転籍(移籍出向)とは
「転籍(移籍出向)」には、以下の2つの形態があります。
1.転籍元での労働契約の合意解約と転籍先との新たな労働契約の締結
会社(転籍元)と従業員が雇用契約を合意解約し、その従業員が別の会社(転籍先)と新たに労働契約を締結し転籍元で就労すること。転籍(移籍出向)として、一般的に認知されている形態です。
2.労働契約上の使用者の地位の譲渡(債権・債務の包括的譲渡)
労働契約上の雇用主の地位を転籍元から転籍先へ譲り渡すかたちで行われます。組織再編などを目的として行われる場合などが該当します。
例)A事業部とB事業部にわかれて事業を行なっている会社が、業務上の都合で株式会社Aと株式会社Bに会社分割する場合
1と2のどちらの場合も、原則として転籍対象者となる従業員の合意が必要です。しかし、会社法に基づく会社分割(株式会社及び合同会社が対象)の場合には、一定の要件を満たせば「労働契約承認法」に基づき、原則として個々の労働契約についても包括承継され、本人の同意がなくても従業員の地位は分割先の会社へ引き継がれます。
◆人材育成のための出向(原則と例外)
会社が従業員に出向を通じて自社だけでは得難い経験を積んでもらい、近い将来自社に復帰してその経験を活かして活躍してもらうことを目的として出向が行われる場合、その目的上通常は「在籍出向」の方法を選択することが多いでしょう。
しかし、この目的のもとに行われる出向であっても、その出向が官公庁やそれに準じる行政執行法人などで行われる場合には、任期付きの国家公務員または地方公務員となります。国家公務員または地方公務員は兼業自体が服務規律違反のため、出向元を「出向休職」扱いにしても違反となります。
こうした場合には、転籍元を退職して転籍先と新たな労働契約を締結する転籍(移籍出向)の方法が選択されることになります。もっとも、こうしたケースは、転籍(移籍出向)でありながら例外的に転籍元への復帰を前提としているため、労使で別途特約を定めることが通常です。
在籍出向、派遣との違い
「労務管理」の実務がまるごとわかる本」(望月建吾著)をもとに編集部が作成
転籍(移籍出向)と似た労働条件に「在籍出向」と「派遣」があります。
◆在籍出向
一般的に、「出向」というと在籍出向のことを指します。会社(出向元)と従業員が労働契約を結んだまま別の会社(出向先)との間にも労働契約を締結させ、出向先の指揮命令下で就労させることをいいます。
在籍出向には以下の目的・効用があります。
・人材援助、人材交流
出向元での実務経験などを出向先で活用してもらうため出向元の人材を出向先に派遣する場合など
・人材育成
従業員に役員経験、出向元にはない業務の経験などの出向元では得難い経験を出向先で積んでもらい、近い将来出向元に帰任してその経験を活用するためなど
・雇用調整、雇用維持
出向元ではその従業員を受け入れるポストはないものの、出向先であれば当該従業員の活躍の余地があるため雇用維持を目的として行う場合など
在籍出向は、出向従業員は出向先で一定期間勤務したあと、出向元に帰任することを前提にしています。
しかし、前述の「雇用調整」「雇用維持」を目的として行われる在籍出向の場合は、一定期間の在籍出向期間の後、その出向先に転籍(移籍出向)となる場合があります。
例:銀行などで一定の人事評価に達していない行員は、一定年齢で順次、関連会社・取引先企業への出向の対象となる。数年は在籍出向扱いで銀行での籍と出向前の給与額が保証される。しかし、一定期間を経たのち転籍となり、銀行との雇用関係は終了し、完全に転籍先企業の従業員となり、給与も転籍先の水準となるなど
◆派遣
派遣会社(派遣元)と派遣先の会社労働者派遣契約を結び、派遣元の従業員を派遣先の指揮命令下で就労させることをいいます。派遣先の会社は派遣社員と労働契約を結んでいないため、給与の決定や解雇、懲戒処分など通常の使用者が行うことの一部を行うことができません。また、派遣元で時間外労働や休日労働に関する労使協定(36協定)の締結と届出をしていなければ、派遣先の会社は従業員に時間外労働や休日労働を命じることはできません。
転籍(移籍出向)のメリット、デメリット
企業が従業員に「転籍(移籍出向)」させるメリットとデメリットは、以下の通りです。
◆転籍(移籍出向)のメリット
・雇用調整の選択肢が増える
雇用調整が必要な場合に従業員をすぐに解雇するのではなく、関連会社や取引先などに転籍させることが可能であれば、一種の解雇回避措置のような選択肢の一つとなりえます。
従業員としては転籍先での雇用が確保されているため路頭に迷うこともなく、会社としても雇用調整の対象となる従業員を雇用契約の終了と転籍元への帰任を前提としない転籍をさせることで、会社の財政負担を大きく抑制することが可能な場合があります。
◆転籍(移籍出向)のデメリット
・転籍させた従業員を自社に戻すことができない
雇用調整を目的とした転籍の場合、転籍元の業績や景気の影響で致し方なく行うケースもあります。転籍する際には従業員とは雇用契約を合意解約するため、仮にその後に転籍元の業績が回復したとしても、従業員に転籍元に戻るよう命じることはできません。
転籍(移籍出向)に必要な要件
転籍(移籍出向)をする際に必要な要件は以下の3つです。
- 会社(転籍元)と従業員との雇用契約の合意解約(合意退職)
転籍の対象となる社員の個別の同意を得て転籍元での労働契約を合意解約すること。在籍出向のように包括的同意での転籍命令はできないのが前提。 - 転籍元・転籍先・転籍する従業員の三者間で条件などのすり合わせを行い、「転籍契約書」を締結
- 転籍先の会社と従業員との労働契約の成立
通常の新たな労働契約の締結と同様。転籍に際し特に重要な条件については、前記2の「転籍契約書」にも別途記載すること
・包括的同意
合理的な就業規則が作成され、そこに具体的な規定が明記され、法に則って意見聴取・届け出・周知が行われている場合には、これをもって従業員の個別的同意がなくとも従業員が包括的に同意していると解釈される場合をいいます。
在籍出向は、前述の要件を満たせば包括的同意を得ていると解釈され、原則として個別的同意なくとも出向命令は有効となります。
・個別的同意
文字通り従業員個別に同意を得ること。転籍は原則、従業員の個別の同意が必要となります。
◆「転籍契約書」の作成
「転籍元・転籍先・労働者」の三者間で作成します。転籍契約書には、転籍元での年次有給休暇の扱いや退職金の特約など、転籍先の「労働条件通知書」には記載されない内容も記載されます。
また、転籍先の労働条件通知書に記載する内容であっても転籍の前提として重要な労働条件であれば、転籍契約書にも明記されます。
<転籍(移籍出向)させる際のステップ>
- 転籍(移籍出向)の必要性を判断する。必要性がある場合には、対象となる社員層(年齢、勤続年数、役職、給与水準など)や必要な人数などの絞り込みを行う
- 転籍(移籍出向)の対象者を選定する
- 転籍先候補の会社をリストアップし、転籍先候補に打診をする
- 打診の結果転籍受け入れを受諾した会社と、会社間で転籍(移籍出向)の対象社員や条件などについてすり合わせる。この段階で「転籍契約書」のたたき台も作る
- 対象者に転籍(移籍出向)打診をする。合意が得られる見込みの社員とは「転籍契約書」のたたき台の内容についてもする合わせ、場合によっては社員の要望も容れて転籍契約書を完成させる。
- 社員の個別的合意が得られる。「転籍契約書」「退職合意書」など転籍元での重要書類の締結が完了する
転籍(移籍出向)の注意点
従業員との労働契約をリセットすることになる転籍(移籍出向)は、在籍出向より慎重に行う必要があります。
◆転籍元・転籍先双方での退職金の取り扱いを明確にする
出向元に戻ることを前提とした在籍出向とは違い、転籍(移籍出向)は帰任を前提としていません。退職金制度がある場合、転籍元での退職時に転籍元で退職金が支払われるケースがほとんどです。この場合、定年退職などと比べて受給額が減額される自己都合退職の扱いではなく、定年退職等や会社都合退職の場合の支給額が適用されるのが一般的です。
また、雇用調整を目的として行われる場合、この通常の退職金と併せて一定額の上乗せ退職金も支給される場合があります。なお、転籍先では、通常の入社者と同様、その会社の退職金規程が適用されます。
このように、転籍元を退職して帰任を前提とせず転籍先に入社する転籍(移籍出向)は、転籍元・転籍先双方で退職金に関する重要な取り決めがなされるため、前述の「転籍契約書」などできちんと明記しておきましょう。
従業員に転籍(移籍出向)に同意してもらうためには、余裕を持ったスケジュールで取り組むことも大切です。会社の実情を包み隠さず話して理解してもらう、退職金を上乗せして支払うなど、会社ができる限り歩み寄る努力をして従業員が納得する形で進めましょう。
※記事内で取り上げた法令は2021年7月時点のものです。
<取材先>
社労士法人ビルドゥミー・コンサルティング 代表 特定社会保険労務士 望月建吾さん
TEXT:畑菜穂子
EDITING:Indeed Japan + 南澤悠佳 + ノオト