過労死ラインとは
厚生労働省が発表した令和元年度の「過労死等の労災補償状況」によると、過労死等に関する請求件数は2,996件。前年度よりも299件増えています。
「過労死等」とは、過労死等防止対策推進法で、以下のように定められています。
- 業務における過重な負荷による脳血管疾患・心臓疾患を原因とする死亡
- 業務における強い心理的負荷による精神障害を原因とする自殺による死亡
- 死亡には至らないが、これらの脳血管疾患・心臓疾患、精神障害
厚生労働省「過労死等防止対策」より
◆過労死ラインの定義
「過労死ライン」は、病気や死亡、自殺にいたるリスクが高まるとされる時間外労働の目安を指します。具体的な判断基準は、発症前1カ月間におおむね100時間超、または発症前2カ月から6カ月にわたって、1カ月あたりおおむね80時間超の時間外労働が認められる場合です。
また、過労死等として労災認定される際には、時間以外の基準も設けられています。
<脳・心臓疾患の労災認定の基準>
1.異常な出来事
- 極度の緊張、興奮、恐怖、驚がく等の強度の精神的負荷を引き起こす突発的又は予測困難な以上事態
- 一時的に労働時間が増えてしまうなどの身体的負荷
- 急な職場変更など、著しい作業環境の変化
2.短期間の過重業務
- 発症直前から前日までの間に過度な長時間労働が認められること
- 発症前おおむね1週間以内に継続した時間外労働が認められること
- 休日が確保されない など
3. 長期間の過重業務
- 発症前の長期間にわたって、著しい疲労の蓄積をもたらす特に過重な業務に就いたこと
- 月45時間を超えて労働時間が長くなるほど発症との関連性は強まる
- 発症前1カ月間に100時間、または2〜6カ月平均で月80時間を超える時間外労働は、発祥との関連性は強い
上記の2、3については、労働時間のほか、以下の5点も検討することになっています。
- 不規則な勤務
- 拘束時間の長い勤務
- 出張の多い業務
- 交代制勤務
- 作業環境(温度環境・騒音・時差)
- 精神的緊張を伴う業務の負荷
<精神障害の労災認定の基準>
以下のすべての条件を満たす必要があります。
1.認定基準の対象となる精神障害を発病していること
2.認定基準の対象となる精神障害の発病前おおむね6カ月の間に、業務による強い心理的負荷が認められること
具体的には、下記のようなケースが該当します。
- セクシュアルハラスメントや強姦など「心理的負荷が強度のもの」と認められた場合
- 発病直前の1カ月におよそ160時間を超えるような時間外労働、またはこれと同程度の時間外労働を行うなど「極度の長時間労働」が認められた場合
- 自らの死を予感させる程度の事故等を体験した場合
- 業務に関連し、ひどい嫌がらせやいじめなどを受けた場合
- 長時間労働がある場合、発病直前の2カ月間連続して1カ月あたりおおむね120時間以上の時間外労働を行なった場合
- 発病直前の3カ月間連続して1カ月あたりおおむね100時間以上の時間外労働を行なった場合
3.業務以外の心理的負荷や個体側要因(※)により発病したとは認められないこと
(※)既往症やアルコール依存状況、社会適応状況などが該当します
長時間労働を放置した場合、経営者や管理監督者の責任は?
長時間労働対策を考える上で必須なのが、「36(サブロク)協定」です。
労働基準法で定められた「1日原則8時間・1週間40時間等以内という法定労働時間」を超える法定時間外労働や、「毎週少なくとも1回、または4週4日以上の法廷休日」にも労働する法定休日労働が必要な場合には、36協定の締結と所轄労働基準監督署長への届出が必須です。
この手続きを経て、初めて法定時間外労働や法定休日労働が可能になります。36協定を結んだ場合の法定時間外労働の原則の上限は、1カ月に45時間以内(1年単位の変形労働時間制の場合は42時間以内)、1年に360時間以内(1年単位の変形労働時間制の場合は320時間以内)です。
繁忙期などの特別な事情があり、上記の原則の上限時間を超えてしまう場合には、36協定に「特別条項」を設定する必要があります。なお、特別条項が適用できる回数は、年6回が上限です。これまでは特別条項に上限時間が定められていませんでしたが、2019年4月(中小企業は2020年4月)に「働き方改革関連法」が施行され、特別条項で設定できる上限時間が次のように設けられました。
- 時間外労働は年720時間以内
- 時間外労働+休日労働は、月100時間未満、2〜6カ月平均80時間以内
36協定を適法に締結していなかったり、これらの上限を超えたりした場合は「違法な残業」とみなされ、罰則として6カ月以下の懲役または30万円以下の罰金が科せられる恐れがあります。
また、「従業員に違法な残業を強いていた会社」として風評が立つことで会社の損失につながりかねません。
長時間労働対策と労働環境を整備する重要性
労働基準法などの法律を守り、従業員が働きやすい環境をつくることは会社としての大事な務めです。
労働環境の整備には、さまざまな取り組みがあります。
◆労働時間関連の対策
「早帰りの励行」や作業効率や安全性の確保を見直す「カイゼン活動」など、現場の自助努力を強いるのみでは、長時間労働の解消が難しい場合があります。それには、以下のようなボトルネックが存在することがあります。
- 機械・システムなどが旧式であるため作業に時間がかかる
- 経営者のこだわりなどの理由で、自動化やクラウドの導入がされていないため、本来なら省力化できる業務を人が時間をかけて作業している
- 人が時間をかけて作業している業務そのものが、利益率が低い業務であり、かつ、会社の売上の大部分を占めている など
これら会社のビジネスの構造上の問題点は、経営者がそれらのボトルネックを解消するための「決断」をしなくては前に進めません。たとえば、24時間営業が長時間労働対策のボトルネックになっているのだとしたら、それを止めるか、止めるのが不可能なら最小限にするという「決断」を経営者がしないことには根本的な解決になりません。
もう一つ大きな対策として挙げられるのは、勤怠管理システムをクラウド化することです。長時間労働が常態化している会社の場合、残業申請と所属長の承認なしに自己判断で所定労働時間外に働き続ける従業員もいます。勤怠をクラウド化することで事前申請と承認をスムーズに行えるようになり、従業員の独自の判断による時間外労働を防げるメリットがあります。
また、紙のタイムカードでの打刻時間と実際の勤務時間のずれを手書きで修正するなどの余計な業務も省くことができ、業務の効率化にもつながるのです。
大きな部分の対策をしたら、次は現場でできる対策を行います。
・「勤務間インターバル制度」の導入
勤務終了後、翌日の出勤時間までの間に一定の休息時間を設ける制度で、従業員の睡眠時間や生活時間を確保する目的があります。「労働時間等設定改善法」の改正で、事業主の努力義務となりました。
勤務間インターバル制度は会社によって向き・不向きがあります。たとえば、時間外労働が20時ごろまでの会社であれば、従業員が翌朝まで十分に休む時間をつくれるため、勤務間インターバル制度を設ける必要はあまりありません。一方、22時を超えての時間外労働が常態化している会社の場合、導入すると一定の効果を得られます。
・「残業」を労使ともに正しく理解する
「残業」のあり方も、会社によって異なります。たとえば、定時で終わるのがスタンダードな会社であれば、残業や早出は当たり前のものではありません。一方、残業や早出がある程度許容されている会社の場合、労働基準法で認められた労働時間の範囲内の残業・早出であれば、決して悪いものではないのです。このように、会社に合わせた残業・早出に対する理解を労使ともに共有する必要があります。
◆労働時間以外の対策
・ハラスメント研修を行う
ハラスメント対策も労働環境の整備には欠かせません。セクシュアル・ハラスメント、パワー・ハラスメント、マタニティ・ハラスメント以外にも、最近は「ジタハラ」(「時短ハラスメント」の略で、従業員に対して残業時間を削減するための具体策を示さずに「残業をするな」「定時で退社しろ」などと強いるハラスメント)の相談事例も増えてきました。外部講師を呼び、全社員向けと管理職のみ、両方の研修を行います。
・「ストレスチェック制度」の実施
常時50人以上の従業員がいる企業に年に1回の実施が義務付けられています。本人の申し出による医師による面接指導などを行う必要があります。この制度を活用して、過労死等に至る前に会社として取りうる対策を実施しましょう。
・メンタルヘルスに強い医師との連携
就業規則を整備して、ストレスチェック制度の結果に関係なく、会社が従業員の健康配慮義務を最大限果たせるよう、従業員に不調が見られたら、会社の指定するメンタルヘルスに強い医師による診療につなげる仕組みづくりをしましょう。
過労死ラインを意識して長時間労働対策を行うことは、場合によってはそのボトルネックになっている会社の産業構造そのものを見直す作業が必要なこともあり、経営陣の覚悟が求められます。就業規則を整備し、対策に有益なシステムなどを前向きに活用しながら、長時間労働の対策を進めていきましょう。
(参考)
厚生労働省・都道府県労働局・労働基準監督署「働き方改革関連法のあらまし(改正労働基準法編)」
厚生労働省・都道府県労働局・労働基準監督署「時間外労働の上限規制のわかりやすい解説」
※記事内で取り上げた法令は2021年3月時点のものです。
<取材先>
社労士法人ビルドゥミー・コンサルティング 代表 特定社会保険労務士 望月建吾さん
TEXT:畑菜穂子
EDITING:Indeed Japan + 南澤悠佳 + ノオト