
近年はマーケティングの世界において、モノが提供する機能だけでなく、そのモノがもたらす精神的な価値が重視されるようになっています。採用においても同様に、年収や仕事内容の魅力だけでなく、企業のミッション・ビジョン・バリューといったブランドがますます重要になってきています。
消費者や求職者の価値観が大きく変容する時代にあって、企業の採用戦略を考えるための連載寄稿記事をお送りします。書き手は、マーケティングの思考法を取り入れながら「採用における自社ストーリー」の作り方について考え実行してきた、株式会社メドレー執行役員の加藤恭輔氏です。
2回目の記事は、自社の魅力を伝えていく際の具体的な手法や気を付けたいポイントがテーマです。
加藤 恭輔 氏
株式会社メドレー執行役員。2006年一橋大学商学部卒業。優成監査法人に入所し、公認会計士として監査業務に従事。2010年、クックパッド株式会社に経営企画担当として入社後、事業部長としてマーケティング、サービス開発、新規事業などの責任者を歴任。2014年に執行役員に就任。2016年より株式会社メドレーに参加。執行役員としてコーポレートブランディングや採用を担当。書籍『グロースハッカー』解説者。
会社視点ではなく、求職者視点で考える・伝える
さて、今回の記事では自社の魅力を伝えていく際の具体的な手法や気を付けたいポイントについてお話したいと思います。前回はマーケティングの考え方や手法を取り入れた採用活動の進め方について大枠の流れをご説明しましたが、今回は実際に自社の魅力を訴求していく上での具体的なお話です。
最初に最も大切な考え方をお話しします。それは「会社視点ではなく、求職者視点で考える・伝えること」です。私は現在、株式会社メドレーという、「テクノロジーの力を活用して医療ヘルスケアの未来をつくる」会社で採用担当をしていますが、それ以外にも個人的にここ3年で30社を超える採用活動のご相談に乗らせていただきました。そのなかで強く感じたことであり、人の振りを見て我が振りを直すべきだなと痛感したことは「会社の魅力を説明するストーリーの設計が、思っているよりも無意識に自社視点になってしまっている」ということです。
たとえば、よくあるパターンとして、会社概要資料を用いて求職者に自社の説明しているケースが見られます。そこで分かる情報は「自社が取り組んでいる事業領域と提供しているサービス」「これまでの沿革や受賞歴」「社員数や役員の紹介」といったものです。これは完全にアウトではないのですが、求職者からすると「なぜその事業領域に取り組んでいるの?」「提供しているサービスは他のサービスと比べてどういう優位性があるの?」「業界にはどんな会社があって、そのなかでそういう特徴がある会社なの?」「どんな価値観でどんな社風なの?」「どういう人が多いの?」などなど、多くの疑問が解消されないままとなってしまいます。会社視点で考えると「伝えるべきことを伝えている」という感覚になるのですが、これから多くの選択肢のなかから一つの企業を選ぼうとしている求職者の視点で考えると「???」と感じてしまうことが多い状態です。
求職者視点で自社のストーリーを伝えるために必要な4つの項目
会社視点で語られた資料よりも、求職者視点でストーリーを作った資料のほうが、明らかに訴求力が高まります。
具体的にどう作るのかというと、私はこの4つの項目から要素を構成し、ストーリーを作っていくのが良いのではないかと感じています。
- 会社や市場の概要説明
- プロダクトや事業の紹介
- 市場内での競合優位性
- 待遇や環境の魅力
1つ目は会社や市場の概要説明、すなわち「こういう会社だよ」ということを伝えるパートです。一般的な会社概要資料でも説明できる領域だと思いますが、ここでのポイントは、会社のミッションやビジョンの説明、「なぜその課題解決を目指しているのか」という背景の説明、市場が抱える課題や伸びしろの大きさといった市場そのものの説明を噛み砕いて説明することです。
企業選びの選択肢が広くなっていることから、従来のようにある程度業界を絞って詳しく下調べをした状態で面談や面接に訪れる人は減っているように感じます。「どこか勢いのあるベンチャーに入りたい」「大きな社会課題の解決に取り組んでいる会社を選びたい」といったより漠然とした状態で、自分がピンとくる会社を探しているという人が増えてきているのではないでしょうか。
すでに入社して社員として働いている立場からすると、市場の課題も業界の状況も自社の魅力も理解しているはずですし、だからこそ入社したわけです。しかし求職者の立場からすると、それらの情報もエモーショナルな部分もほぼまっさらという状態です。ここに思ったよりも大きな差があるので、これを埋めていかなければいけません。そのためにポイントとなるのが、さきほど申し上げたミッションやビジョンの説明やその背景の説明、さらには取り組む市場が今どういう状態になっていて、今後どうなっていくのかという市場そのものを噛み砕いた説明です。前提情報が何もない人にも、感情移入ができるような素地を作っていくためのパートとなります。
2つ目はプロダクトや事業の紹介、すなわち「こういうことをやっているよ」ということを伝えるパートです。こちらも一般的な会社概要資料で説明できる領域ですが、ここでのポイントは、概念だけでなく実際の数字がどうなっているのか、プロダクト・マーケット・フィットをどこまで証明できるのか、目指している世界に対して自分たちは今どの位置にいるのか、といった具体的な説明を公開できる範囲で伝えていくことです。解決したい課題、解決のためのアプローチ、今後の伸びしろやお客様からのありがとうの声など、多面的に紹介できると効果的です。
3つ目は市場内での競合優位性の紹介、すなわち「この市場だからこそ面白いよ、勝てるよ」ということを伝えるパートです。「私たちの会社は完全にオリジナルで類似企業もない」という説明をする方がよくいますが、どうしてもわかりづらくなってしまいます。人は何かを知ろうとする時、すでによく知っている何かと比較しながら理解を深めます。カオスマップを使ったり、類似する企業をマッピングしたりして、そのなかで自分たちがどこに位置しているのか、なぜそのアプローチが勝ち筋なのか、を説明できると有効です。日本に似ている企業がない場合は、海外で成功している事例を紹介して「すでにうまくいっている会社が海外にはある、なので日本でもチャンスがある」ということを説明できると効果的です。
4つ目は待遇や環境の魅力の紹介です。プロダクトや事業が魅力的で勝ち筋を感じても、待遇や環境が求職者にフィットしていなければ採用するのは難しくなってしまいます。社内にいる魅力的な人、成長できる環境、カルチャー、働きやすさ、給料・賞与の水準や上がる基準など、訴求できるポイントを整理して伝えられると効果的です。また、ここについてはあまり包み隠さず、良いところも今後改善していきたいところもなるべく素直に伝えられると良いです。世の中のすべての人が採用ターゲットなわけではありません。自分たちが採用したい人が魅力を感じられるよう、場合によっては「こういう方が弊社には向きません」というスライドを作って伝えることで、ターゲットとする人だけに訴求していくことも大切です。
求職者と社員における“情報の壁”を意識してストーリーを作る
全体を通じて大切なポイントは「求職者の人は背景知識や課題意識がはるかに少ないということを意識してストーリーを作る」ことです。たとえば、メドレーは医療ヘルスケアの事業を展開しているので、社員であれば医療ヘルスケア業界に対する課題感や可能性はある程度わかるようになっていますが、求職者の方は同じように理解していません。なぜ医療ヘルスケアの領域なのかを市場規模や課題、社会的意義など様々な視点で説明することで、この領域で課題解決に取り組む意義を感じてもらえるようにする必要があるのです。
今回のパートでは、自社の魅力を伝えていく際の具体的な手法や気を付けたいポイントについて、主に4つの項目ごとにお話しました。採用マーケティング戦略を立てるための骨組み、およびその具体的なポイントについて、前回と今回でお話ししてきました。次回はそれらを踏まえて採用施策を実践しようとする際、自社や上司から了解を得ながら進めていく方法や、そのために役立つ思考法についてお話していきたいと思います。
この連載の記事一覧
- 採用活動にマーケティングの考え方や手法を取り入れる思考法と実践法 ――採用マーケティング戦略を立てるための骨組み vol.1
- 自社の魅力を伝えるための具体的な手法と気を付けたいポイント ――採用マーケティング戦略を立てるための骨組み vol.2
- 採用戦略の実践ステージで、社内協力を得るのに必要な“考え抜く力”とは ――採用マーケティング戦略を立てるための骨組み vol.3