Owned Media Recruiting 実践企業事例 ユニバーサル ミュージック合同会社 人事総務本部 人事部 部長 齋藤洋子氏

以前からあるデジタル化の波に加え、感染症拡大の影響も受ける音楽業界。そのなかにあって多くのヒット楽曲を届け、新たな領域への取り組みも率先して行い業界を牽引するユニバーサル ミュージック合同会社。

音楽業界全体で変化に対応するべく、同社は採用や人材育成についても変革を進めオウンドメディアを活用した情報発信をスタート。ターゲットと目的をクリアにした施策は成果を上げている。

今後ますます変化のスピードが加速することが予想されるエンタメ業界において、音楽分野のリーディングカンパニーであるユニバーサル ミュージックが求めるハイブリッド人材と、その採用に必要な情報戦略とは。同社の人事総務本部 人事部 部長の齋藤洋子氏に聞いた。

インタビューを受ける齋藤洋子氏
齋藤洋子氏。人事総務本部 人事部 部長。2002年ユニバーサル ミュージック合同会社人事部採用担当として入社。産休・育児休職を経て、人材開発企画に従事し、2013年EMIミュージックとの合併・組織統合プロジェクトへ参画。2015年人事部部長に就任し、人事制度・雇用制度の再構築、および働き方改革などを通じ経営課題に取り組む。

業界が直面する“3つの波”を乗りこなすオウンドメディア活用

ユニバーサル ミュージックの採用サイトトップページのスクリーンショット
採用サイトには、ユニバーサル ミュージックが求める多様な人材に向けた様々な情報が、シンプルなトーンで掲載されている

――今、多くの業界で変化が求められていますが、エンターテイメントの領域は特にそのスピードが速いように感じます。そうした激動のなかにあって、音楽業界の動きと、それに合わせた人材の考え方について教えてください。

齋藤:CDの全盛期である90年代後半がピークで、その頃はエンタメ業界の花形として志望者が多く、採用は難しくない状況でした。しかし、そこから市場が少しずつ小さくなるにつれて、徐々に求職者の選択肢に音楽会社が入りづらくなっていきました。その後、2010年代に入ってストリーミングサービスの普及が進み、デジタル配信も成長し、世界的にも音楽市場はV字回復しています。ただ、この時点でこれまで当社がメインで採用していた「情報感度が高く、エンタメ志向の人材」はIT企業などに流れ始めており、さらに危機感を抱くようになりました。

そうしたなか、2014年に藤倉尚(現社長)が就任。会社として人材に対するスタンスを再度見直そうと、まずは社内の労働環境の整備を始めました。新しい人事制度の導入や、契約社員の正社員化などを含め、ひと通りの道筋ができたのが2018年。採用広報にも力を入れ始めました。

音楽業界は後戻りできない3つの波にさらされています。それは「デジタル化」「多角化」「国際化」です。デジタル音源はもちろん、物販やコンサートまで含め多様な収益源を持ちながら、いかにグローバルな市場を捉えるか。そして、私たちはアメリカの本社ともコミュニケーションを取りながら、市場やトレンドなどの動向を理解し、国内での取り組みを進めています。

求める人材の考え方も、データを分析してアクションを考えられる人、異業種の経験がある人、英語力のある人といった方向になるわけですが、やはり音楽業界でやっていくには「音楽が好き」というベースは必要だと考えています。「音楽×テクノロジー」「音楽×英語」など「音楽×○○」といった形で、音楽という文化への熱量と、企業や業界の状況に即したスキル、それぞれを兼ね揃えたハイブリッドな人材に振り向いてもらうことを目的に採用広報を行っています。

伝えるべきことを伝えたい人材へ確実に届けるため、まずは自社のホームページの企業概要を整え、採用サイトの充実や、社員インタビューの掲載といった、いわゆるオウンドメディアを活用した情報発信を丁寧に行なっている段階です。

転職者の目から“会社の今”を伝える社員インタビュー

採用サイト内「社員インタビュー」ページのスクリーンショット
社員インタビューでは、現在の業務の内容が具体例を交えて詳細に語られているほか、社員のバックグラウンドにもフォーカスしている

――採用サイト内で中心となっている社員インタビューは、社員の経歴や仕事に対する思いが丁寧に書かれているのが印象的です。具体的な事例が多く、求職者でなくても楽しめる内容ですね。

齋藤:社員インタビューは2020年7月からスタートしています。音楽会社の仕事は外からではイメージがしづらく、募集要項だけでは伝えきれないところがあります。入社後に「こんなはずじゃなかった」というミスマッチを防ぐためにも、社員の声を正確に届けることが必要だと感じています。

ボリューム感や取り上げる事例については、読み物として面白くないとそもそも読んでもらえないので、差し支えのない範囲で具体的な話を出してほしいと必ずお願いしています。実際に洋楽マーケティングの担当者がデータを活用してヒットに結びつけたエピソードや、ミドル・シニア層を顧客とするテレビ通販会社の担当者のストーリーなどが掲載されています。

――対象となる社員はどのような基準で選ばれているのでしょうか。

齋藤:人事部とコーポレート・コミュニケーション本部で、事業の重点分野となる部門の社員をインタビューし、音楽会社のベースとなる制作や、マーケティングの仕事について伝えています。

必ずしも募集中の職種ではありませんが、たとえばサブスクリプションサービスで集めたデータを分析して、最適なタイミングで最適な広告を打つデジタル広告などの分野は、今の時代だからこそ発生した仕事です。次々生まれるこうした新しい業務などを紹介していくことで、企業としての今を知ってもらえればと思っています。

それを踏まえて、スタートの段階では転職してから日が浅い社員を対象にしてきました。その方が良い意味で前職との比較ができるので、よりフレッシュな感覚で“ユニバーサル ミュージックの仕事”に対する声を聞くことを意識しています。

業務内容の紹介にはいろいろなアプローチがありますが、他業種から転職しても自身のバックグラウンドやスキルを活かせることに加え、音楽会社で働くことのワクワク感を物語として伝えたいというのが一番の目的です。また、インタビューは採用だけでなく、既存の社員に仕事の意義を再確認してもらう目的もあります。それぞれを両立することを意識して発信したいと思っています。

採用サイト内「社員インタビュー」トップページのスクリーンショット
会社の取り組みの方向性に合わせ、様々な仕事内容や職種のコンテンツが作られる

ブランドイメージの確立がもたらす、採用における一石二鳥

インタビューを受ける齋藤洋子氏

――著名な企業ほどファンも多く、そうした層からの応募が多くなるため、なかなか求める人材が採用できないという話も聞きます。さきほどのハイブリッド人材を求めても、音楽一筋という人が集まってしまうことはないですか。

齋藤:音楽情報サイトにも求人を出していますが、職種によっては思うように採用ができない部分もあります。今はオウンドメディアも活用して情報発信をしています。より多くの人の目にふれるようにし、そのなかで音楽が好きな方に興味を持ってもらいたいと思っています。

特に、今弊社が求めているのが、リスナーとして客観的な感覚を持っている方、偏らない見方で楽曲を世の中に広めていく仕事ができる方ということもあります。音楽は好きでよく聴くけど、仕事にするとは考えたことがなかった方に振り向いてもらうことが最近のテーマですね。音楽会社で働くことを選択肢に加えてもらえるようなブランドの強化も必要です。

とはいえ、部門によってはアーティストにより近い立場でクリエイティブな業務を行う人材も必要です。音楽に対してより強いこだわりを持っている方は、自身でブログやSNSを通じて音楽批評なり業界分析を発信しているケースも多く、一般の中途採用とは別に採用されることもあります。

以前はそういう人材は一般的になかなか見つけられないので、従業員からの紹介で採用されることが多かったのですが、現在ではSNSで直接お声がけできるようになりました。ただそうした人材は他社も狙っています。他社とバッティングした際に弊社を選んでもらうためにも、ホームページを含めた情報発信によるブランドイメージが重要だと感じます。

考えるべきは手段でなく、トータルでのブランディング

インタビューを受ける齋藤洋子氏

――オウンドメディアリクルーティングによる効果について教えてください。

齋藤:社員インタビューのスタート以来、「仕事のイメージがつきやすい」と言って応募してくださる方が増えています。その時は募集していない職種でもエントリーだけしていただき、マッチするポジションでの募集があった時にご連絡する「スカウト登録フォーム」の登録数も、月に数件だったものが30〜50件程度に増え、幅広い人材に応募いただけている効果を実感しています。もちろん複合的要因だとは思いますが、一定の効果があったと思います。

もともと短期的に効果を期待するべきではないと思っていましたし、ほぼ手探りで始めてKPIも設定できない状況でした。それでも、求める人材像をクリアにして積極的に採用をしていくためだと経営陣に説明し、会社として理解とサポートを得られたことはよかったと思います。ある程度前向きな効果が出てきていると思いますが、より具体的に検証していく必要があります。

――KPIの設定が困難だという理由で、オウンドメディアリクルーティングの実践に二の足を踏んでいる企業が多くあります。アドバイスをお願いします。

齋藤:少しずついろいろな方面で発信していくといいと思います。幸いなことに弊社は社員のエンゲージメントも高く、面接で「知り合いがこの会社はいいと言っていました」とよく言われるので、評判が評判を呼んでいるところもあるようです。採用サイトなど企業としてのオフィシャルなものだけでなく、一人ひとりの社員の何気ない発言も含め、あらゆる発信の積み重ねがトータルでのブランドの力だと思います。

シンプルに「好きなアーティストが所属しているから」という経緯で弊社が認知されることもまだまだ多いです。幅広くブランディングしていくという意味では、本業で良いアーティストを育ててヒットを出し続けることも、採用において重要だと感じます。そこから会社の認知が広がり、結果としてよい採用につながるところもあるでしょう。

今後求められる“社会課題への貢献”という側面

インタビューを受ける齋藤洋子氏

――オウンドメディアリクルーティングを含めた今後の採用活動における展望を教えてください。

齋藤:やはりデジタル人材の競争が激しくなっているので、いかに自社に必要なスキルを持った人材を採用するか、施策もスピーディに取り組んでいかなければと思っています。今働いている社員の活躍を見ていただくことで「音楽会社でも自分のスキルを充分に活かせるかもしれない」と、デジタル分野に限らずより多くの人材に関心を持っていただける可能性はありますね。

オウンドメディアの活用においては、これまでやってきたことを検証してKPIを設定すること。それを追いかけつつ、音楽での社会課題の解決など様々な方向性で発信していけたらと考えています。

東日本大地震の後、「厳しい状況のなかで音楽が励みになったので、音楽に関わる仕事がしたい」という応募者が多くいました。昨年から「不要不急」という言葉が聞かれるようになりました。確かに危機的な状況のまっただなかではエンタメの優先順位は下がりがちですが、長期的な視点に立てば間違いなく力を発揮し、生活を支えるものだと思います。現在の状況でも、音楽の意義を考えて転職を決意した方もいらっしゃいます。

今の求職者は、収益や待遇だけではなく、企業の社会課題への解決姿勢という側面でも会社のバリューを測りながら、自身の価値観とのマッチングを考えているように思います。今後はそうした点をより意識したコンテンツづくりを考えて、発信を行なっていければと考えています。