産業雇用安定助成金とは
◆在籍型出向で労働者の雇用を維持
産業雇用安定助成金は、2021年2月5日に設立された厚生労働省の制度です。新型コロナウイルス感染症の影響により、事業活動の一時的な縮小を余儀なくされた事業主が、在籍型出向により労働者の雇用維持を図る場合に助成を受けられます。
仕事の減った企業から人手が足りない企業へ従業員を「出向」させるため、1件の助成金申請に対して2社以上の企業が関係し、出向元と出向先の事業主双方が助成金を得られる仕組みです。
◆在籍型出向とは
出向とは、労働者が出向元企業と何らかの関係を保ちながら、出向先企業と新たな雇用関係を結び、一定期間継続して勤務することを指します。このうち「在籍型出向」とは、出向元企業と出向先企業との間の出向契約により、労働者が出向元企業と出向先企業の双方と雇用契約を結び一定期間継続して勤務することです。
産業雇用安定助成金の事例として下記のようなケースが挙げられます。
引用:「産業雇用安定助成金リーフレット」(厚生労働省)4ページより
◆助成率・助成額
1.出向運営経費の助成
- 出向元事業主および出向先事業主が負担する賃金
- 教育訓練
- 労務管理に関する調整経費など、出向中に要する経費の一部
引用:「産業雇用安定助成金リーフレット」(厚生労働省)1ページより
※1……独立性が認められない事業主間で実施される出向の場合の助成率:中小企業2/3、中小企業以外1/2
2.出向初期経費
- 就業規則や出向契約書の整備費用
- 出向元事業主が出向に際してあらかじめ行う教育訓練
- 出向先事業主が出向者を受け入れるための機器や備品の整備にかかった費用(※2)
引用:「産業雇用安定助成金リーフレット」(厚生労働省)より
※2……独立性が認められない事業主間で実施される出向の場合、出向初期経費助成は支給されません。
※3……出向元事業主が雇用過剰業種の企業や生産性指標要件が一定程度悪化した企業である場合、出向先事業主が労働者を異業種から受け入れる場合について、助成額の加算を行います。
制度開始当初は※2にあるように「出向元と出向先が資本的、経済的・組織的関連性などからみて独立性が認められること」が条件の一つでした。しかし、2021年8月1日以降は、子会社への出向もほかの要件を満たせば助成金の対象となっています。
助成金の対象者
◆助成金の対象となる事業主
1.新型コロナウイルス感染症の影響により事業活動の一時的な縮小を余儀なくされたため、労働者の雇用維持を目的として出向により労働者(雇用保険被保険者)を送り出す事業主(出向元事業主)
- 雇用保険の適用事業所であること
- 新型コロナウイルスの影響で売上高や生産量等が一定程度減少していること(※4)
- ほかの事業所から出向者を受け入れ助成金を受けようとしていないこと
※4……計画届を提出する前月1カ月の生産指標の値が、1~3年前のいずれかの同じ月に比べ5%以上減少していることを指す
2.上記の労働者を受け入れる事業主(出向先事業主)
- 雇用保険の適用事業所であること
- 出向の受け入れに際し解雇等がないこと
- 雇用量の減少が少ないこと(※5)
- 自己を出向元として助成金を受けようとしていないこと
※5……計画届を提出する前月から3カ月間の雇用指標の平均値が、1年前の同じ3カ月間に比べ大企業は5%を超えてかつ6人以上、中小企業は10%を超えてかつ4人以上減少していないこと
◆助成金の支給対象となる出向の要件
- 新型コロナの影響により、雇用の維持を図ることを目的に行う出向であること
- 出向期間(1カ月以上2年以内)終了後は元の事業所で働くことを前提としていること
- 出向先で別の人を離職させる、いわゆる「玉突き出向」を行っていないこと
◆助成金の対象となる出向労働者の要件
- 出向した日の前日時点において、出向元事業主に引き続き被保険者として雇用された期間が6カ月以上であること(日雇労働被保険者、解雇を予告されている者、退職願を提出した者、事業主による退職勧奨に応じた者は対象外)
- 出向者本人が「産業雇用安定助成金出向に係る本人同意書」の必要事項に記載し、自署することで、本人の自由意志に基づいた同意を得ていること
創設から1年の活用状況
◆出向労働者数と出向元事業所数
厚生労働省の産業雇用安定助成金の活用状況調査によると、制度創設から1年経過した令和2022年2月4日時点で、産業雇用安定助成金を利用した出向労働者数は1万440人、出向元1063事業所(出向先1746事業所)の利用でした。そのうち出向元の中小企業割合は62%、出向先の中小企業割合も58%と、中小企業でも活用が進んだことを評価しています。
業種別で見ると、コロナ禍で打撃を受けたことが多く報道された「運輸業・郵便業(4103人)」が出向元の最多とされ、出向先の最多は「製造業(2085人)」となっています。
引用:産業雇用安定助成金の活用状況(厚生労働省)
◆制度に対する課題
一方で、産業雇用安定助成金の助成枠として、2020年度第3次補正予算と2021年度予算で計4万4000人を見込んだ予定利用者数に対して、実際の利用は想定の2割程度でした。想定に対する利用者の伸び悩みの理由について、次のような点が考えられます。
- 雇用調整助成金の申請に比べ、申請手続きが煩雑
- 制度の認知度が低い
- 感染者数の増減が激しく休業期間が流動的だったため、出向に充てる人員が確定しづらく、制度の利用について消極的にならざるを得なかった
◆今後の見通しと制度利用のために
同じく新型コロナウイルスの影響を受けた企業に対する助成制度であり、企業が従業員を休業させた時に休業手当の一部を助成する「雇用調整助成金」は、2022年10月以降、助成金の上限が引き下げられることになりました。これにより、企業が産業雇用安定助成金制度に目を向ける機会が増えるかもしれません。
加えて、働き方への考え方が多様化するなかで、在籍型出向を指す「雇用シェア」「雇用シェアリング」という言葉も耳にするようになりました。今後、制度や申請の見直しなどに伴って、産業雇用安定助成金制度への需要が高まる可能性は十分考えられます。企業は、いざという時にスムーズに申請を行えるよう、日頃から就業規則や労働関係の帳簿類の整理や整備を行うなど、日頃から準備をしておくことが重要です。
※記事内で取り上げた法令は2022年9月時点のものです。
<取材先>
RESUS社会保険労務士事務所 社会保険労務士 山田雅人さん
人事コンサルティング会社にて大企業を中心に、10年以上にわたって全国500社以上の人事制度導入・見直しに携わり2016年に独立開業。中小企業の人手不足解消を目的とした事務代行や制度設計を支援している。
TEXT:宮永加奈子
EDITING:Indeed Japan + 南澤悠佳 + ノオト
