ドライバーの定着率を高める「3つの施策」
――物流業界では、とにかくドライバーが足りないといった声を耳にします。とくに若手のドライバーの定着が課題になっているとか。その原因は何なのでしょうか?
新人が辞める理由は様々ですが、よく聞くのは「思ったよりもキツイ仕事だった」「こんなに朝が早いとは思わなかった」といった意見です。しかし本音を聞いていくと、少し違う答えが浮かびあがってくる。それは新人教育の問題です。
最初の1カ月は、おおむね添乗指導員、つまり先輩ドライバーが付き添って指導します。しかし年末などの繁忙期の場合、新人に細かく教えながら作業していては間に合いません。「とりあえず見ていろ」と言い、自分だけが作業をこなす。なかには、新人にまったく手伝わせない指導員もいます。そういう教育を受けた新人から「先輩とウマが合わなかった」「何も教えてくれない」といった声が上がり、すぐに辞めてしまうことがあるのです。
会社は添乗指導員に対し、正しい指導方法を教えなければいけません。けれども実際は、「ちゃんと新人を育ててね」と言っておきながら、どういう手順で何を教えればいいのか伝えていない。添乗指導員向けのマニュアルやカリキュラムをきちんと作成し、添乗指導員のレベルを上げることができれば、初期の定着率もおのずと上がるはずです。
――新人に対する指導マニュアルの作成・実行が、定着率アップに繋がるわけですね。
物流・運送会社のなかには、試験を実施し、一定基準を満たした人にしか添乗指導させないような「ライセンス制度」を設けている企業もあります。その代わり、添乗指導員として運行すれば、いくらか手当をつける。そこまですれば、定着率は確実にアップするでしょう。
――新人に対する指導方法が重要であることは分かりました。ただ、正確なマニュアルやカリキュラムを作成するには時間や手間がかかります。もう少し簡易的な施策はないでしょうか。
社員満足度を高める意味も含め、入社式を実施するのも手です。ホワイトカラーの職種であれば、基本的に事務所内で仕事をするので、誰が入社したかはすぐ分かりますよね。しかしドライバー職や倉庫作業員の場合は、入社してすぐ現場へ行くケースが多い。そのため、誰が新入社員なのか分からない、そもそもドライバーはお互いの名前も顔も知らないといった事態が起こります。
その解決策は、入社時期の近いスタッフを集めた入社式です。入社頻度にもよりますが、毎月もしくは3カ月に1回など、細かいタームで実施したほうが良いでしょう。その場で同期入社のメンバーと横の繋がりができるので、先輩や上司に言えない愚痴を言ったり、慰め合ったりできる。それが定着率アップの要素になります。
――そもそも入社式を実施している運送会社が少ないのですね。定着率アップのための施策はほかにもありますか。
「1日体験入社」を実施している会社があります。応募者に面接と併せて実地体験をしてもらい、それも含めて判断するのです。
応募者は先輩ドライバーの助手席に乗って、一緒に配送先をまわります。どこを走るのか、どんな荷物を扱っているのかを見て、もし「ちょっとキツそうだ」「無理かもしれない」と思ったなら、すぐ辞退してもらったほうがいい。会社側からすると、入社してすぐ辞めるのは最もコストがかかります。もし入社前にきちんと判断してもらえば、ミスマッチが防げるはずです。
1日体験入社のもう一つのメリットは、面接で見えにくい部分が浮かび上がってくることです。やはり面接での態度は、ある程度は取り繕っているため、応募者の本音や素の部分が見えにくい。でも1日体験入社であれば、8時間も先輩ドライバーと一緒に過ごすことになります。実際、「社長の前ではいい人だったのに、先輩ドライバーには横柄な態度だった」「ずっとスマホばかり見ていた」といったケースもあるようです。
きちんと応募者を見極めるために、同乗する社員と事前に打ち合わせをしておくことが必要です。応募者の態度をチェックしたり、入社にあたって不安に思っていることを聞きだしたり。悩みがあれば再度面談をし、不安を取り除いてあげることもできるでしょう。1日体験入社は、採用する側だけでなく、応募する側にとっても意義があるといえます。
<ドライバー定着率アップのための施策3つ>
- 添乗指導員向けマニュアル、および新人教育カリキュラムの徹底
- 入社式の開催
- 「1日体験入社」の実施
退職しそうなドライバーを事前に把握するには
――ドライバーの定着率が高い会社は、どのような人事制度・評価指標を設定しているのでしょうか?
物流・運送会社にとって、管理職の評価制度は非常に重要なポイントです。物流業界の特徴として挙げられるのは、管理職のほとんどがドライバー経験者ということ。会社に協力的で人当たりが良いドライバーを管理職のポストに充てています。つまり、マネージメントができるかどうかという基準で選ばれていないのです。
したがって、ドライバーとしては優秀だったのに、マネージメントがまったくできないというケースが少なくありません。それを改善するためには、きちんとした評価制度をつくる必要があります。
たとえば、現場マネージャーの評価指標に「社員定着率」や「採用目標達成率」を入れ、しっかり意識させる。社員定着率は、退職しそうな人を事前にフォローしているか、あまり元気がないドライバーに声をかけているか、といった行動をチェックします。
――採用目標達成率というのは?
「人が足りない」と言いつつ、実際には応募者からの連絡にすぐ対応していないマネージャーも多いのが実情です。これは、ドライバー不足で自ら現場に出ているため、応募者への対応が後回しになっているから。結果、新しい人が入らず、長期に渡って疲弊しています。したがって、マネージャーが採用目標に貢献しているかどうか、という評価指標も重要です。
――「ドライバーとしての評価」と「管理職としての適性」は別で考える必要がある、ということですね。
きちんとマネージメントしていなければ、退職懸念者を把握できません。急に「辞めたいです」と言われて、そこではじめて気づくわけです。そのタイミングでは、もう引き留められないでしょう。マネージャーには、きちんとスタッフの情報を吸い上げ、日々声をかけたり定期的に面談したりといった行動が求められます。
退職懸念者をあぶり出すために「人事異動アンケート」を実施している会社もあります。単にドライバーといっても、2トントラック、大型トラック、長距離など種類がありますよね。たとえば、「今まで長距離トラックに乗っていたけど、体力的にキツくなってきたので、地場近郊で配送したい」と思っているドライバーがいたとしましょう。その場合、同じ社内に該当する仕事があるにもかかわらず、別の運送会社へ転職してしまう人が多いのです。
「他社へ転職するくらいなら、社内で異動すればいいじゃないか」と思いますよね。しかし実際は、マネージャーに言いにくいのか、そういった要望がなかなか上がってきません。
対策としては、「異動の希望はありますか」というアンケートを取り、要望を吸い上げます。もちろん、すべて希望通りとはいかないのですが、急に「辞めます」と言われて引き留められないといった事態を防ぐことはできるでしょう。
ドライバーの定着率は、経営に直結する課題
――ドライバーに長く働いてもらうことは、物流・運送会社にとってどのようなメリットがあるのでしょうか?
「長く働けば働くほど、事故率が下がる」というデータがあります。とある会社が、ドライバーの定着率と事故率の相関関係を調査したところ、そのような結果が出たのです。
ただこれは、ニワトリが先か卵が先か、の議論に似ています。なぜなら、「事故が少なく安全な会社だから、社員が安心して長く勤められる」といえるし、「長く勤めれば、運転技術が上がって事故が減る」ともいえるからです。
あとは、生産性とも相関関係があります。ドライバーを未経験から育てるためには、最低でも1カ月はかかります。その期間は先輩ドライバーが添乗指導するため、売上が発生しません。つまり、未経験から育てるためには、それなりのコストがかかるのです。
ドライバーの定着率が高まるほど、利益率は改善します。これはデータを見ても明らかです。会社経営にも直結する課題であることは間違いないでしょう。
<取材先>
船井総研ロジ株式会社 物流ビジネスコンサルティング部
部長/エグゼクティブコンサルタント
河内谷 庸高(かわちや のぶたか)さん
著書『物流会社のための人材採用・育成の教科書』(秀和システム )
TEXT:村中貴士
EDITING:Indeed Japan + ノオト