
形を持たない商品であり、現在そのあり方を多様化させている保険。事故や災害による損害を補償するだけでなく、被害の防止・軽減や、早期復旧・再発防止といった「事前」と「事後」の両面で、更なる価値を提供している。
保険業界のリーディングカンパニーとして先進的な取り組みを続ける東京海上日動火災保険株式会社は、2019年より創業以来初のキャリア採用をスタートさせた。
いわゆる“カタい”イメージを持たれがちな保険業界において内外の情報ギャップの解消を目指しながら、徹底的にパーパスを届けることで自社にマッチした人材の採用を狙う同社の情報戦略について、人事企画部人材開発室 採用チーム 課長 丸田百恵氏に聞いた。

創業から140年で、初めてのキャリア採用を開始

――東京海上日動火災保険のキャリア採用特設サイトは同じ業界のなかでも充実していると思います。キャリア採用に注力している背景や経緯について教えてください。
丸田:これまで「採用」といえば新卒採用のみを指しましたが、2019年からキャリア採用に向けた取り組みをスタートさせ、2020年から本格化させています。従来から一部の専門職ではキャリア採用を行っていましたが、営業や損害サービスという損害保険会社の第一線を担う職種でのキャリア採用は創業以来行ったことがなかったので、140年ぶりの大変革です。背景には、DXやデジタル化などによって社会全体がこれまでにないスピードで変化を続けていくなかで、本腰を入れてビジネスモデルを変革する必要が出てきたことがあります。
損害保険業界にとって、業界や企業、法人や個人を問わず、全ての領域が「お客さま」です。それら全てを含む社会が変わるとなると、私たち自身も変わらなければなりません。とはいえ、社内のメンバーだけでは変革のスピードに限りがあります。また、新卒採用のみで構成されているので、どれだけアンテナを高くしていても「東京海上日動火災保険の内側から見た社会」としてしか捉えることができず、変化しきれない懸念もありました。
そこで、別のバックグラウンドを持ちつつも、私たちが大切にしていることに共感でき、ミッションドリブンで世の中をよくしようと頑張れる人に仲間になってもらって、一緒に変革してほしいと考えたわけです。

――創業以来の大きな変革となると、不安や課題が多かったのではないかと思います。
丸田:新卒採用では経験もあり、ありがたいことに知名度もありますが、キャリア採用では完全にチャレンジャーの立場です。そもそも採用市場において、当社がキャリア採用を実施していることも知られていないので、採用の門戸を広げていることを知ってもらうのが、キャリア採用サイトを含む情報発信の最初の命題でした。
そのキャリア採用サイトですが、スタート当初はインターネット創生期のようなページだったんです(笑)。ただ募集要項が並んでいるだけで、魅力もあまり伝わっていませんでした。これではいけないということで2020年10月に全面的にリニューアルを行い、今のサイトになりました。

――キャリア採用自体が初めてのなかで、サイトの改修はどのような方針で進められたのでしょうか。
丸田:もっとも意識したことは、私たちと、キャリア採用の求職者との間のギャップを埋めることです。制度や雰囲気など、社員が当たり前に感じていることも、なるべく客観的な目線で徹底的に見直しました。
2019年4月にキャリア採用の第一陣として数名の方々に入社いただいてからは、彼らが入社前に感じた不安や、知りたかったことをヒアリングして、それに対して当社がどう取り組んでいるかを、社員インタビューとしてコンテンツ化することを進めていきました。
キャリア採用のメンバーが増えていき、多様なスタイルで活躍する姿が見えるようになってきたところで、その様子も紹介していこうということで、社員インタビューや紹介動画を中心とした現在のラインナップになったという流れです。
――キャリア採用のスタートに対して、社内の反応はいかがでしたか。
丸田:以前から変革の必要性が高まってきていたこともあって、キャリア採用の実施は当然と受け止められているようです。とはいえ長年の新卒採用中心の文化があり、現在の社員のほぼすべてが新卒採用ですから、本当の意味で浸透させていくには、私たちキャリア採用担当がより積極的に動いていく必要はあると思っています。
パーパス重視の発信が、情報ギャップ解消とカルチャー発信につながる

――キャリア採用において、求めている要素はどのようなものでしょうか。
丸田:現在私たちが求めている人材は、さきほど申し上げた世の中の変化の話を踏まえて、キャリア採用でも新卒採用でも基本的に同じです。
変革の想いに共感いただける人、問題の根本を理解できる人、他業界を含めた幅広い知見を組み合わせて新たなアイデアを考えられる人、社会の課題に向き合いミッションドリブンできちんと解を出そうという姿勢を持っている人になります。
――そうした人に向けた情報発信という面では、どのようなことを重視されているのでしょうか。
丸田:まず、そういった方々に、自身が持っているスキルや経験が活かせるかもしれないと思ってもらうことを意識しています。
また、テクノロジーの発展、マーケットニーズの変化、世界的な気候変動など、社会の変化は、加速するだけではなく、あらゆる領域に広がり、業界の境界を曖昧にしています。そうしたなかで、例えば自動車保険では、事故などの運転に関するものだけでなく、今後より深刻になるかもしれない自然災害のリスクや、自動車の高機能化に伴う情報セキュリティのリスクを考えていく必要がでてくるといったように、様々な領域の組み合わせで考えていくことが重要になることを伝えています。保険以外の領域について経験をお持ちの方々の着眼点やアイデアは大きな力になるので、色んなバックグラウンドを持った方に活躍いただけるフィールドを整えて伝えています。
とはいえ、キャリア採用のスタート当初は、やはり証券や銀行など、同じ金融業界からの応募が大半で、他業界への広がりという点ではまだまだでした。そこで、全く異なる業界から来たメンバーが活躍している事例を採用サイトで積極的に紹介しました。さきほどの「領域の組み合わせ」の話を「保険って実はクリエイティブなんだ」という切り口で発信したところ、仕事の自由度の高さや幅広さが徐々に伝わり、現在では業界の枠を超えた応募につながってきていると感じています。

――内外の情報ギャップの解消が大きなテーマなのですね。コンテンツを通して「熱量」の高さも伝わってきますが、そういった空気感が社内にはあるのでしょうか。
丸田:損害保険は社会の課題やリスクのすべてが事業の領域です。そのため、そうした課題を自分ごととしてとらえ、社会全体に安心を作り出していくことをパーパスとしています。それに共感し、実行できる人ということで、自然と熱量が高い方が集まっているということかと思います。
そうした社員の想いを掲載することで、また熱量を持った発信になっていくので、パーパスを届けようとすることが、結果的にカルチャーの伝播にもつながっているのかもしれません。

――現在のキャリア採用ページは、どのような制作態勢になっているのでしょうか。
丸田:キャリア採用ページはこれまで、面接などの採用業務の合間に基本的には一人で作成し、コンテンツの拡充やアップデートなども行ってきました。もちろん適宜社内の他部署からの支援も受けていましたが。2021年4月からは「プロジェクトリクエスト制度」といって、全国の社員が、現在の業務を担いながら、自らの希望に基づき社内のプロジェクトに参画できるという、一種の社内副業制度を利用して、全国の職場から新たに15人が採用のプロジェクトメンバーに加わりました。
このプロジェクトメンバーで、キャリア採用入社者へのヒアリングを改めて実施したところ、転職にあたっての不安で最も大きいのは「自身のバックグラウンドを生かせるか」という点であることが分かりました。以来、この点は特に意識して情報発信するようにしています。
当たり前のように感じられるポイントでも、一人の視点だけでは見落としてしまうこともあります。プロジェクトメンバーには、採用チームとは異なる視点からキャリア採用のあり方を考え、客観的な意見をもらいたいと思っています。
情報発信のゴールは、社員と“想い”を共有すること

――採用サイトのリニューアルからまもなく一年が経とうとしています。効果は実感されていますか。
丸田:採用サイト経由の応募は10倍以上に増え、今では1回の募集で数百人の応募があります。リニューアルの効果は大きいですね。うれしいのは、面接で「インタビュー動画に共感して応募しました」「キャリア採用に本気で取り組んでいると感じました」などと言われたことです。想いやねらいが伝わっていると手応えを感じています。
また、当初からオンライン面接の態勢を整えていたせいか、コロナ禍の影響をあまり受けず、海外からの応募もあるなど、求職者数の増加だけでなく、多様化も実感しています。
――これからのキャリア採用や情報発信の方針についてはどのようにお考えでしょうか。
丸田:将来的にはリファラル採用の割合を増やしていきたいと考えていて、ちょうど先日、社内でリリースしたところです。また、採用サイトについては、セミナーなどのイベントについての情報を盛り込みつつ、マイページ機能を追加するなど、求職者の方のアクセス回数や頻度を伸ばす施策を行っていきたいと思っています。一度求人情報を確認して終わりではなく、何度来ていただいても新しい情報があるようなサイトにしていきたいです。
実は今日、キャリア採用で入社した社員と面談してきました。保険どころか、営業も未経験ながら、ゼロから保険商品・サービスの仕組みを作りだし、本当に活躍している方です。その方から「この会社のキャリア採用は、実績やスキルだけでなく、その人材が本当にパーパスやカルチャーにマッチしているかを見てくれていたんですね。あれだけ時間を割いてくれた意味が分かりました」と言われ、とてもうれしかったです。
キャリア採用に対するこちらの思いが伝わっている、相手が実感してくれているというのは、実はなかなかないことかと思うので、採用担当冥利に尽きます。想いが一致している人は、想定以上の活躍をしてくれるだけでなく、チームなどの組織にもいい影響をもたらします。想いを届けることの大切さをあらためて実感し、これからの採用活動をさらに進化させていきたいと考えています。