情報不足や固定観念が介護離職につながる
――なぜ従業員の介護離職が起こってしまうのでしょうか?
介護しながら働くことをシミュレーションする前に、情報不足で離職せざるをえなくなっているのは大きな原因だと思います。
ただ、もっと根源的なところでは、介護に対する考え方や意識も影響しているのではないでしょうか。昔は大家族で寿命も今ほど長くなかったので、現代ほど介護が困難ではないケースが多かった。しかし、今は核家族化が進み、寿命も20年近く延びていて、以前とは大きく環境が変わっているのに相変わらず「介護は家族がしなければ」という思い込みが強いままです。そうなると一人で担う介護の負担が多すぎて、結果的に仕事を辞めざるをえないことも少なくありません。これまで家事をしてこなかった男性が一手に介護を引き受けるケースも増え、場合によっては介護虐待などの事件につながることもあるので、時代の変化とともに介護に対する考え方を変える必要があるでしょう。
――介護離職を防ぐために、人事・労務担当者がやるべきことは何でしょうか。
育児・介護休業法は、企業に対して介護する従業員への支援を義務付けたものなので、人事・労務担当者は、最低限の内容を理解しておく必要があります。それを踏まえた上で、会社がどういう方針で支援体制を構築するかを検討しましょう。介護保険や他機関の支援制度の理解も必要です。また、育児・介護休業法や公的な介護保険は、法律の改正や内容の変更がたびたびあるため、情報収集を怠らないことも大切です。
社内の支援体制を構築するには、まず現状把握から
――実際に企業内で介護支援体制を構築するために、どんなことから取り組むべきですか。
介護される側、介護する側の状況は千差万別で、共通する施策ですべて対応するのは難しいですが、会社の施策を考える上で、最初に従業員の現状やニーズを把握しておきましょう。
――従業員の介護の現状はどのように把握したらよいですか?
従業員の介護状況や可能性についての調査ですとプライベートな内容で答えが集まりにくい可能性があるので、例えば社内で介護セミナーや勉強会を開いて、参加人数を把握した上でそこに参加した人に対してアンケートを取る方法は効果的です。あるいは管理職が自分の部下の状況を調査する手法もあります。現状やニーズが分からないまま立てた施策は、結果的に成果につながらない制度になりやすいので、ぜひ工夫して現状を把握してください。
――現状を認識してから、会社の支援体制を整える手順で進めていくのですね。
はい。ただ、会社によって支援体制は大きく異なります。具体的な事例を挙げると、何十年もかけて開発に携わった技術者がいる会社では、他に先駆けて長期休業を可能にしたり、外部の専門相談窓口設置を確立したり、仕事と介護を両立するための手厚い支援を進めていました。パート勤務が多い企業であれば、雇用形態や勤務体制の変更など柔軟な働き方に対応することで、法律以上の支援制度がなくても介護と仕事の両立を実現できているケースもあります。会社の業種、働く人の状況によって方針を定め、それに合わせて、情報提供や勤務支援、環境整備を整えましょう。
しかし、施策を充実させると「介護する人ばかりずるい」と不公平さが生じる場合があります。会社として介護離職を重要課題と捉えるか、または介護をする従業員とほかの従業員の公平性に重きを置くのかなどの方針を定めることが必要でしょう。
従業員が介護を始めたら、まず情報提供でサポート
――実際に社員の介護が始まったら、人事・労務担当者がするべきことを教えてください。
介護する従業員は、「介護が始まったら、どんな手順で何を考えたらいいの?」と疑問を持つので、人事担当者による情報提供が必要です。
例えば、従業員の家族が脳梗塞で倒れて要介護の状況になったら、介護保険申請の情報提供から始まり、続いて家族との介護分担を考えるようアドバイスします。あわせて働き方の情報も伝えます。短時間勤務、フレックスや休暇制度など介護に応じた働き方を考えるため、勤務形態などの情報提供を。
ここでのポイントは、この情報提供を人事・労務担当だけでなく当事者が所属する部署の管理職も担うことです。当事者が支援制度を使うことで部署の雰囲気が悪くなり、居づらくなるケースもあります。介護離職する人の中には、「職場にこれ以上迷惑をかけられない」と辞める人もいるので、管理職とともに職場風土をうまく醸成していくと良いでしょう。
――人事・労務担当者は従業員から介護に関して相談されることも多いと思いますが、そのときの注意点は?
介護は、介護と仕事の両立だけでなく、親族間のもめ事や金銭的問題など悩みの幅が広く、公的年金や相続など相談範囲が広がることがあります。人事担当者としていい加減なことは言えませんし、一緒に背負うこともできないので、一定以上のことに関しては線引きをして、専門家あるいは外部の相談窓口の活用を促すことも大切です。介護は人によって千差万別で、いろいろなパターンがあることを知った上で、従業員の状況に合わせた適切な対応を心がけましょう。
※記事内で取り上げた法令は2021年5月時点のものです。
<取材先>
社会保険労務士事務所あおぞらコンサルティング所長 池田直子さん
TEXT:岡崎彩子
EDITING:Indeed Japan + 笹田理恵+ノオト