
インターネットテレビ局「AbemaTV」の運営や、国内トップシェアを誇るインターネット広告事業の展開などで知られる株式会社サイバーエージェント。同社は、創業当初から人材こそが“競争力”と考え、採用活動も人事だけでなく全社員で取り組んでいる。
採用サイトでは、社員のストーリー、挑戦できる環境、女性社員が語る働き方、技術者の視点など、企業カルチャーに関連する様々な情報を圧倒的な熱量をもって発信し、オウンドメディアリクルーティングを実践している。
企業カルチャーの発信を通してサイバーエージェントらしさを伝え、採用につなげる意図と成果について、専務執行役員 人事管轄採用戦略本部長の石田裕子氏に聞いた。

石田裕子氏。専務執行役員 人事管轄採用戦略本部長。2004年新卒でサイバーエージェントに入社。広告事業部門で営業局長・営業統括に就任後、Amebaプロデューサーを経て、2013年および2014年に2社の100%子会社代表取締役社長に就任。2016年より執行役員、2020年10月より専務執行役員に就任。採用戦略本部長兼任
創業時から採用を競争力の源泉と考え、ミッションステートメントでも表明

――採用サイトを通じた情報発信からは圧倒的な熱量が伝わってきます。採用に関するサイバーエージェントの基本的な考え方や位置づけについて教えてください。
石田:創業当初から、採用は重要という認識が社内にあり、行動指針であるミッションステートメントにも「採用には全力をつくす」という一文が入っているほどです。人材は競争力の源泉であり、人材の採用・育成は手間暇がかかるものですが、惜しみなく投資するというのが基本的な方針となっています。
――自社メディアを使って採用に関する情報の発信を活発に行っているのも、採用に関する基本的な考えに基づくのでしょうか。
石田:私が新卒採用の責任者になった当時は、「採用広報」という言葉はあまり使われていませんでした。実際に取り組んでいる企業も、それほど多くなかったと認識しています。求職者にしても、検索しても企業のホームページ上の採用情報しか得ることができなかったので、もどかしいというか、リアルな会社の情報を収集できず危機意識も感じたと思います。そこで、弊社にも広報の機能はあったのですが、採用に特化した広報チームを新たに設立しました。
多くの企業において、社員や社内の動向、事業の情報や会社の経営方針などがオープン化され始めたなか、最新の情報を正確にリアルタイムで伝えるために、採用広報の役割はより重要になってきています。せっかく採用した人材が入社後に認識の違いやギャップを感じないようにするためにも、情報のオープン化はさらに強化が必要で、採用広報はなくてはならないものとなっています。
サイバーエージェントの常務執行役員 CHO の曽山哲人氏もメンバーを務める、オウンドメディアリクルーティング研究会の座談会
中途採用では、オウンドメディア経由の求職者が70%に登る

――ここ2、3年で、中途採用においてもオウンドメディアを通して情報発信する企業が増えています。採用に関する情報発信について、最近の状況を聞かせてください。
石田:採用情報を発信し、会社や事業について知ってもらったことで、直接応募してくれる人や、リファラル採用で入社する人が増えています。直近3年間のデータでも、その傾向は明らかです。中途採用の場合では、約70%がリファラル採用と採用サイト経由などオウンドメディアリクルーティングによるものになっています。
――70%とは驚きの高さですね!
石田:中途採用は業績に連動する形で計画を立てていて、2年ほど前に一部の職種を除いて採用を絞ったことがありました。現在は採用を全面的に再開していて、「待っていました」とばかりに社員紹介の話が寄せられたことが、非常に高い割合につながったのではないかと思います。
――リファラル採用でも、社員が企業の理念やカルチャーを伝えることが大切だと思います。御社の採用サイトは、企業カルチャーを伝えることに力点を置いている印象があります。
石田:採用に当たって、スキルよりも企業カルチャーに合う人材かどうかを重視する方針を設けています。極端なことを言えば、いくら優秀でスキルが高くても、カルチャーが合わない人は採用しません。カルチャーを理解し共感して、同じ方向を見て頑張ることができる人と一緒に働きたいと考えています。ですから、企業カルチャーの発信は不可欠です。
また、企業カルチャーの発信は、社内へのメッセージにもなっています。会社の規模が大きくなると経営との距離も遠くなりがちなので、大事にしている考え方や方針などを求職者に伝えるなかで、社員にも同じ認識を持ってもらうことを意識しています。企業カルチャーや風土といったものは一朝一夕でできるものではなく、積み重ねが必要なものですから、ことあるごとに社内に向けてメッセージを発信しています。それは社員のモチベーションや生産性を高めるうえで、非常に重要だと考えています。
――サイバーエージェントが大切にしている企業文化にフィットするのは、どのような人なのでしょうか。
石田:変化に適応できる人、また、そうしたマインドを持つ人が企業カルチャーにフィットすると考えています。この仕事しかやりたくない、この方法を貫きたいという人はポリシーがあって、それはそれで素晴らしいです。ただ、変化の激しい業界にあって、変化に適応したり、自ら変革したりしないと企業の成長は止まってしまいます。チャレンジ精神のある人や、失敗を恐れずにアップデートできる人などがフィットすると定義できるのではないでしょうか。
――企業文化の形成や浸透などに対して、経営層はどう取り組んでいるのでしょうか。
石田:情報の発信を義務として行っているわけではありません。もちろん、メッセージの内容や用いる言葉、発信するタイミングなどについては注意を払っていますが、ルールやマニュアルがあるわけでもなく、あくまで個々人が自然体で発信しています。もともとAmebaブログなどのサービスを生み出している会社ですので、個人の考えや組織に伝えたいメッセージを発信することには慣れています。また、組織の目標や方針を組織全体に浸透させる様々な工夫もあります。たとえば、目標を決める段階から組織のメンバーを巻き込み、決めた目標をポスターにして掲示することでそれを浸透させ、他のチームからも応援される状態を構築しています。このような一つひとつの積み重ねによって企業カルチャーが形成され、時間をかけて花が開いているところがあると思います。
社員の声から生まれる「FEATUReS」のコンテンツ

――とりわけサイバーエージェントの公式オウンドメディアであり、採用のための情報発信でも重要な役割を果たしている「FEATUReS」からは、登場する社員の皆さんの熱い思いが伝わってきますし、制作の熱量も高いと感じます。
石田:「FEATUReS」の制作に当たっては、月に何本発信するとか、どのくらいの人に見てもらうかといった目標があるわけではありません。発信量だけを目標として追うフェーズから、発信の質を求めるフェーズに移行していて、企業カルチャーや人、事業内容、チャレンジしていることなどを、より多くの人に知ってもらいたいという思いから制作しています。
こういう記事が読みたい、活躍している人がいるから取り上げてほしいといった、社内から寄せられた声に応える形で制作することもあります。業務だから制作しているのではなく、自分たちの思いに従って自発的に行っていることが、熱量の高さにつながっているのではないでしょうか。
――コンテンツの制作に対して、社員の皆さんから声が寄せられるようになったのはいつ頃からでしょうか。また、制作スタッフとのコミュニケーションで留意されていることはありますか。
石田:以前から広報の価値や、社内外に情報を発信する重要性に対する認識が高かったこともあって、「FEATUReS」を始めた直後から社員の関心を呼び、様々な意見も寄せられていました。
制作に当たっては、伝えたいコアのメッセージを明確にするということ以外は、現場の判断に任せています。というのも、会社の規模が大きくなるに伴って、新卒採用や中途採用の応募者も多様化しているからです。たとえば、大企業で働きたいとサイバーエージェントに応募する人もいれば、ベンチャー企業のど真ん中で働きたいと考えている人もいます。広告やメディア、ゲームなど様々な事業を展開している点に魅力を感じていただける人もいれば、何か一つの事業に興味を持っていただき、とにかくそこで大きなチャレンジをしたいと考えている人もいます。多様な考えの人がいるので、それぞれに対して的確なメッセージを発信することが必要なのです。
――多様性という点では、女性や若手活躍に関するコンテンツも充実していますね。石田さん自身も「FEATUReS」のインタビューで、女性や若手が活躍できる環境を整える必要があると発言されています。
石田:私のミッションの一つが、女性や若手が活躍できる機会や場所を作ることです。そのためには自分の業務で成果を上げるだけでなく、たとえば経営視点に立った問題解決の提案に参加してもらったり、部署異動やミッション変更による新たな挑戦をしてもらうといった抜擢の機会を作ることも重要です。様々な方法で活躍できる機会や場所を提供したいと考えています。
価値観が多様化しているので、女性や若手がキャリアを形成する方法もそれぞれで、ワンパターンではありません。多種多様なキャリア形成の事例を作ることは、社員のモチベーションにも影響を与えるはずです。
“変化の時代“でも変わらない企業文化にフィットする人材を採用する方針

――新型コロナウイルスの拡大によって、働き方をはじめ、採用手法なども変更を余儀なくされています。
石田:コロナ禍においては、採用選考を基本的にはオンラインで行うようになりました。面接は“会う”ことが大切なので対面で行う常識が以前はありましたが、一部を除いてオンラインとなっています。
当初は選考において、オンラインでは分かりにくい部分、たとえばその人の雰囲気であったり、言葉のニュアンスであったり、話す時の表情やジェスチャー、立ち振る舞いなどの情報が伝わりにくいという点がネックとなり、見極めが難しいという声が多かったのですが、それはオンライン採用に慣れていないからこそ出てくる懸念点であって、見極めるためのノウハウを溜めていくことにより、徐々に懸念が払しょくされていきました。
当社では、オンラインと対面を組み合わせていくという方針で今後も採用選考を行っていきます。
取り組みのなかで、オンラインがもたらした変化やメリットも見えてきています。オンラインでは、移動コストもなく、日程の設定や調整などが対面での面接よりも簡単にできることから、応募する側、選考する側ともに、面接のハードルを感じにくくなるようです。その結果、応募数が増えています。また、採用選考をよりスムーズに行えるので、結論が出るのも早く、応募から入社までの時間が短くなっています。
――コロナ禍によってDXの進展が加速しているように、社会の変化はますます大きくなり、スピードも上がっています。今後の採用計画についてはどんな考えをお持ちですか。
石田:現場では、どうしても足元の不足している人材の補充に目がいってしまいます。どの企業も同じだと思いますが、中途採用に関しては「何人足りないので、何人採用してほしい」といった話になりがちです。このような状況から脱却し、新しいビジネスチャンスを創出して、それに必要な人材を先んじて採用するなど、中長期を見据えた施策を進めたいと考えています。とにかく時間軸を長く取って、人材の採用に当たる必要があります。
最近、メンバーシップ型雇用からジョブ型雇用への転換といったことがよく言われます。しかし、採用や雇用の形態などは、それぞれの企業のカルチャーにあったものを選択するしかありません。
サイバーエージェントの場合では、社内の人材流動性が高いので、それに備えて人材を採用する必要があります。会社の規模が大きくなるのに伴って事業の移り変わりも激しくなり、それに応じて社内での異動も多くなる傾向にあるからです。社内の人材流動性に対応した人材の採用は、事業の動向や方向性などを見据えたうえでバランスを取りながら進めていきたいと考えています。
ただ、社会も会社も変化していますが、人材の採用において、スキルだけで選ぶのではなく、私たちのカルチャーにフィットする人を求める方針は変わりません。カルチャーにフィットした人材を採用するためにも、オウンドメディアを通した情報発信には引き続き力を入れていきたいと考えています。
*取材と撮影は、新型コロナウイルスの拡大防止に最大限配慮して行いました