新型コロナウイルス感染症の影響で事業活動の縮小を余儀なくされた際に、以下の条件を満たせば助成される「雇用調整助成金(新型コロナウイルス感染症の影響に伴う特例)」もあります。

  • 事業主が従業員の雇用維持を目的として労使間の協定に基づき雇用調整(休業)を実施した場合
  • 事業主が労働者を出向させることで雇用を維持した場合

 

◆産業雇用安定助成金

新型コロナウイルス感染症の影響で事業活動の縮小を余儀なくされた事業主が雇用維持のために在籍出向をする場合に助成され、出向元・出向先ともに適用されます。

 

・助成率・助成額

出向運営経費について。出向中にかかる経費の一部を助成します。例として、出向元事業主および出向先事業主が負担する賃金、教育訓練、労務管理に関する調整経費などが挙げられます。 出向元が労働者の解雇などを行なっていない場合、中小企業の負担は10分の9、中小企業以外の負担は4分の3です。 出向元が労働者の解雇などを行なっている場合、中小企業の負担は5分の4、中小企業以外の負担は3分の2です。 出向初期経費について。出向の成立に必要な措置を行なった際に助成します。例として、就業規則や出向契約書の整備費用、出向元事業主が出向に際して行う職業訓練、出向先事業主が出向者を受け入れるための機器や備品の整備などが挙げられます。 助成額は、出向元・出向先ともに一人あたり定額10万円です。加算額は、出向元・出向先ともに一人あたり定額5万円です。 なお、加算額について、以下の場合は助成額を加算します。 1、出向元事業主が雇用過剰業種の企業や生産性指標要件が一定程度悪化した企業である場合。2、出向先事業主が労働者を異業種から受け入れる場合。産業雇用安定助成金」のご案内(厚生労働省)より引用

 

・雇用調整助成金と産業雇用安定助成金の助成額比較イメージ

例えば、次のケースを想定します。 出向期間中の賃金日額と出向元での直近の賃金日額のいずれか低い方の額が9,000円。出向期間中の出向運営経費は、出向元の賃金負担が3,600円です。出向先の賃金負担は5,400円で、出向先で教育訓練および労務管理に関する調整経費などは3,000円です。 注釈1、出向元・出向先ともに中小企業事業主の場合です。 注釈2、出向元事業主が労働者の解雇などを行なっていない場合です。 注釈3、実際に支払われる助成額は、端数処理などにより異なる場合があります。 以上のケースで、産業雇用安定助成金と雇用調整助成金の助成額を比較します。 まず、産業雇用安定助成金を利用する場合です。出向元の賃金負担3,600円は、10分の9になるため3,240円、実質負担は10分の1で360円になります。出向期間中の出向運営経費8,400円は、10分の9になるため7,560円、実質負担は10分の1になるため840円になります。 次に、雇用調整助成金を利用する場合です。出向元の賃金負担3,600円は、3分の2になるため2,400円、実質負担は3分の1で1,200円になります。出向期間中の出向運営経費8,400円は、10分の10を負担するため8,400円から変わりません。産業雇用安定助成金」のご案内(厚生労働省)より引用


上記で紹介した内容以外にもいくつか要件が設けられており、どちらの助成金が適しているかは企業によって異なります。詳しくは、管轄のハローワークなどに確認するといいでしょう。

在籍出向でよくある事例

 

◆従業員が出向に難色を示した場合

出向先での労働条件を魅力的なものにするなど、従業員が納得するまで話し合うよう努力しましょう。
 
しかし、前述のとおり就業規則上に在籍出向の規定が明記されており包括的同意があると判断できる場合には、通常の人事異動命令と同様、従業員には応諾義務があります。場合によっては就業規則に基づく懲戒処分なども検討しなくてはなりません。
 
なお、従業員が出向を拒否して転職する場合は通常通り自己都合での退職となります。

 

◆労働者が出向先に適応できなかった場合

出向先でパフォーマンスが上がらないなど労働者が適応できないケースがあります。このようなケースを事前に想定して、もしそうなった場合は出向させた労働者を出向元が引き取って出向契約を終わりにするのか、または出向元が別の労働者を出向させるのかなどの具体的な対応を決めておきましょう。

在籍出向を行う場合の注意点

在籍出向を行う際に注意すべき点を確認します。

 

◆在籍出向が無効になるケース

出向命令が以下に該当する場合は、在籍出向が無効となります。
 
・法令違反にあたる場合
例)思想信条による差別(労働基準法第3条)や労働組合を弱体化する目的で行うもの(労働組合法第7条)など
 
・権利濫用にあたる場合
例)育児休業取得者やセクシュアルハラスメントを告発した従業員に対する報復としての出向命令など
 
在籍出向にはさまざまな目的がありますが、いずれのケースも従業員が不利益を被らないよう会社側の配慮が必要です。


※記事内で取り上げた法令は2021年6月時点のものです。
 
<取材先>
社労士法人ビルドゥミー・コンサルティング 代表 特定社会保険労務士 望月建吾さん
 
TEXT:畑菜穂子
EDITING:Indeed Japan + 南澤悠佳 + ノオト

 
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