
2万人以上の面接に携わってきた人材研究所・曽和利光氏による、求職者の「インサイト」を掘り下げる連載。第3回では、採用に取り組む多くの企業が陥る「ターゲティング」の落とし穴を紹介します。ミスマッチが起きる最大の原因は「社会的望ましさ」という担当者の思い込み。ターゲティングをより精緻なものにするために2つの解決方法を紹介します。
曽和利光氏。株式会社人材研究所 代表取締役社長。京都大学教育学部教育心理学科卒業。リクルート人事部ゼネラルマネジャー、ライフネット生命総務部長、オープンハウス組織開発本部長と、人事・採用部門の責任者を務め、主に採用・教育・組織開発の分野で実務やコンサルティングを経験。また、多数の就活セミナー・面接対策セミナー講師や上智大学非常勤講師も務め、学生向けにも就活関連情報を精力的に発信している。2011に株式会社人材研究所設立。著書は『コミュ障のための面接戦略』、『人事と採用のセオリー』、『「ネットワーク採用」とは何か』、『知名度ゼロでも「この会社で働きたい」と思われる社長の採用ルール48』、『「できる人事」と「ダメ人事」の習慣』などがある。
採用のトレンドは「オーディション型」から「スカウト型」へ
近年、企業の採用スタイルは、就職・転職サイトへの採用募集広告掲載といった「オーディション型」(企業が候補者からの応募を待つスタイル)中心だったのが、変わりつつあります。
たとえば、社員や内定者から知人を紹介してもらって企業からアプローチする「リファラル採用」や、就職や転職の候補者自身がWEB上のデータベース(スカウトメディア)に登録し、それを見た企業がスカウトメールを打つ「スカウトメディア」での採用などです。こういった企業から積極的に候補者にアプローチする「スカウト型」の手法を取る企業が増えています。
その理由は「企業が会いたいと思う人『だけ』に会える採用手法」だからです。「オーディション型」だと応募者は玉石混交であることも多く、適した人を選ぶにはかなりのコストがかかります。
一方で「スカウト型」は、リファラル採用にしてもスカウトメディアでの採用にしても、事前に企業側が狙いを定めるわけですから、オファー後の合格率はアップし、採用の効率もよくなります。企業としては、同じコストやマンパワーをかけるのであれば、効率のよいところに投下してリターンを増やしたいと考えるのは当然のことです。
さらに「スカウト型」採用は次のような循環が生まれるため、今まさに多くの企業がシフトしているところなのです。
- 優秀な人材にスカウトが集まる
↓ - 優秀な人材はスカウトされるため、その他の方法ではアプローチしづらくなる
↓ - さらにスカウト型に取り組む企業が増える
誤ったターゲットを生む「社会的望ましさ」という落とし穴

しかし、「会いたい人に『だけ』会える」という「スカウト型」の特徴にこそ、危険な落とし穴があります。そもそも「会いたい」としているターゲットが間違っていた場合、間違っていた人材ばかりを採ってしまうのです。前述したように「スカウト型」の合格率は高いため、ターゲットを間違えてしまうことによる影響は甚大です。
では、どうして企業は「間違ったターゲット」を生み出してしまうのでしょうか。私が人事コンサルタントとして様々な企業の「求める人物像」≒「採用基準」の設計をお手伝いしてきたなかで感じた最大の理由は、企業が「社会的な望ましさ」を無条件に過大評価してしまうことです。「社会的な望ましさ」とは、世の中的、時代的に多くの人が無意識のうちに良いと思っているものです。
たとえば、「好奇心が旺盛」と聞けば、「それはいいじゃないか」と思う人が多いでしょう。ただ、コツコツと地味な作業を長期間繰り返さないといけないような仕事(人事の面接などもそうですが)にとっては、好奇心が強過ぎるのはけっしていいことばかりとは言えないでしょう。
他にも「自責」と言えば、誰もが大好きなワードです。ただ、自責性の強すぎる人は何でも自分で努力して物事を改革しようとするので、環境やルールを変えようとする力はそれほど高くない傾向があります。変革力が重要な会社であれば、「自責」もけっしてよい要素とは言えないかもしれません。
ターゲットの誤りは情報発信にも大きな影響を与える
「社会的望ましさ」に対するバイアスが引き起こすターゲットの誤りは、採用における情報発信・動機形成(入社意志を高めてもらうこと)にも大きな影響を与えます。どんな会社にも求職者にアピールできる「売り」となりうる特徴はたくさんありますが、ターゲットが変われば、どの特徴をセールスポイントとして前面に打ち出すべきかが変わってきます。
たとえば、権限移譲の多さは、自分の思うことを試行錯誤しながら自由に仕事したい人がターゲットであれば、メリットに感じてもらえるでしょう。しかし曖昧さを嫌い、目指すべき目標を明確に示して欲しいタイプがターゲットであれば、デメリットに感じることでしょう。求める人材によって、共感するメッセージは異なるのです。
これが会社説明会や、1on1での会話におけるメッセージ、短期間で終わるような採用広告であればまだマシです。しかし、採用のために「オウンドメディア」を運営しているのであれば、ターゲットの誤りがもたらす影響はより大きくなってしまいます。
オウンドメディアの施策とは、長期間にわたってメッセージを発信し、潜在層にアプローチするもの。喩えるなら一つひとつレンガを積み上げるようにブランドを構築して、人材プールを貯めていくようなものです。そもそものターゲットが間違っていた場合、誤ったターゲット像に基づく誤ったメッセージをコツコツと垂れ流し続けることになってしまうのです。
「スカウト型」の採用を本格的に行うのであれば、事前準備としてターゲティングの精度を高めなくてはなりません。拙速に取り掛かる前に、今一度、自社の「求める人物像」≒「採用基準」をあらためて検討しなおすことをお勧めします。
それでは、ターゲティングの精度を高める施策には、どのようなものがあるのでしょう。
解決策(1)「主観的な意見」と「客観的データ」を突合する
1つ目は、「求める人物像」≒「採用基準」を策定する際に、経営者や幹部、人事などから聞いた意見を整理するだけでなく、実際に高い業績を上げている人材から客観的データを収集して、そこから導き出される要素と主観的意見を突き合わせることです。
客観的データとは、たとえばSPIやFFSなどのパーソナリティテストの結果や、実際に業績を上げることに貢献している行動特性(いわゆるコンピテンシー)などを指します。主観と客観のどちらが正しいのかはわかりません。主観が理想かもしれませんし、客観が現実かもしれません。ともあれ、多面的に採用基準を考え、議論し、意思決定していくプロセスが重要なのです。こういう作業を丁寧に行えば、先に挙げたような単純に「社会的望ましさ」に引きずられたターゲティングをすることにはならないでしょう。
主観的データの例
- 経営者や幹部社員の抱く求める人物像
- 理念などから導き出される人物像
- 実際の高業績者が重要だと考えている人物要素
- 一般的な適職理論(RIASEC*など)から導き出される人物要素
客観的データの例
- SPIなどのパーソナリティテスト
- コンピテンシーサーベイなどの能力テスト
- ワークサンプルや専門知識試験のような実務テスト
- 人事評価
- 360度サーベイなどの周囲からの行動評価
*RIASEC:米国の心理学者であるジョン・L・ホランドによって開発された、性格タイプに基づくキャリアと職業選択の理論
解決策(2)複数の「求める人物像」を定め、ポートフォリオを作る

2つ目は、自社が求める人物像は、(共通点はあったとしても)様々なタイプが存在しうると理解することです。事業をきちんと考慮して考えれば、どんな会社でも「こんなタイプを何%、こんなタイプを何%…」といくつかのパターンを作り、それぞれどのぐらいの割合が必要か把握できるはずです。採用において、どのような人材をどれくらい採用すべきかを可視化する「人材のポートフォリオ」の作成は有効です。
たとえば「好奇心が強く新しいものを好むタイプ」ならばAI選考など新しい手法を取り入れてみてもいいでしょうし、「専門志向が強いタイプ」ならば職種別採用を検討してもいいでしょう。「職場型モチベーション(何をするかより、誰とするかが重要)タイプ」ならば社員との接点の多くなるインターンシップを企画してもいいかもしれません。
採用ポートフォリオのタイプ別に、候補者集団形成につながる施策を実行していくことで、最終的に「採りたい人を採りたいだけ」採用できるようになるのです。
この連載の記事一覧
- 採用の「買い手市場」に惑わされずに、求職者とのマッチ度向上を目指すべき――求職者の“インサイト”を掴め vol.1
- 優秀な人材は“見えない場所”にいる。オウンドメディアによるアプローチ方法――求職者の“インサイト”を掴め vol.2
- 間違った人材を採用してしまう採用の落とし穴と、2つの解決策――求職者の“インサイト”を掴め vol.3