会社全体で、メンタルヘルス対策に真剣になれるかどうか
――企業が産業カウンセラーの導入を検討するのは、どのようなときが多いでしょうか?
企業が産業カウンセラーを導入するときは、必要に迫られているケースが多いように感じます。そのためメンタルヘルス向上対策の準備が何も整っていない場合がほとんどです。たとえば、休職者が何人も出た企業には、労働基準監督署が入って是正勧告が出されます。そのなかに「心の健康づくり計画書を報告せよ」という内容が含まれているのですが、どう対応すべきか分からないという企業に対して、私たちの協会などから産業カウンセラーが派遣されることが多い状況です。
――自発的に産業カウンセラーを導入しようと考えるケースはないのでしょうか?
企業側が必要に迫られるケースでなくても、「より良い職場環境をつくりたい」「労働基準監督署から是正勧告を受けるような企業にしたくない」という考えがきっかけとなることもあります。50人以上の企業で設置が義務付けられている衛生委員会を作り、そこに衛生管理者や産業医を配置するなかで産業カウンセラーの必要性に気付くケースも多いと感じています。
いずれのケースであっても共通して大事なのは、経営者を中心とした企業全体でメンタルヘルス対策に真剣に取り組むかどうかです。特別な準備をするよりも、企業が本気になって職場の衛生管理に取り組んでいこうとする気持ちが必要だと思います。
コロナ禍で人間関係の悩みがより複雑に
――具体的に産業カウンセラーが入ってカウンセリングなどに取り組むとき、職場内で多いのはどのような悩みですか?
私自身が感じるところでは、一番多いのは人間関係です。相談を受けた当初は、昇進や職場環境などの悩みから話し始める人も、話が進んでいくと人間関係の問題にぶつかることが多々あります。
最近は、コロナ禍の影響による悩みも増えました。オンラインによるやりとりが急増した状況からコミュニケーションの不足を感じ、上司や周囲に自分の気持ちや仕事内容、成果が理解されているのか不安になるといった相談が多く寄せられます。
たとえば、リモートワーク中に「自分がないがしろにされているのでは」という悩みを抱えている方もいました。これまでは職場での日々の雑談を通して、上司や同僚の性格、価値観をつかむことができていましたが、リモートワークでは業務に関する文面のやりとりだけになりがちです。言葉の真意が見えないと感じ、疑心暗鬼になりやすいのではないでしょうか。
――悩みが複雑になっている状況だからこそ、より一層、産業カウンセラーが必要な存在になってくるのでしょうか?
そう感じています。現代は、従業員が仕事に取り組むモチベーションも変化しています。以前は職場において「やる気」が重視されましたが、今は「精神的に安心・安全であること」を求めている人が増えているように感じています。
最近では、昔のように「どんどん仕事に取り組んでほしい」と言われると、疲弊感が強くなってしまい、うつ症状が出てしまう人も多いです。そのため、働く人たちが自発的に「この仕事もやってみたい」と思えるような方向にサポートしていくやり方が求められています。
実際に従業員の方をカウンセリングする場合でも、当事者が「やらされている」という思いが強くなるとメンタルヘルス対策の成果は現れにくくなります。悩みや困り事について、じっくり話を聞く「傾聴」を徹底するなど、専門的視点で支援できる産業カウンセラーの存在があるとより良いのではないでしょうか。
経営者が産業カウンセラーの知識を身につけるのもおすすめ
――最後に、中小企業の経営者の皆さんに伝えたいことはありますか。
私は産業カウンセラーの普及を目的に、2019年から2年間で約200社ほどの中小企業を訪問しました。そのときの経験から、産業カウンセラーを導入するかどうかは経営者の考え方次第だと感じています。
企業によっては、経営者が自ら産業カウンセラーの養成講座を受講することもありました。経営者自身がコミュニケーションのあり方を学ぶことで、自社の業績や社内課題が改善するケースも見られます。
経営者が産業カウンセラーの知識を身に着けると、従業員に対して優しく、温かく接するようになれますし、従業員に思いが伝わりやすくなります。その姿勢が離職率の低下にもつながるでしょう。もちろん従業員の資格取得をサポートすることや、外部から産業カウンセラーを派遣してもらうことも良い手段ですが、ご自身で学んでいただくことも職場の課題解決の一助になるのではないでしょうか。
<取材先>
日本産業カウンセラー協会 専務理事 足川博さん
1960年に設立。1970年に社団法人として認可され、産業カウンセラーの育成をはじめ、企業・団体向けの研修や相談、個人向けの電話相談活動など、幅広い活動を展開する。全国に13の支部、22の県事務所があり、各地区に相談室を設置している。
TEXT:岡崎彩子
EDITING:Indeed Japan +笹田理恵+ ノオト