アサーティブトレーニングとは
そもそも「アサーティブ」とは、自分も相手を尊重しながら自分の意見を率直に伝える方法で、アサーション、アサーティブネスとも呼ばれます。価値観が多様化する中で、従業員一人ひとりが、考え方や立場の異なる相手とも率直に話し合うことのできる対人関係のコミュニケーションです。
トレーニングの中では、伝え方のスキルを身につけると同時に、相手を理解し双方が納得できる問題解決を図れるようにする目的があります。
◆アサーティブな伝え方とは
アサーティブな伝え方とそうでない伝え方の違いを知るために、具体的なシチュエーションを挙げて解説します。
例)「スケジュール管理ツールへ日々の勤怠を入力すること」が社内でルール化されたが、ベテラン社員が守ってくれない。何度も伝えているにも関わらず、一向に対処する様子が見えない。
<アサーティブ(自他尊重)でない反応パターン>
1. 攻撃的…「ルールなのに、なぜやってくれないんですか?」「みんなが迷惑しています」と、相手を責める言い方になる。その結果、関係はさらに悪化することに。
2. 受身的…対立を避けるために我慢する。相手に自分の意見をはっきりと伝えられないため、自分のストレスが溜まり、解決したい問題は放置されてしまう。
3. 作為的…嫌みを言う、態度で示すなど、遠回しに相手を責める。相手から信頼されず、周囲からも距離を置かれてしまう。
いずれの場合も自他尊重ができておらず、根本的な解決には至っていないどころか関係性の悪化にもつながってしまいます。そんな時に、アサーティブに伝えるとすれば、どのようになるのでしょうか。
アサーティブに注意する流れとして、以下の3点を意識します。
- 「事実と問題」を提示し、それに対する自分の感情を言語化する
- 相手の言い分をよく聞いて理解する
- 自分の責任を認めた上で、具体的な協力を依頼する
実際にどのような会話になるのでしょうか。
1. 事実・問題を提示し、自分の感情を言語化する
くれぐれも「Aさんが悪い」と相手を責めないこと。「〇〇の問題があるのです」と、問題にフォーカスして話を始めます。
伝え方:「勤怠の入力がされていないことで、メンバーがAさんの状況の把握できず困っています。また、若手メンバーも入力をさぼるようになり、まずいなと心配しています」
2. 相手の言い分をよく聞いて理解する
主張するとなると、どうしても自分の言い分で頭がいっぱいになりがちです。しかし、相手には相手なりの考えがあり、行動の理由が存在します。それを丁寧に聞きだし理解をすることで、合意に近づくことができるのです。
伝え方:「何か入力しづらい理由はありますか?」「フォーマットの入力に際して、不具合などありましたか?」
3. 自分の責任を認め、協力してほしいことを具体的に伝えた上で、肯定的に終了する
相手の理由がわかったら、自分の責任を認めた上で、具体的な要望を伝えます。目的(なぜルールが必要なのか)を共有し、問題解決のために協力を依頼するスタンスで伝えましょう。
伝え方:「私の指示もあいまいで伝わりにくかったですよね。申し訳ありません。自分もできるフォローはしていきますので、前日までに翌日の入力をお願いできないでしょうか。よろしくお願いいたします!」
相手は問題解決の「協力者」であり、議論の対象ではありません。その場の「イエス」を得ることではなく、長い目で見てお互いの信頼関係を築くことこそを大切にした伝え方が、アサーティブなコミュニケーションとなるのです。
アサーティブトレーニングはどういう企業に必要?
アサーティブトレーニングの導入を検討する企業は、社内や社外のコミュニケーションに課題を抱えるケースが多いそうです。企業の中でも特にアサーティブなコミュニケーションが求められるタイプを紹介します。
◆多様性を重視する企業
年齢や経験、バックグラウンドなどが異なると価値観の相違も生まれやすくなります。自分と違う考え方の人に反論できなかったり、反論されると人格否定をされたように感じてしまったりするなど意見交換がうまくできていないケースがあるようです。企業が多様性を進める一方で、労働者側が多様性に対応できる具体的なスキルを持ち合わせていないことが課題とされています。
◆世代間ギャップが大きい企業
新卒採用を行わなかった時代がある企業の場合、上司と部下に大きな世代間ギャップが生じることがあります。価値観も違えば仕事への取り組み方も異なるため、適切なコミュニケーションができていないことが多いです。
◆リモートワークを導入している企業
チャットやメールなどのテキストを介したコミュニケーションやオンラインミーティングが増えることにより、部下への声かけや上司への気軽な相談がしづらくなるなどの弊害あります。こうしたコミュニケーションの希薄化により、関係性が悪くなることが考えられます。
◆事故や生命の危機につながりやすい業務のある業種
製造業や開発系のエンジニアなど、他部署との連携も多く、一つひとつの工程を守ることが事故防止につながる場合、部下への適切な指導は重要です。しかし、パワーハラスメントや部下の離職などへの影響を恐れるあまり、注意ができずに悩む従業員も多いそうです。また、迅速かつ的確なコミュニケーションが生命を守ることにもつながる医療現場にも適しています。
そのほか、他部署との連携を図りながらプロジェクトを進めることの多い企業などにも適しています。
アサーティブコミュニケーションで、どんな変化が生まれる?
職場の人間に良いことも悪いことも伝えられるようになると、信頼関係の構築にもつながり、チームにもいい影響を及ぼします。自分の伝え方を変えるだけのため、相手の年齢や属性に関わらず建設的な話し合いができることもメリットです。
ハラスメントを恐れて注意ができなかった場合にも相手を肯定しながら自信をもって指導できるようになり、業務を円滑に進められるなどの変化が現れます。
メールやチャットなどのテキストのやりとりやオンラインミーティングなど、同じ場所で仕事をする機会が減っている企業もあります。用件を伝えるだけのコミュニケーションを続けていると相手の反応がわかりにくいため、関係性を築くことが難しくなってしまいます。
アサーティブな伝え方のポイントがわかっていれば、テキストでも自分の意見を伝えられるようになります。オンラインの場合は、ビデオをオンにして互いに顔が見える状態にして話すことで対面と同様の話し合いができます。
アサーティブトレーニング導入のステップ
企業がアサーティブトレーニングを導入する際に、知識だけを学んでもなかなか実践には生かしづらい部分も出てきます。具体的なシーンを想定したロールプレイングを行うなどの工程を経ることが大切です。
自社でそうした環境が整っていない場合は、アサーティブトレーニングの研修を行う団体に依頼して講義を受けるのも一つの手段です。
社員全員でなくても、チームリーダーや新人マネージャーなど、社内コミュニケーションのハブとなる立場の従業員が研修を受けるのもいいでしょう。新人研修に導入する企業もありますが、企業の中核となる従業員のコミュニケーションが変わることで、幅広い層の従業員へ働きかけられます。
社内にアサーティブな考え方を根付かせる上で有効なのは、従業員への周知です。上層部から「これからは率直に意見を言い合える企業文化を作りましょう」など今後の方向性についてのメッセージを発信する必要があります。
ただし、アサーティブトレーニングを導入するだけでは社内に浸透させるのは難しく、変化には時間を要します。コミュニケーション方法を変える意義やその重要性を社内の共通認識として持つことが大切です。人事担当者として、まずは上層部の意識を変えるところから取り組んでみるのが良さそうです。
<取材先>
NPO法人アサーティブジャパン代表 森田汐生さん
TEXT:畑菜穂子
EDITING:Indeed Japan + 南澤悠佳 + ノオト