長引くコロナ禍でメンタルヘルス相談件数は過去最多を記録
――コロナ禍でメンタルヘルスの相談が増えていると伺いました。どのような背景があるのでしょうか?
収束の兆しが見えないコロナ禍に、多くの人が疲弊している状況です。「ストレス=嫌なことやつらいこと」というイメージがあるかもしれませんが、実は変化そのものがストレスの要因になります。変化に適応しようと心のエネルギーを使うことで疲れきってしまい、メンタルヘルスの不調につながることがあるのです。長期化するコロナ禍で常にストレスにさらされ、そこに個別のストレス要因が加わるため、誰もがメンタルヘルス不調のリスクを抱えています。
コロナ禍で初めてリモートワークに取り組んだ結果、労働環境の変化に戸惑いや不安を感じているという声も多く寄せられています。弊社では、7月に過去最も多い相談件数を記録しました。
――人事労務としては、高リスクな現状を理解することが大事ですね。メンタルヘルスが悪化すると、どのような症状が表れますか?
日常的に「気分が沈んだり憂うつになったりする」「理由がないのに不安になる」「気持ちが落ち着かない」「何をするにも気力が出ない」といった症状が続くと要注意です。食欲の低下、寝付きの悪さや何度も夜中に目覚めてしまうといった睡眠の問題も不調のサインと言えるでしょう。
文字コミュニケーションが中心のリモートワークでは成果物に注目
――当事者ではなく、人事労務の担当者からの相談はありますか?
人事労務のご担当者や管理職の方からは、「様子が気になる社員がいるが、メンタルヘルスが悪化しているのではないか」と心配する相談や、「うつ病で休職していた社員の復職にどう対応したらいいのか」という相談をいただくことがあります。
――リモートワーク中の社員のメンタルヘルスに対して、人事労務としてはどのようなポイントに注意すべきでしょうか。
社内で毎日顔を合わせている場合、管理職や周囲の人が気付く変化としては、服装の乱れや表情が暗くなる、独り言が増える、遅刻や欠勤が増えるといったことがあります。
しかし、リモートワークだと対面が減ったり勤怠管理がしづらかったりと、変化を見落とす懸念があります。
――確かにリモートワークだと服装が違っていてもわからないし、表情の変化も読み取れないですよね。
そこで、メールや書類といった文章や成果物に着目するといいですね。心の調子が崩れてしまうと、考えがまとまらず内容が支離滅裂になったり、締め切りが守られなくなったりすることがありますから。
――「あの人、大丈夫かな?」と感じることが続いた時、どうすればいいですか。
「いつもと違う」という違和感はそのまま放置せず、オンライン会議などで顔を見て話す機会を設けたり、始業・終業時など定時のコミュニケーション頻度を増やしたりして、他にも変わったことがないか気付けるよう工夫してみましょう。
ただし見た目の変化に気付いても、いきなり外見について直接言及するのはNGです。あくまで把握するに留めます。声をかける時は、「提出物が期日に遅れたけれど、どうかしたの?」などと業務上の話題から入るのがいいでしょう。
新入社員へはこまめな声がけと積極的な情報提供が有効
――リモートワークだからこそ、きめ細かな対応が必要なのですね。リモートワーク中の新入社員の場合、特に注意すべき点はありますか?
お話してきた通り、不調に気がつくポイントは「これまでとの違い(変化)」ですが、新入社員だと「これまで」や「普段の様子」がわからないから難しいですよね。
新入社員側も会社の文化に馴染んでいませんし、人間関係も築けていないため、戸惑いがあります。そもそもコロナ禍の状況で就職や転職をしたこと自体がストレスになっているはず。変化が重なっている状態で、ストレスの度合いが高まっていると認識することが必要です。
――人事労務の担当者としては、どのような対応が望ましいでしょうか。
相手からの問いかけを待つのではなく、能動的でこまめな声かけを心がけてください。社内ルールや業務に関する情報提供を積極的に行うことも大事です。
新入社員にとっては、孤独感が大きな問題になります。同期と話しやすい環境づくりをしたり、メンターを配置したりするのもいいですね。
中堅社員はストレスの複合要因を抱えがちで把握が難しい層と認識する
――中堅社員がリモートワークをする場合はどうですか?
役職がついていたり責任あるポジションを任されていたりすると考えられますし、年代的に子育てや介護を担う人も多いと思います。コロナ禍に関わらず、ストレスの複合要因を抱えている層だと認識してください。
――具体的な対応ポイントを教えてください。
その人の成果物や仕事ぶり、普段の様子を出来るだけ注意深く見るようにしましょう。ただし裁量権を持っているがゆえに介入が難しい層なので、社内だけで解決を目指すのではなく、専門の相談サービスなど外部リソースを利用するといいかもしれません。
人事労務が中心になって「ラインケア」をリードする
――社員の不調に気が付くことはもちろん大切ですが、日頃から社員の心の健康を保つために、人事労務の担当者としてできることはあるでしょうか。
メンタルヘルスケアは早期の対応が重要なので、細かな変化に気付けるように普段の様子をちゃんと見ておくことです。とはいえ変化に気付くのが人事労務の担当者とは限りません。周囲の社員が同僚の変化に気付いた場合に管理職に情報が集まり、最終的に人事労務に届く体制を作っておくのが理想です。
同時に当事者がすぐに相談できるよう、健康管理部門に窓口を作ったり外部リソースと提携したりするといいですね。
メンタルヘルスケアに関する社員への情報提供も大切です。相談窓口の存在や相談までのフローを明確化して、社員へ向けて定期的に周知しましょう。心の不調に無自覚な人が、社内の案内を見て相談窓口の存在を初めて知り、試しに相談したことで症状に気がついたという事例は多いです。対面や電話に限らず、オンラインサービスの窓口も用意しておくと相談の敷居が下がるかもしれません。
――社内の体制づくりで気をつけることはありますか。
相談窓口は社内外に複数あるのが望ましいです。社員のポジションによっては、窓口担当者に申し出るのが難しい場合もあります。例えば上司がストレス要因になっていたら、上司には相談できませんよね。
事業所や管理職が部下に対して実施するメンタルヘルス対応を「ラインケア」といいます。様々なラインケアの教育プログラムがあるので、管理職への教育として導入することも有効です。いきなりしっかりとした社内体制を作ることは難しいかもしれませんが、メンタルヘルスの不調による社員の休職や退職は会社にとっても痛手となります。継続的なフォローを見据えて、できることから始めていきましょう。
<取材先>
ティーペック株式会社 こころのサポート部 部長
心理カウンセラー(公認心理師/臨床心理士)安田陽子さん
https://www.t-pec.co.jp/
TEXT:合戸 奈央
EDITING:Indeed Japan + ノオト