「育成」とは仕事を教えることだけではない
「育成」というと、仕事の技術や能力を向上させるための研修を思い浮かべる人が多いかもしれません。しかし、それだけでは採用した人材を最大限に活用することは難しいでしょう。高い能力があっても、それが十分に発揮されなければ仕事の成果に結びつかないからです。
そのため、育成とは能力を身に付けさせることだけでなく、能力を発揮する源泉となる「モチベーションを醸成する」ところから始めるべきだと考えられます。こうした育成を行うことにより組織への貢献欲求が生まれ、自らの能力を会社のためにできる限り発揮しようという気概、能力や技術をさらに伸ばそうという意欲を引き出すことが可能になるのです。
逆に、採用した人材に対してモチベーションを上げるための育成を一切行わなかった場合、能力を発揮できないまま早期退職につながってしまうという危険があります。
モチベーションを向上させる育成を行うには
では、モチベーションを向上させる育成の方法を詳しくみていきましょう。
◆モチベーションを構成する2つの要素とは
まず、採用した人材に能力を発揮してもらうために必要なモチベーションを構成する2つの要素について説明します。
一つ目は「受容感」です。この会社に受け入れられている、組織の一員として歓迎されているという安心を感じられることを指します。そして二つ目は「自己効力感」です。自分はこの会社で役に立つことができそうだという自信を意味します。
採用時や内定期間に、感情面のフォローをしっかり行っているという企業もあるかもしれません。しかし、長期的な視点で受容感と自己効力感を醸成するためには、この2つの要素を培う育成を採用後少なくとも半年間かけて丁寧に行うことが大事です。
◆モチベーションを向上させる施策3ステップ
受容感と自己効力感を向上させるための3ステップを解説します。
・ステップ1 相互理解を促して部署内での「受容感」を育てる
新入社員が部署に配属された時、多くの場合既存社員とは知らない者同士です。ですから、まずはお互いがどういう人なのか理解し合うプロセスが欠かせません。相互理解を促す方法としては、ワークショップやゲームを通して共同作業をする、食事会などで交流を深める、適性検査や性格診断の結果を活用して各々のタイプを知る、個人面談の機会を設けるなどがあります。部署の風土や、社員の性格を考慮して合うものを選んでください。
・ステップ2 ハブ人材との関わりを通して社内での「受容感」を育てる
次に、部署内で培われた受容感を会社全体へと広げていきます。組織横断的なネットワークづくりができるよう、新入社員に各部署のキーパーソンを紹介し、顔を合わせる機会を設けましょう。この時、組織上の上席者だけでなく、実際の人間関係の中でハブとなっている人をアサインするのがポイントです。ここまでを、入社3カ月以内に行うことを目指しましょう。
・ステップ3 成功体験の積み重ねをもとに「自己効力感」を育てる
受容感が育ってきたら、それを下地として自己効力感を育てる段階に進みます。「自分はこの会社で役に立てそうだ」と感じてもらうためには、成功体験を積み上げることが必要不可欠。そのため、このステップではとにかく本人にとって難なくクリアできるレベルのタスクを任せることがポイントです。
タスクを完了できたら、上司からポジティブなフィードバックを行うことも重要です。この際、相手がどのような性格なのかを見極め、最も喜ばしいと思われる言葉を選ぶよう留意しましょう。
ここまでを、入社6カ月以内を目安に取り組みましょう。
◆効果測定の方法と注意点
受容感や自己効力感を伸ばすことができたかどうかについて、定量的に判断する術はありません。また上司から「自信がつきましたか?」などと声掛けをしたとしても、本音を引き出すのは難しいでしょう。育成の効果を測定するには、本人の行動や表情といった非言語的な要素を注視することが大事です。
ステップ1〜3の取り組みを進めるにつれ、顔つきが明るくなる、発言量が増えて前向きになるといった傾向が見られるのであれば、うまくいっている証拠です。逆に、顔色が曇る日が多くなった、発言量が急に減った、遅刻や欠勤が急に増えたという事象は危険なサイン。育成のやり方を顧みて、何らかのフォローを行う必要があるでしょう。
<取材先>
人材研究所 代表取締役社長 曽和 利光さん
京都大学卒業後、リクルートに入社。人事部のゼネラルマネージャーとして培ったスキル・ノウハウと、2万人の面接経験を融合しワンランク上の人材を採用する独自手法を確立。その後、大手生命保険会社などで一貫して人事領域で活躍し、2011年に株式会社人材研究所設立。著書に『就活「後ろ倒し」の衝撃』(東洋経済新聞社)などがある。
TEXT:北村朱里
EDITING:Indeed Japan + 波多野友子+ ノオト
