ITで何をしたいのか、目的を明確にしておかないと失敗する
――近年、ITエンジニアの採用が活発になっています。中小企業はどのような理由でIT人材を求めているのでしょうか?
都心部ではIT化が進んでいますが、地方ではまだ取引先とFAXでやり取りするなど、アナログな手法で業務を行っている中小企業が少なくありません。とはいえ、「ウチはITの会社じゃないから」という認識の企業経営者も、5年後、10年後を見据えて自社の体制を整えていく必要があります。
ITの導入に遅れている企業は、ITで何ができるのかを知りません。それでも、競合他社がITを使って新しい手法に取り組んでいる情報に接すると、興味を持ち始めます。「とあるチェーン店が、タブレット注文システムにより人件費○○%削減」といったニュースを見て、「IT化すればコスト削減できるのか」「このままでは取り残されてしまう」と思い、ITエンジニアの採用を考え始めるケースが多いのではないでしょうか。
――なるほど。ではなぜ、エンジニアの採用が難しくなっているのでしょうか?
最も大きな理由は、需要に対して供給が追いついてないからです。インターネットやスマートフォンを利用したビジネスがますます増え、エンジニアの絶対数が足りていません。それに加えて、採用する側に良いエンジニアを見抜くためのノウハウやスキルがなく、失敗してしまうケースが多くみられます。
「エンジニアを1人採用したけど、期待していた成果が出なかった」という声をよく聞きます。失敗を重ねてノウハウを理解することで、採用活動がうまく回り始めるのです。はじめてエンジニアを採用する担当者や経営者は、「最初はうまくいかない」と考えておいたほうがいいでしょう。
――どのような原因で失敗してしまうのでしょうか?
エンジニアの採用目的が明確になっていないケースが多いですね。ITで何をやりたいのか、どんな業務を任せたいのかはっきり答えられないようでは、採用してもうまくいきません。
また、エンジニアといってもインフラ、サーバサイド、フロントエンドなど職種が分かれます。求人を出す前にエンジニアの種類や役割を理解し、目的を明確にしておくことが必要不可欠です。
30~40人にオファーしても集まらない? エンジニアの求人倍率
――いまITエンジニアの求人倍率はどれくらいですか?
一般的には、おおむね7~10倍と言われています。その基準に照らし合わせて、自社の求人活動にフィードバックしていかなければなりません。
仮に求人倍率が10倍だとすると、10人に声をかければ1人は集まるはずです。しかし実際には、30~40人にオファーしているのに相手にされないケースもあります。
「なぜウチの会社はこんなに反応が悪いのか?」「自社の業務内容に魅力がない?」と原因を探り、改善できるかどうか。エンジニアの求人状況を把握した上で採用活動を行いましょう。
――エンジニアを採用する際、どんな求人を出すべきでしょうか?
前提として、エンジニアに業務を任せる場合の形態は「正社員を雇用する」「フリーランスに業務委託する」「企業にアウトソーシングする」の3つが考えられます。経営の根幹に関わる重要な役割を任せる場合は正社員を雇用し、作るものが明確で実際にプログラムを書く作業を任せる場合はフリーランスに業務を委託するのがよいでしょう。アウトソーシングする場合は、先方が出した見積金額と納期が妥当な内容なのか、見極めるスキルが求められます。
また、自社で取り組みたい業務の内容によっても大きく変わってきます。「インターネット上の総合ショッピングモールに出店したい。商品のアップロードやメンテナンス、発注などシステム周りを運用できる人募集」など、なるべく具体的に提示してください。ただその場合は、ネットショップの運営経験者を雇えばOKで、必ずしもエンジニアである必要はありません。
一方で、「それなりに資金はあり、ITを使って大きな事業をやりたいが、どうすればいいかわからない」と考えている経営者もいます。その場合は、エンジニアを採用する前段階として、ITの知見をもとに経営戦略の話ができるコンサルタントが必要です。
「IT化したいからエンジニアを雇おう」では意味がありません。ITを使って何がしたいのか明確にした上で、具体的な業務内容をまとめてからエンジニアを募集しましょう。
月40万円の未経験者か、月100万円のベテランエンジニアか
――エンジニアを1人採用する場合、月給の相場はどのように考えればいいでしょうか?
業務経験が5年以上で、ある程度の実績・スキルがあるエンジニアを採用するとなると、月70~80万円くらいでしょう。もう少し上のベテランだと、月100万円を超えます。
30~40万円だと新卒、もしくはスクールで3カ月程度勉強した未経験者レベルです。そういう相場を知った上で求人活動をしないと、期待する人材は集まりません。
――一口に「エンジニア」といっても、スキルに大きな差があるのですね。
今後エンジニアは、大きく二極化していくと考えています。1つは、インフラもサーバサイドもフロントも全部できる、さらにマネジメント経験もあるようなエンジニアです。そういう人は引く手あまたで、どんどん実績が積み上がっていきます。もう1つは、「30代で未経験だけど、プログラミングスクールに通って勉強しました」という人。もし後者のようなエンジニアを月30~40万円で雇っても、すぐには結果が出ないでしょう。
――なぜ結果が出ないのでしょうか?
単純にスキルが足りないからです。中小企業で多いのは、今まで手作業でやっていたデータ処理を効率化したいという要望でしょう。たとえば「Excelでの情報管理をやめて、Webで共有や更新をしたい」という要望を受けてシステムを構築する場合、月100万円のベテランエンジニアであれば1カ月ほどで形にできます。ところが月30~40万円の経験が浅いエンジニアだと、半年経っても成果が出ないことも。私自身、そういうケースをたくさん見てきました。
40万円を6カ月、合計240万円払ってもIT化が進まない。一方で、優秀なエンジニアを雇えば100万円ですぐ結果が出る。どちらが良いかは言うまでもないでしょう。
「CTOとして、自由に開発してください」とアピール
――エンジニアの採用面接では、どのような質問をすればよいのでしょうか?
「新しい技術の中でどんなことに興味がありますか?」「どんなところから情報をインプットしていますか?」といった、よくある質問だけでは不十分です。求職者と同等、あるいはそれ以上のスキルを持っているエンジニアが面接官をやらないと、優秀な人材かどうかは見抜けません。
例えば「AIに興味がある」といっても、画像分析やテキスト認識、機械学習など様々な分野があります。専門性や技術力を見抜くためには、採用する側も知識が必要です。
もしそういったエンジニアがいないのであれば、まず先に「エンジニア採用担当者」を見つけてください。
――採用の前に「エンジニアを採用するための人材」を確保する必要がある、ということですか?
その通りです。最近注目されているエンジニアの職務「VPoE(Vice President of Engineering)」をご存知でしょうか?
CTO(Chief Technology Officer)は技術部門の最高責任者の立場で、技術面はもちろん、部下のエンジニア育成や面談、採用にも関わります。しかしエンジニアが50人、100人と増えてくると、業務が煩雑になります。そこで、「より技術に特化する人」「エンジニアを育てる人」という役割分担で、CTOとVPoEに分ける企業が出てきました。
エンジニア採用で言えば、IT人材を活用していた企業の部課長クラスや、エンジニアとのやり取りを頻繁に行っていた人をVPoEとして雇い、採用業務を任せるのも一つの手です。
――「大手IT企業のような看板となる自社プロダクトがない。でもエンジニアを採用したい」という中小企業は、どうやって自社の魅力をアピールすればよいのでしょうか?
結論から言うと、「あなたがCTOになって、自由にやってください」と提示できるかどうかだと思います。確かに、自社サービスやアプリを開発している大手IT企業には、トップクラスのエンジニアが集まります。そこに入ると、メンバーの一員として大規模なプロダクト開発に携わることになるでしょう。いわば「その他大勢」の1人になるわけです。
一方で、ある程度経験のあるエンジニアは「大企業ではルールが厳しい」「自由な開発ができない」という傾向を知っています。そういう理由から、あえて大企業を避けようとするエンジニアもいるのです。
初めてエンジニアを採用する中小企業であれば、「明日からあなたがCTOです。自由に計画して技術開発を行ってください」と迎え入れる。そういったチャレンジができる環境をアピールすれば、優秀なエンジニアに出会える可能性はあるでしょう。
<取材先>
Profile
大和賢一郎(やまと・けんいちろう)
ITエンジニア
1977年生まれ。IT・Web業界での実務経験23年(正社員16年、フリーランス7年)。フルスタックで上流から下流までこなすプレイングマネージャー。サーバサイドを中心にインフラからフロントまで幅広く手を動かす。東京にてITシステム開発やコンサルティング案件に対応中。著書に「小さな会社がITエンジニアの採用で成功する本(日本実業出版社)」などがある。
TEXT:村中貴士
EDITING:Indeed Japan + ノオト