精神的な不調の「回復」を見極めるのは難しい
――様々な企業で、精神的な不調を抱えて休職と復職を繰り返してしまう人が増えていると聞きます。長く休養し、治療してもまたすぐに同じ症状が出てしまうのはなぜでしょうか。
内科的な病気やケガによる休職の場合は、8割近くが再発せずに仕事を続けられているのに対し、メンタルヘルスに関わる病気では、半数以上が再発を繰り返しているという調査結果があります。その原因の一つに、うつなどの精神疾患は「職場に戻って仕事ができる状態」まで回復しているかどうかの見極めが難しいことがあります。
会社の上司や同僚は、本人の「体調を崩す前の状態」をイメージして、復職すればすぐに以前と同様のペースで仕事を進めてくれると期待します。しかし、主治医は患者の職場環境や業務内容を細かく把握しているわけではありません。復職後にどれくらいのストレスがかかるのか、求められる業務に耐えられる程度に体力が回復しているのかは、診察だけでは判断が難しいものです。私の過去の調査では、半数以上の精神科医が「復職可能な状態かの判断が難しく迷うことが多い」「患者が復職しても短期間で再休職することが多い」と答えています。
――この判断の難しさや職場とのギャップが、復職後の再休職を招く、と。
休職中の人は、定められた休職期間内に早く会社に戻りたい一心ですから、医師に「復帰OK」の診断書を出してほしがります。主治医も、症状が落ち着き日常生活が問題なく送れるようになっていれば、本人の訴えを信じて「復職可能」としてしまうケースも少なくありません。
しかし、本人が自身の体調を客観的に判断できているとは限りません。また、診察室内だけでの情報では働けるかどうかの正確な判断はできません。休職中は体調が良くなっていてもいざ出勤してみると仕事ができるほどには心身が回復していなかったことに気付く。こうして病気が再発するという悪循環に陥ってしまうのです。
復職と再休職の防止に役立つ「リワークプログラム」
――職場に戻ってみないと、仕事ができる状態まで回復しているかどうか誰にもわからないということですね。
そうです。でも、それでは困りますよね。「リワークプログラム」は、会社に通勤するのと同様に休職中にプログラム施設に通い、同じ病気の仲間と活動する中で体調を整え、職場復帰の準備をするのです。
うつ状態は、自宅療養と服薬である程度は回復します。しかし、復職して時にストレスにさらされながらも働き続けていくには、そうした状況を想定したリハビリも必要です。職場復帰は、「病気を発症したときと同じ環境に戻る」ことを意味します。休職前と同じ方法でストレスに対処しようとしては、また体調を崩してしまう可能性が高いでしょう。
――実際に、どのようなプログラムが行われているのでしょうか。
リワークプログラムでは、生活リズムを整え、集団に慣れるところから始めます。そして自分の病気を知るとともに、なぜ休職に至ったかの自己分析を行います。同じ環境下でも、すべての人がうつ状態になるわけではありませんよね。自分のものの見方や考え方のクセ、トラブルが起きた時の対応方法を見つめ直します。その後、再休職しないための対処法を考え、集団で行うプログラム内で実践し、自身の課題を解決していくのです。
私が理事長を務めるメディカルケア虎ノ門では、開設から15年の間に約1,500人がリワークプログラムを利用して復職しました。このうち、7割の人が3年後も就労を継続できています。一方で、プログラムを利用せず復職した人は3年後の就労継続率が2割に満たないのです。このデータは、うつをはじめとするメンタル疾患が再発しやすく、復職が難しいことを物語るとともに、リワークプログラムは再休職の防止に非常に高い効果を上げていることがわかります。
リワークプログラムを取り入れる医療機関は全国的に増えており、「一般社団法人日本うつ病リワーク協会」には現在、207の医療機関が加盟しています。
リワークプログラムを通じて実際の勤務に近い状況を体験することで、医師は診察室だけではわからなかった回復の度合いや本人が抱えている問題に気付くこともできます。中には、うつの背景に発達障害の傾向があったり、双極性障害がわかったりすることも。当然、治療方法も変わりますし、真の原因を見過ごさず復職につなげられるため、再発もしづらくなるはずです。
――医療機関で行うリワークプログラムにかかる費用や、復職までの期間はどれくらいですか。
公的な医療保険の範囲で行うプログラムであれば、通常の治療と同じ3割負担となります。ですが、居住地の自治体の行政窓口(または精神保健センタ-・保健所)に、診断書と利用したい医療機関や薬局などを記載した申請書類を提出すると「自立支援医療制度(精神通院医療)」が利用できます。これは、うつなどの精神疾患患者の負担が大きくなりすぎないようにするもので、医療費の自己負担が1割となる制度です。さらに、利用者世帯の所得に応じて1カ月当たりの自己負担額に上限を設け、それ以上の負担は免除となります。
リワークプログラムにかかる費用も自立支援医療制度の対象です。例えば、メディカルケア虎ノ門では1日当たりの自己負担額は1,000円程度の人がほとんどです。
利用期間はそれぞれの状況により、半年から9カ月程度で職場復帰できるかどうかを見極められる場合が多いです。
休職期間が定められている人は「もっと早く」と焦ってしまう場合もありますが、再発予防の観点からは、十分に回復するまで通うことが望ましいです。必要であれば本人と職場、リワーク施設や主治医との話し合いをおすすめします。
<取材先>
一般社団法人東京リワーク研究所 所長 五十嵐良雄さん
精神科医・医学博士。医療法人社団雄仁会理事長。北海道大学医学部卒業後、埼玉医科大助手、秩父中央病院長などを経て2003 年、メディカルケア虎ノ門開設。2008 年にうつ病リワーク研究会を組織し、精神疾患からの職場復帰に関連する研修会や調査研究、出版等を手がける。2019年には「一般社団法人東京リワーク研究所」として法人化し所長に就任している。
TEXT:石黒好美
EDITING:Indeed Japan + 笹田理恵 + ノオト