
「はてなブログ」や「はてなブックマーク」などのWebサービスで知られる株式会社はてな。同社は採用情報の発信において、多角的かつ過不足なく整理された情報設計と、シンプルながらメンバーの“ふだんの空気感”が伝わるコンテンツ作りが評価され、Owned Media Recruiting AWARD2022(以下、アワード)にて、グランプリを受賞した。
社員インタビューやブログ、ポッドキャストといった多様なコンテンツを展開しながらも、無理なく発信している。それを継続する仕組み作りや文化、そして、情報発信がもたらしたものについて、同社取締役で組織・基盤開発本部長兼人事部長の大西康裕氏に、アワードにて審査員を務めた株式会社サイバーエージェント常務執行役員CHOの曽山哲人氏が聞いた。

株式会社はてな 取締役 組織・基盤開発本部長兼人事部長
大西康裕氏
2001年に創業メンバーの1人として有限会社はてな(当時)に入社。その後「はてなブログ」の立ち上げや事業化を指揮。はてなのサービス・システムの開発本部長を経て、2022年5月より現職。組織開発およびシステム基盤開発を統括する本部長と人事部長を兼任し、経験を活かした多角的な組織開発に取り組む。

株式会社サイバーエージェント 常務執行役員CHO
曽山哲人氏(聞き手)
1998年に株式会社伊勢丹に入社し、紳士服の販売とECサイト立ち上げに従事。1999年に株式会社サイバーエージェントに入社。インターネット広告事業部門の営業統括を経て、2005年人事本部長に就任。現在は常務執行役員CHOとして人事全般を統括。キャリアアップ系YouTuber「ソヤマン」としてSNSで情報発信しているほか、『若手育成の教科書』(ダイヤモンド社)、『クリエイティブ人事』(光文社)、『強みを活かす』(PHP研究所)などの著作がある。
“できていること”と“できていないこと”の把握と、改善の繰り返し

曽山:アワードの受賞、おめでとうございます。社内や社外の反応や反響はいかがでしたか。
大西:ありがとうございます。初めての応募でグランプリをいただいたわけですから、驚きながらも本当にうれしかったですね。社内の反響も大きく、喜びの声が多く寄せられました。オウンドメディアは私たちの事業の一つなので、事業の開発担当だけでなく営業の担当も喜んでくれました。
曽山:受賞で社内の熱量も上がったわけですね。社外はどうでしたか。
大西:多くの人から声をかけていただくようになり、HRまわりのコミュニティに招待されるなどネットワークも広がりました。失礼ながら、アワードの影響力は思った以上に大きいことを実感しました(笑)。
曽山:大きな反響があったとのことで、審査員としても冥利に尽きます(笑)。
徐々に実際の施策についてのお話に移っていければと思いますが、今回の受賞につながった大きなポイントには、情報発信の「設計」があったと考えています。エンジニア採用を全体の採用ページから独立させているところから始まり、その他、社員インタビューやポッドキャストなど様々なコンテンツが展開されています。現在のような形になっていった経緯を教えていただけますか。

大西:大枠のところからお話ししますと、全体の採用ページは以前からありました。エンジニアを対象とした特設ページを立ち上げたのは2019年になります。
当社はエンジニアの比率が全社員の50%と高い割合ではありますが、「エンジニアの会社」というイメージだけを感じられるのは違うなと。なので、採用ページの中身がエンジニアに寄りすぎないようにしたいとは考えていました。
一方で、「はてなのエンジニア」の良いところが十分に伝わっていないとも感じていたので、エンジニアのページを独立させることになりました。対象を限定したページなので思い切った情報発信やデザインが可能になり、それこそエンジニア風に言えばサンドボックス的な位置づけになりました。エンジニア採用ページで実験的にやってみた施策が上手くいきそうだとなり、全体の採用ページでも同じようなことをやってみるという動きが生まれました。これは予期してなかった効果と言えます。

曽山:ポッドキャスト、ブログ、インタビューなどについてはいかがでしょうか。
大西:もともとはてなには、アウトプットを大切にする文化があります。その土壌をベースにして2005年から「はてな開発者ブログ」の前身となる発信の場が生まれています。そこで技術的な発信はカバーできているので、次はエンジニアの人となりだということになり「エンジニアインタビュー」や採用サイトに掲載している職種やテーマに沿ったインタビューコンテンツが立ち上がりました。現状のコンテンツでできていること、できていないことを整理して、後者をカバーするために必要なものを考えてきた結果が今という感じですね。
ポッドキャストも、会社の空気感をや技術に関する話題を気負わずに伝えたいと考えたもので、2021年末から始めました。アウトプットのバリエーションを増やし、様々なタッチポイントを通じて「はてな」を知ってもらうことで、私たちと求職者の皆さまとの距離を縮め、結果として応募につながればいいなと考えています。
発信内容のチェックは最小限に“こぢんまり”とやる

曽山:様々な種類のコンテンツを展開し、運営していくのは大変な作業です。何かコツのようなものがあるのでしょうか。
大西:コンテンツの運営で心がけているのは、それぞれ担当者を明確にしつつ、とにかく継続することです。開発者ブログは、エンジニアリングマネージャーとエンジニアによって構成されたチームが運営を担当しており、ふだんクライアント様のオウンドメディア支援に関わっている編集者がサポートしてくれています。ポッドキャスト、イベント、採用サイトに掲載するインタビューなど、それぞれエンジニア・企画・広報などから構成されたチームで担当が分かれています。それぞれのとりまとめ的なポジションとして、私やチーフエンジニアがいるという感じです。担当者を明確にするのは、いたずらにチェック者を増やさないということでもあります。あくまで「こんぢんまり」やる。これもポイントかもしれません。
曽山:「はてなはIT企業だから、簡単にコンテンツを作ることができて、アワードも受賞できたんだ」と考える人がいるかもしれません。しかし大切なことは、作ることではなく、継続して運営することなんですね。制作体制もこぢんまりとしたものでいいわけですから、IT企業でなくても、大企業でなくてもできることになります。多くの企業の採用ページの担当が勇気づけられるのではないかと思います。
とはいえ、こぢんまりの体制では各コンテンツの内容チェックなどが大変じゃありませんか。
大西:例えば開発者ブログなどの技術的な内容であれば、技術部門で事前に確認します。基本的にはどのコンテンツも発信元の部署で確認は完了する形になっていて、広報担当のチェックは任意にしています。何か疑問や迷い、よりフラットな目で見て欲しいといったニーズがあれば広報の意見を求めることができる仕組みです。
チェックは義務でなく、武器やツール的な位置づけになっているわけです。また、編集職の担当者に、記事の査読を依頼することもできます。編集のプロが目を通してくれるので、誤字や脱字をはじめ様々なミスの防止に役立っています。
企業文化に結びついたインセンティブで情報発信を後押し

曽山:コンテンツを継続的に作成していくにあたって、社員の協力が不可欠です。しかし、それこそが多くの企業の悩みにもなっています。社員のスイッチを入れるポイントや工夫について聞かせてください。
大西:人材紹介手当や評価など、一般的にインセンティブとされているものは網羅しています。しかし、やはり重要なのは会社の姿勢です。私たちは「アウトプットを大切にする会社」と社内外に語ってきたわけですが、どのレイヤーのメンバーも例外はなく、社長も情報発信を積極的に行って会社の姿勢を示しています。
また、アウトプットを大切にする姿勢や文化を、入社の際に新入社員に必ず伝えるようにしています。そういった側面をインセンティブとしても反映させていて、評価の項目に「学びとオープンネス」を入れます。例えば、「はてなブックマーク」でブックマークされた数なども「反響」のひとつの指標として見ています。
曽山:なるほど。「はてなブックマーク」の例のように、ちょっとした遊び感覚やゲーム感覚を取り入れることが、社員の情報発信を後押しするには重要なわけですね。ほかにはどのようなものがあるでしょうか。
大西:表彰制度を設けています。1カ月ごとに人気のあるアウトプットを発表し、最優秀賞を半期ごとの全社納会で表彰しています。また、なにかしらのコンテンツにふれたことがきっかけで新たな社員が入社した場合、そのコンテンツを発信した社員に、従来のリファラル制度とは別に一定の報奨金を贈る制度も始めました。
曽山:「記事リファラル」とでも呼ぶべき、今後注目していきたい制度ですね。多くの企業で同様の取り組みが行われるようになると面白くなる気がします。「オウンドメディアリクルーティング」ならぬ「オウンドメディアリファラル」なんて言葉が生まれるかもしれませんね。
「やらされている感」のないコンテンツ作り

曽山:ここまでは情報設計やコンテンツ作りの体制といったお話を伺ってきました。ここからはコンテンツの中身について伺えればと思います。インタビューの写真や、ページの構成やデザインにこだわりや意図を感じますが、どのようなことを意識されているのでしょう。
大西:採用ページは「人にフォーカスする」がコンセプトなので、自然な表情の写真を多めに使っています。使用する写真は、最終的には撮影された本人に選んでもらうようにしています。
曽山:情報や記事の内容、文章などで意識していることはありますか。
大西:写真と同様に「やらされている感」のない自然なものが必要なので、記事にはいいことだけを書くのでなく、ありのままを伝えることが大切と思っています。求職者の方々は、事業や仕事の内容もさることながら、誰と働くのかを重視されるケースが多いと感じているからで、採用面接の度に実感します。
曽山:ありのままを伝えてギャップを最小化する。言うのは簡単ですが、継続するには大変な努力を必要とします。
大西:単に盛って話すのがヘタというのもあります(笑)。
大枠での舵取りはしつつも、最も大切なことは「メンバーのワクワク」

曽山:ここまでのお話を伺っていると「こぢんまり」が重要なキーワードで、コンテンツを生み出しているのは個々のメンバーではありつつ、会社としての発信の舵取りは少人数で行うことで適切な情報発信ができていると言えそうです。とはいえ、「少人数で決めた方が良いんだ!」となんでもかんでも上が決めてしまっては、よろしくないトップダウンとなり、社員がついてこない恐れも生まれます。そのバランスをどのようにお考えですか。
大西:私自身が多くのプロダクト開発にかかわってきたなかで、「判断をするレイヤーに多くの人がいるプロジェクトは、なかなかいいものが生まれにくい」ことがわかっており、それを踏まえての「こぢんまり」というのはあります。とはいえ、体制というより、何より大切なのはメンバーの気持ちを乗せることだと思っています。メンバーがワクワクして仕事をすると、本当にいいものが生まれます。
ですから、情報発信にあたって方針は自分が示しますが、コンテンツの運営は各担当に任せています。
曽山:トップダウンとボトムアップの使い分けを可能にするものは何でしょうか。
大西:私たちが「アウトプット文化」を大切にしていることを言い続け、ブレないことです。根っこにある文化がしっかりしている限り、インタビュー、ブログ、ポッドキャストによって言うことが違うといったことはまずないと思います。
曽山:当たり前のことかもしれませんが、情報発信の前に自分たちが大切にしている企業文化を見直し、醸成や浸透を図ることが大切なのですね。