
母集団主義、一括大量採用といった従来の採用手法から脱却し、自社の求める高付加価値人材と出会うためには、求職者への一貫した情報発信が必要です。その柱となるものが、企業の「ブランド」です。
本連載では、これからの採用戦略に欠かせない「ブランド」について、株式会社むすびの深澤了氏が徹底解説。1000社以上の採用活動に関わってきた同氏が独自に構築した、採用のためのブランド理論を3回にわたって紹介します。
深澤了氏。むすび株式会社 代表取締役 ブランディング・ディレクター クリエイティブ・ディレクター。早稲田大学商業学部卒業。山梨日日新聞社・山梨放送グループ入社。同グループの広告代理店にてCMプランナー、コピーライターとして活躍し、株式会社パラドックスへ入社。株式会社リクルート(現・株式会社リクルートホールディングス)と協業し、多くの企業の採用施策に携わる。2015年にむすび株式会社を設立。「採用ブランディング」という新たな理論を構築し、企業の採用成績向上に貢献している。早稲田大学ビジネススクール修了(MBA)。著書に『知名度が低くても“光る人材”が集まる 採用ブランディング 完全版』などがある。
採用における「ブランディング」の役割
HRの世界で、採用において「ブランド」が必要という考えが広がってきました。そのきっかけを作った人間としてとてもうれしく思います。
これまで「ブランド論」は、「商品・サービス」と「企業」の領域で語られてきました。それを「採用」の領域において活用する考えを「採用ブランディング」と呼びます。
具体的には、「自社の理念・価値観を踏まえたコンセプトを築き、採用市場におけるすべての応募者との接点において貫くこと」です。採用活動における自社の「軸」を貫き続けることで、「ブランド論」で語られることの多い「強くて、好ましくて、ユニーク」イメージを求職者に醸成させることを目指します。
「母集団主義」の限界と、「タチの悪い」採用
まず、現在の採用のシステムと問題点を説明しましょう。
日本の採用市場に最初のイノベーションを起こしたのは、リクルート(現リクルートキャリア)が1962年に発行した「企業への招待」。求人情報を集めた最初の求人情報誌です。比較・検討が困難だった採用情報を収集・編集して求職者に届けるこの情報誌は、「求職者が企業を選ぶ」という価値を確立し、現在のWEBを使ったナビ媒体の源流となります。
「ナビ媒体」は次第に採用のプラットフォームとなりました。求職者は「ナビ媒体」を活用することが当たり前となり、企業は「ナビ媒体に◯円投資すれば、◯人の母集団を獲得でき、◯人採用できる」という目安値を得ることができるようになりました。
こうした採用システムは、採用活動を劇的に進化させてきた反面、問題も生みました。
企業の採用計画は、ナビ媒体で「母集団」を集めることにフォーカスしがちになりました。一方で求職者は、多くの企業を横並びで比較・検討するため、知名度の高い企業を選ぶ「大手志向」が進みました。これは、知名度で目立つことができない多くの企業にとっては「母集団がどんどん減少していく」ことになります。それにもかかわらず「母集団」の確保を目的にしていると、年々ナビ媒体に掲載するための予算を増やしていかなければいけなくなってしまいます。
また、近年進んでいる採用業務の「分業」にフォーカスすると、採用活動は採用代理店や採用代行、説明会設計、デザイン会社など、多くのステークホルダーと進めていかなければなりません。それぞれのステークホルダーは自身の領域についてのみ提案を行うため、それがたとえ素晴らしいものであっても、全体として見ると最適になっていない、軸が定まっていないという事態が多く見られます。
そもそも採用の現場は、応募者と面接官の日程調整、説明会の準備、内定フォローなど、業務量が多いもの。ステークホルダー間で施策を調整する時間すらなく、一度始まってしまえば日程はどんどん流れていってしまうのです。
このような「ナビ媒体頼り」「分業」という採用システムのなかでいつまでも母集団の数字だけを追いかけていると、予算がかさむだけでなく採用担当者が疲弊します。施策を打っても思うほどの効果が得られず、何を変えればいいのかわからないうちに業務量だけが増え、採用の目標人数に到達しない。そんなスパイラルが多くの企業が陥っています。
コロナ禍の影響で、一時的にこれまで集まらなかった採用募集にもたくさんの応募が来ている業種や業界があるかもしれません。しかし、これは一過性のものです。ウイルスの影響はどこかで収束しますし、再び大手志向、売り手市場になることは明白なのです。
また、応募がたくさん来るからと言ってやみくもに採用してしまうと、ミスマッチでの退職を助長しやすくなります。企業側は採用がサンクコストになり、また入社した社員にとっては、履歴書に暗黒の1行が追加されてしまうことになります。お互いにとって「タチの悪い」採用になりやすいのです。
今、採用担当者に必要なことは、既存の採用システムのなかでただ業務を行うのではなく、抜本的に「採用市場における自社のブランド」を見直すことなのです。
採用ブランディングの4つの効果
ここからは、採用ブランディングの特徴を見ていきましょう。採用における「ブランド」は、業種や企業規模、地域の制限を受けないものです。実際、地方に本社がある企業も数多く支援してきました。
「採用ブランディング」には下記の4つの効果があります。
- 即時性:半年〜1年以内に効果が出る
- 明確性:母集団と採用する人の質の向上
- ジャイアント・キリング:競合に知名度で劣っていても勝てる
- 予算削減:翌年以降の採用にかける予算を削減できる
1つ目は「即時性」です。企業やサービスにおける「ブランディング」は、一般的に時間をかけてイメージを作っていくものと考えられています。しかし採用の現場では数週間〜数カ月間というサイクルで行われることが多いため、そこに合わせてブランディングを実行すれば、半年〜1年といった短期間で効果を得ることもできます。
2つ目の「明確性」は、企業にとってマッチしやすい人材が集まるということです。採用ブランディングは「理念と価値観を踏まえたコンセプトを貫く」ことですから、共感した求職者(マッチ度の高い人)たちが集まるということです。
3つ目の「ジャイアント・キリング」は、サッカーやラグビーを好きな方には馴染みのある言葉かもしれません。採用ブランディングでは自社の理念や価値観を整理し、ターゲットにピンポイントでアプローチすることで、ブランド論で語られる「強くて、好ましくて、ユニーク」なイメージを醸成します。これによりマッチングの精度が高くなるため、競合に知名度が劣っていても、自社を選んでもらえるようになります。
4つ目の「予算削減」は、採用現場のみなさんはよく実感されていると思いますが、「自社にとっていい人(マッチ度の高い人材)を採用できると、その後輩や友人が応募してくる傾向にある」ことです。求職者にとって採用は人生を賭けた選択ですから、信頼できる身近な人物の行動には説得力があります。つまりリファラル採用につながりやすくなるのです。ただし、予算が削減されるのは採用人数と採用要件が同じ場合が多いです。私たちの現場の実感では、1年目に成功すると人数も要件もレベルを上げる傾向にあるので、採用予算は同じかそれ以上になることが実際には多いように思います。
採用マーケティングと採用ブランディングの違い
では、最近HR業界でよく言われる「採用マーケティング」との違いは何でしょうか。学術的な定義はさておき、マーケティングは日本においてだと「消費者の声を聴き、戦略に活かす方法論」というニュアンスで使われることが多いように思えます。
このニュアンスでマーケティングを捉えるのであれば、ほとんどの企業の場合、マーケティングは採用において必要ない、というのが私の見解です。
マーケティングを「採用」に応用する場合、求職者の声を聴き、それを採用フローに活かして設計することになります。もちろん年間1000人を超えるような採用をする場合は、接触すべき母集団の数がその何倍にもなるでしょうから、丁寧なマーケティング施策は必要かもしれません。しかし年間数十人程度の採用規模の企業の場合は、時間も費用もかかる市場調査を行わずとも、自社の理念や価値観にフォーカスする採用手法(=採用ブランディング)に専念するほうが、無駄がなく効率的なケースが多いのです。
採用オウンドメディアにこそ「ブランド」が必要だ
数年前から、私たちのような採用に関わる人間が予想していたのは、採用サイトが「コンテンツ化」、つまり「オウンドメディア化」していくことです。しかし実際には、既存の仕組みのなかで多くの採用担当者は「なんとなくこれまでと同じ採用施策を続けている」ことが多く、オウンドメディア化はなかなか進みませんでした。
しかし、2019年頃からようやく大手IT系企業などを中心に「オウンドメディア化」が進み、企業内の考えや取り組みなどがタイムリーで発信されるようになってきています。
採用ブランディングの考え方からすると、オウンドメディア化はしごくまっとうな手法です。自社の理念や価値観に「共感する」人を集めていくうえで、社内の情報を開示していくことが求職者の共感ポイントにふれることに他ならないからです。
これから採用のオウンドメディア化はいっそう進むでしょう。そのときに重要なのは漠然と情報を流さないことです。情報発信の軸がなく、「情報発信すること」自体が目的になると、情報量だけが増えてかえって理念や価値観が伝わりにくくなります。あくまで「ブランドコンセプト」に沿った情報を流すことで、自社にマッチしやすい人材にアプローチできるのです。
今回は、現在の採用システムの問題点や、ブランド化することによる効果にフォーカスして解説しました。次回は、実際に企業の強みを分析してブランドにするまでの手法について紹介します。
この連載の記事一覧
- 今、採用に「ブランド」が必要な理由 ――「高付加価値人材と出会うための採用ブランド論」vol.1
- 採用のための「コンセプト」の作り方 ――「高付加価値人材と出会うための採用ブランド論」vol. 2
- コロナ禍でも成果を上げる企業から「採用ブランド」を学ぶ ――「高付加価値人材と出会うための採用ブランド論」vol. 3